22 魔女は時を操る

 ひと月ぶりくらいに、枯れ葉の舞う学舎に戻ったら、塔に地下階が増えていた。

 褒めて褒めてとばかりに、満面の笑顔のブーケットさんが出迎えてくれる。


「お帰りなさいませ。準備はできてますよ」

「さすが、頼もしい助手だ」


 いつもニコニコのブーケットさんが、師匠の言葉に更に笑み蕩けた。

 荷物を解くよりも先にと、地下へ行くと、二つのドアがある。

 開けば、少し懐かしい異臭がして、耕された土地が広がる。このお姉さんは地下に実験用の田圃を作ってしまったようだ。


「ブーケットさん、あの……地下では、陽の光が当たらないのでは、ありません?」

「急いで作るから、実際の陽の光は邪魔でしょう? ここはセイシェルさんの付与を受けた作物に、合わせた環境を作らなければならないもの」


 左右の扉で、それぞれ別環境の農地を作り出せるらしい。

 温調の魔法陣は、お手の物であることは知っていた。でも、この人は陽の光さえも自在に操ることができるの?


「お陽様を操るのは、さすがに無理です。陽の光を再現するだけよ」


 恥ずかしそうに言うけど、それはとんでもなく凄い事ではなかろうか?

 魔法による環境づくりが専門と知ってはいたけど、想像のレベルを遥かに超えてる。導師が助手として、手元に置くわけだ。

 土はもちろん、クラビオン伯爵領の畑のものを持ってきたとか。

 伯爵領に合わせて日照時間や湿度、雨量など、一年のサイクルはもう整えてるらしい。


「あとはセイシェルさんの付与での、発育の変化に合わせるだけですよ」


 ニッコリと言われても困ってしまう。

 付与で発芽を促進させたように、発育も促進する事ができるという考えだけど……本当にできるのだろうか? 不安になってくる。


「師匠によりゃあ、あんな危うい発芽をできるのなら問題無いって話だ。まずは明日から、元気のある種籾を選んで、始めようや」


 植物に関しては一番の権威である、モーリシャス導師が言うなら、信じるしか無い。

 とりあえず、今日は旅の疲れを取って、明日から……だそうだ。

 フォルテ君たちは、一晩こちらのタウンハウスで休んで、明日領地に戻るのだとか。

 入手した種籾を半分に分けて、持って帰ることになる。

 そちらは季節を動かせないので、秋から冬の間に田圃や、その周りの治水工事をしながら春を待ち、稲作を開始する予定。

 まずは選ばれし領民たちから、稲作を覚えさせるそうな。

 品種改良が進んだ場合に備えて、そちら用の田圃も準備してもらおう。

 まずは、春までにどれだけ進められるかが、最初の勝負になる。



       ☆★☆



「おはよ~」


 久しぶりに、全員集合の教室に帰って来た。

 気合満々のメロディは、中央のテーブルの上に水桶を置いて腕まくりをしてる。


「さあ、始めますわよっ」

「何を始めるんだ?」


 興味津々の先輩たちが覗き込む。

 カップに掬った種籾を、メロディは水を張った桶に投じた。

 身が詰まって、重い籾は沈み、スカスカの籾は浮き上がる。

 腕組みをした師匠が、稲の説明を始め、皆聞き入ってる。その間にメロディは、大きめのスプーンで浮き上がったダメ籾を掬い取った。

 別の桶にザルを置いて、水を移しながら良い籾を回収する。

 真面目な顔でメロディは、生卵を水を移した桶に沈め、少しづつ塩を加えていく。

 向こうで必死に写本したものによると、生卵が水面から軽く浮くくらいの濃さの塩水が必要なはずだ。


「そんなに濃くしたら、みんな浮いちまうんじゃないの?」


 蒸留とかの科学実験のようなことをしている、三年生二人が眉間に皺を寄せた。

 その心配を他所に、三分の二ほどは沈んでいる。

 丁寧に浮き上がってしまったものを掬い取り、ザルに取った良い籾を水洗いして、しばらく水に浸しておくことになる。


「メロディ、栽培計画はどうするの?」

「そうね……まずは、そのままの状態でセイシェルが付与をして、栽培できるか? それには、どれくらいの期間が必要かを確かめないといけないわ」

「ブーケットを疑うわけじゃないが、まずはそこからだな」


