23 大師匠は巻き込む

「ねえ、ニース。本当に回転だけで良いの?」


 師匠の工房を借りて、板金を加工中のニースに訊いてみる。

 元は鍛冶屋の娘だから、こういう事は得意。私の車椅子の改造は、全てニースのお仕事だから、そのセンスは解ってもらえるはず。

 ただ腕力は無いから、作業するのには私の付与が必要になる。

 下働きの皆さん総出での田植えを終えた今、ニースが急ぎ作っているのは、代用品が無い脱穀機だ。


「大丈夫っす。板の鉄櫛に擦り付けるのではなく、櫛代わりの爪のようなものの付いたローラーの上に乗せて、ローラーを回せば、脱穀できるはずっす」


 なるほど、稲穂を動かさずに、櫛の方を動かす機構にするのか。

 動作は全部回転にした方が、後々の機能の組み合わせは楽になるらしい。

 やっぱり、私にできることは、彼女が楽にハンマーを振れるように付与することだけだ。

 とりあえず、回転の魔法陣は覚えたし、回転数を限定することで速度制御もできた。

 まだ、変速させる作業は無いから大丈夫。

 板金をトンテンカンと叩くニースの後ろで、魔法陣文法の本を読んでる。


「お嬢、音はうるさくないっすか?」

「慣れてるから大丈夫。……のんびりしてると稲が出来ちゃうわよ?」

「発育速度がとんでもないっすからね。お嬢は無理をなさらないで」

「大丈夫。美味しいもの食べて寝ると、回復するから。……それより、このやり方でちゃんと育ってるのかが不安かな」

「御令嬢が、毎日にらめっこしてますから、きっと大丈夫っすよ。むしろ、普通の環境で育った時の、病気や虫が心配っす」

「それはフォルテ君の仕事だよ? クラビオン伯爵領の環境って、解らないもん」

「来年の夏は、見に行くようでしょうかね?」


 楽しげに、ニースが笑う。

 意外に旅行好きなのを、最近知った。


「それまでに脱穀機や、選別機なんかを作っちゃおう。向こうにも持って行って、見本にしないと」

「魔法陣を刻める人がいるっすかね?」

「そこだけ、王都から輸出するとか?」

「早くお嬢に、魔法陣を極めて欲しいっす。多分、稲刈りから脱穀、選別まで一つの機械でできるっすよ?」

「本当に? それじゃあ、頑張るしか無いね」


 道は遠いけど、頑張ろう。

 ニースができると言うからには、きっとイメージができてるはず。

 そんな話をしていたら、ブーケットさんが呼びに来た。


「セイシェル。大丈夫なら、農場に降りてきて。モーリシャス導師が来てるの」


 それは大至急、降りていくしか無い。

 師匠の師匠……大師匠であるだけではなく、王国きっての植物の権威な方。

 降りていくと、ワイン色のローブを纏って小柄なお婆ちゃまは、呆れていらした。


「メロディ……あなたがペナン男爵の所から戻って来たのは、秋の始めよね?」

「まだ、わたくしは何もしていないのですよ……」


 メロディは目線で、主犯を指し示した。

 共犯者は、季節を無視する術を準備して下さった姉弟子ブーケットさんです。

 そろそろ冬支度を始める頃、田圃の稲穂はそろそろ実り始めている。誰も未経験の受粉作業は、意外に上手くいったみたいで一安心。

 私とブーケットさんの時間すっ飛ばし方式では、二ヶ月くらいで稲刈りまで到達できそうです。


「ブーケットとセイシェルを組み合わせると、こうなるのね……。モルディブ君、ここまでの問題点は、何かあったかしら?」


 学生時代を思い出してしまうのか、ちょっと師匠の背筋が伸びた。

 目が合ったら、気まずい顔になる。


「急な発育になるから、土地の方かな? 水分もどんどん吸うし、養分も同じ。市販の魔力肥料じゃあ、追いつきやしない。下手に大量購入すると、足がつきそうだし……その辺りが悩みのタネか」

