21 収穫と学び
「お疲れ様……」
歓迎パーティから戻ったメロディは、疲れた顔でドレスを脱ぎにかかる。
慌ててマーサは手伝いに立ち、一緒に戻ったフォルテ君は、目のやり場に困って天井を見上げた。
「ズルいわよ、セイシェル。あなたも子爵令嬢でしょう?」
「車椅子じゃ、ダンスもできないもの」
「フォルテとわたくしでは、夕刻までのティーパーティになりますもの。何の問題もないでしょう?」
「私に社交を望まれても、困っちゃう。フォルテ君、可愛い娘はいた?」
「……まだ、良く知らない子ばかりだから」
ちょっと照れた感じで、不貞腐れる。
メロディによると、だいぶ積極的に売り込まれていたらしい。
多分、それはメロディも一緒。疲れた顔をしてるもん。
男爵令嬢や令息が相手では、第二夫人の子たちの相手がせいぜいらしいが。
いつものスタイルに戻ると、当てつけがましく溜息を吐いた。
「さっきは聞けなかったけど……米料理、どう感じまして?」
「美味しかった……って感想ではないよね?」
冷たい目で見られた。冗談よ。
貴族受けの意味でしょ?
「ラッピングサラダみたいのは、良さそう。フォー……だっけ、麺は難しそう。マナー的な理由で。炊いた米は微妙な感じ?」
「そうね……大体の感想は同じかしら。フォルテが、嫌がらずに野菜を食べてたものね」
「そういう事を言わないでよっ」
こういう所は子供だし、姉弟だ。
貴族であろうとなかろうと、姉とは横暴な生き物らしい。
「炊いた米は美味しいけど……工夫が必要ね。彩りとか、味とか」
「僕は好きだけど……」
「美味しいだけじゃな駄目なの。流行させないと」
「……どうやって?」
「それは、みんなで考える事よ……。紹介の仕方も含めて」
「紹介の仕方って?」
「タイミングとか、演出とか……。最も効果的に紹介しないと……まあ、それは両親の仕事だから」
「ちょっとずるい……」
「良いのよ、私一人が苦労することもないもの」
弟の素直な抗議に、姉は肩を竦めて笑った。
友人として弁護すると、栽培のしやすさや味など、品種改良に頑張るメロディなのだから、その方面は、まだ見ぬ伯爵様ご夫妻に頑張っていただかないと……。
「まあ、まだ先の話よ。……まずは領内での栽培に合わせて、品種改良してからですもの」
「それが一番、大変かも」
「他人事みたいに言わないの」
しらばっくれて言ったら、くいと右眉を上げて頬を膨らませた。
逃げられそうにない。
「……どちらにしても、先の話よ。今夜は早めに寝て、旅の疲れを取りましょう。明日は収穫を体験しながら、栽培方法を教えていただくことになってますから」
メロディの言葉で、今夜は解散となる。
余程疲れたのだろう。フォルテ君は、欠伸混じりに自分の部屋に帰ってゆく。
私もお言葉に甘えて、メロディの使用人部屋に帰って寝よう。
「何であなたは、使用人の振りをしてますの?」
「……実家を、勘当されてるから?」
家名を名乗る気はないもん。
使用人部屋は慣れてるし、逆にあまり広い部屋の方が落ち着かない。
何より、一緒にニースがいてくれないと困ってしまう。
私は、一人では何もできないのだから。
☆★☆
翌日は、領民総出のお祭り騒ぎのようなものだ。
鎌を片手に、実りの田に繰り出す。予め決められた田圃から、順に総出で刈り取りを始める。刈り取られた稲は束ねて、干して、乾燥させる必要があるらしい。
稲は思っていたより背が高く、ニースやメロディはもちろん、背の高い師匠でもわずかに頭の出る高さにまで育っている。
冒険者たちはもちろん、バルト商会の人たちまで駆り出され、領主一族まで総出の大仕事だ。見学者は、フォルテ君を始めとしたクラビオン伯爵家御一行だけ。
「フォルテ、刈った稲の束ね方をスケッチしておいて」
「僕も、あの中に混ざっちゃ駄目?」