 師匠の承認を得て、とりあえずの方針は決まった。

 種籾にたっぷり水を含ませたら、ブーケットさんが校内の植物園から借りてきた、薄い箱の苗代で発芽をさせ、それから田植えになる。

 モーリシャス導師の時の古代の種子より、生命力旺盛な分、付与に掛かる負荷は少ないけど、今回は数が多い。同じくらい大変かも。


「今日は発芽、明日は苗にして……明後日が田植えかしら?」

「明日には、田圃に水を張っておけな」

「はーい。では、明日の夕方から、春の気候を作っておきますね」


 とんでもないことを、あっさり言う。

 空調の魔法陣と、水温調整、陽光、水やり。それを制御する魔法陣を作成したそうな。

 陽光以外は、温度調節の魔法陣の応用とは言え、それを制御する方が問題になるのではなかろうか?

 ニコニコとデフォルトで微笑んでいるから、侮られがちだけど、かなりとんでもない人なのではないかと、再認識させられた。

 メロディも、ぽかんと優秀過ぎる助手さんを見つめるばかりだ。


「メロディさん、呆けてる場合ではないですよ? 先に苗代の準備をしましょう?」

「あ、はい」


 準備というけど、箱になっている苗代に蓋を乗せて、押さえるだけ。

 蓋の裏が井桁になっていて、その交差する所に、指の先くらいの突起が付いてる。

 蓋を被せて押すと、等間隔に凹みができて、そこに種籾を植えるのだ。

 蓋が大きすぎて、私はただ見てるだけ。

 というか、さっきからずっと見ているだけで何もしていない。


「セイシェルの出番は、この後ですから」


 その出番が来たのは、お昼の食事を終え、苗代を霧吹きで湿らせ、種籾を苗代の凹みに一つづつ置いて、土を被せた後だ。

 もうほとんど、夕方。

 地下の実験農場に移動し、隅のスペースに苗代を並べた後だ。


「右手の握り込みに注意しろよ?」


 師匠の指摘に、慌てて手を開く。

 魔法をかける時の癖を、無くす努力をしないと……。その為にタクトではなく、指輪を発動体に頂いているのだから。


 うわぁ……苗代のざわめきが聞こえるようだ。

 それだけ元気な種籾たちが、選び出され、植えられている。

 とにかく依怙贔屓にならないように、それだけを気をつけながら、

 薄く、魔法を広げるように力を貸してやる。

 ただ、求められてる力がそれぞれバラバラだから。……いいや、求めよ、されば与えられん。付与し過ぎると壊れちゃうから、ゆっくりゆっくり。

 数が多いから、かなり面倒臭い。

 整列した子供に、順番に餌付けしている気分。

 

「ここまで……っ」


 大きく息を吐いて、目を開く。

 額に滲んだ汗を、ニースが拭ってくれた。


「本当に『魔法』って、気がしますわ……」

「植物も生きてるって実感できるな……」


 メロディと師匠が呆れている。

 付与するようにって、私に言っておいて、感想それ?

 ブーケットさんは、乾燥しがちな苗代に、懸命に水やりをしている。

 苗代には、緑色の芽が一筋づつ、数センチの高さで伸びていた。


「お疲れ様……やっぱりできちゃうんだ」

「師匠ができること前提で言うから、やれるんだろうなと思って」

「……想定以上だ。メロディには、それだけ頼れる味方ってことだが」

「困ったものですねぇ」


 そう言いつつ、魔法薬の肥料をブーケットさんはジョウロでかける。

 育ったのも急な分、土の養分や水分も急速に減ってるみたい。その辺も注意事項なのかもしれない。


「明後日には、最初の田植えができそうですわね。セイシェルには、また明日頑張ってもらう事になりますけど」

「明日っていうより、この先毎日だけどな?」

「あ……やっぱり、そうなります?」

「可能な限り、時間を短縮しなきゃならねえからな」


 とりあえず、朝に目一杯付与して……というのが日課になりそう。

 ニースに、お昼に美味しいものを作ってもらわなくっちゃ。私自身の回復も絶対に必要。

 回転と、その制御用の魔法陣の勉強もしなくちゃ。


 まだ、稲作は始まったばかりなのだから。

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