「記録は取っているのでしょう? 少し見せて」


 メロディの付けている……裏の方の日誌に目を通す。

 表向きは、ブーケットさんが、この育成農場の環境実験をしていることになってます。ついでにメロディの品種改良を乗せる感じ。私の農機具魔導器製作は、おまけのおまけ。

 小さく顔を振って、大師匠は肩を落とす。


「今年の『星月祭』で発表した子の論文は、どこまで進んでるのかしら?」

「実証はできていますから、あとは文章だけです」


 答えるのは、論文の仕上がりを見ているブーケットさん。

 そう聞いて、大師匠は、教え子に良く似た物騒な笑みを浮かべた。


「それなら、今年の三年生も巻き込んでしまいなさい。ディディエ君に、私のレシピで魔法肥料を片手間にでも作ってもらって、グラムス君には米からのお酒を作らせればいいわ」

「そんな乱暴な……」

「古代植物用に準備していたレシピだから、普通の植物には強過ぎる肥料だもの。それでも、この先もセイシェルの付与で栽培するなら、欠かせないものでしょ。それに、お酒ならグラムス君が専門家。二人とも、クラビオン伯爵領に引っ張っちゃいなさい」


 なるほど、と手を叩かないで、メロディ。

 さすが師匠の師匠だけあって、発想が大胆過ぎる。

 本人たちの意思を確認すべく、慌ててブーケットさんが二人を呼びに行った。

 二人とも、就職先が決まったと小躍りしてる……。

 魔道士の就職って、そんなに難しいのでしょうか?


「いや、二人とも研究分野が地味だから……」


 なんて言いながら、頭を掻いてる。

 ううっ……私も頑張って魔法陣を覚えなくちゃ。付与魔法じゃ、お金にならないって言うから、私とニースとドンキー君の三人の食い扶持くらい稼がないといけないのに……。


 ディディエは、師匠のメモ書きしたレシピに愕然としているし、グラムスは、麹まですべて米から作る酒に、興味津々みたい。

 何だか、凄く大事になってきた。

 でも、魔法肥料まで自作できると、超促成栽培も、少しは楽になるかな?


 ポーション作成機材はもちろん、簡単な酒造設備もある。

 師匠や、カバーナ導師を含め、お酒の方も味見要員には事欠かないとか。


「そうそう、カバーナの所から、卒業生を引き抜いた方が良いわよ。テイマーは、鳥害対策や害虫駆除に、土起しと重宝するから」


 猛禽類に周回させておくと、スズメたちには何よりの対策になるとか。

 植物園でも、田圃での稲作を試してみたいと言うので、ペナン男爵領で入手した種籾を融通することに決まった。

 今までは、お金にならないものとされて、誰も試さなかったそうな。

 古代植物の件もあって、今の植物園は予算的にも、研究的にも、自由が効くようになってるのだって。嬉しそう。

 そういえば、古代植物はどうなっているのでしょう?


「無事に花を咲かせて、種を付けてくれたわ。春に苗代から、通常の栽培で発芽、育成して種を付けたなら、本物。発表は、その頃ね」

「発芽は……大丈夫でしょうか?」

「おそらく、大丈夫よ。私にも解るくらいに、元気のある種子だから」


 ニッコリと嬉しそうに。

 卒業の時に、メロディも、このくらいの笑みを浮かべられるように、頑張らなくちゃ。


「それから……品種改良のやり方なのですけれど……」


 丁度良い機会と、メロディが積極的に質問している。

 ふむ……受粉させる時に、魔法を絡めるのか。

 品種改良用に、次の栽培では短米種の栽培もすることに決まった。

 長米種の花に、短米種の花粉を受粉させたり、その逆をしたり。……結果を見ながら育てていくらしい。何事も試行錯誤は付き物の精神で、何でも試してみるのだとか。

 こちらを見なくても、促成栽培は請け負いますよ、メロディ。


 でも、ほぼ毎日のように限界近くまで付与していたら、私の付与の力も上がるんじゃなかろうか?


「それが悩みの種だが、もう止められねえだろう?」


 師匠……溜息を吐かないで下さい……。

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