「みなさんの邪魔になっては、いけません」
「ううん……あっちで、同じくらいの子どもたちが教わっているから。僕も」
執事さんが直ぐに確認に動き、許可をもらってきた。
身長から、まだ刈り取りが無理な子たちが稲の束ね方を教わっている中に、喜び勇んで加わっていく。服の汚れも気にせずに地面に座り込むのを、執事さんも注意できずに顔を強張らせた。
「頼もしいな、クラビオン伯爵家の次代は」
「でしょう? 自慢の弟です」
目を細める師匠に、メロディも胸を張る。
それから師匠は、からかうように私の頭を軽く叩いた。
「刈り取りの魔導機も必要だな……」
「……できれば、刈って束ねるまでしたいです」
「気張り過ぎるな。……一つ一つこなす道具を作る方が近道だぜ」
先人のアドバイスは、的を射ている。
刈ることだけに専念すれば、移動はロバにでも曳かせれば良い。縛るまではいかなくても、株毎に束ねて、まとめて地面に下ろせれば、縛るのは手作業でも良い。
単純な仕組みが見えてくる。私に想像できるくらいなら……。
「ニース、どう?」
「お嬢は軸を回すことだけ、考えて欲しいっす。動力だけ魔法でなら、行けるっすよ」
本当に、頼もしい。
午後は、前に干して乾燥させていた分の、脱穀や籾摺り、精米を見せてもらう。
脱穀は、乾燥した稲穂を幾重にもずらした鉄櫛の間に通し、穂先から米の入った籾を落とす作業。籾摺りの前に、落とした籾を落としつつ、風で仰ぎ、重さで混ざっている砂粒や、籾と麦わらの破片などを選り分ける作業が入る。
籾摺りは、籾を臼に入れて挽き、籾殻を除去して玄米を取り出す作業。
最後は臼に入れた玄米を杵で
それぞれの作業用の魔導機が、必要になる。
でも、私には頼もしい侍女が、ついているのだ。
「機構は、今あるやつを、そのまま使ってしまった方が早いっすね。お嬢はとにかく、回転と回転スピードの調整を覚えて欲しいっす」
「……善処します」
夕食は、精米したてのコメを使って、様々な料理が作られた。
貴族も平民も関係なく、一日の収穫を笑顔で祝う。米を肉や野菜と炒めてから、味付けして炊き上げたり、木の皮で包んで蒸し上げたりと、好き勝手に調理したものが並べられた。
平民料理とはいえ、米に馴染んでいる人々の料理は、充分にメロディたちを驚かせた。
「あの……この米は、丸い形をしていますが?」
「これは短米種の米でさあ。水っぽくて、こういった蒸し物に混ぜるには良いんだが……食って美味いものじゃあねえな。すぐカビちまって、保存も効かねえし」
農夫に教わったメロディは、蒸米から、丸っこい粒だけを選んで取り出して、噛んでみて納得した様子。
私も、ちょっと試してみる。単独だと、ネチャッとしてて、イマイチ。
翌日からは、収穫の様子を視察しながら学ぶメロディ姉弟にマーサ。酒造りを学びに行く、師匠と執事さん。稲作の記録資料を書写する私の、三派に別れる。
種籾の選び方から、新たな田圃を作る際の計画、スケジュール、虫や天候、病気による被害の対処など、書写が進むにつれて、聞き取ったことが付記されていった。
二十日ほどの滞在を終えて、帰路についた。
麻袋一袋分の種籾を研究用に、更に短米種の籾も品種改良用に入手できた。
「植えて、様子を見られるのは春ですね……」
しみじみと呟くメロディを、師匠が笑い飛ばした。
そして、私の頭を撫でる。
「普通なら、な。だが、お前にはセイシェルって仲間がいる」
「でも、いくら付与魔法でも季節までは……」
「それは、ブーケットが何とかするだろう? 上手くすれば、戻り次第、即始められるぜ」
「どうやって?」
「応用の効く設備だからな。師匠もいるし、何とかしてるさ」
我らが師匠は、助手を信じ切って気楽に笑った。
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