20 米料理
「お嬢、これが稲ってヤツっすか?」
感嘆の声を上げて、ニースがロバ馬車を、道の端ギリギリまで寄せた。
車窓の外に広がる実りは、麦とは違い、重たげに頭を垂れている。初めて見るけれど、話に聞いた通りなら、これが稲というものだろう。
葉まで黄金色に染まる麦畑と違い、稲の田圃……というらしい。は、まだ葉は緑色をしている。だけど、重たげな穂には確かな実りがある。
この風景が、メロディと私が目指すものだ。
二時間ほど、実りの道を進むと集落が見えてきた。
領主の屋敷はひと目で解る。それでも、私の実家に比べても慎ましやかなのは、男爵という爵位故だろう。
中央広場に止める隊商と分かれ、バルト商会長の馬車と共に、私たちは領主の屋敷に向かった。
ペナン男爵にとって最重要な客人は、次期クラビオン伯爵であるフォルテ君と、その姉であるメロディである。私たちが宿泊する部屋に案内され、湯浴みで旅の埃を落とす間に、バルト商会長との会談は済まされたみたい。
貴族というには、がっしりし過ぎた体格のペナン男爵は、形式張った挨拶を済ませると、真っ先に私たちに、稲から採れる米というものを見せてくれた。
白く、半透明の細長い穀物だ。
「あの稲穂……? というものの中に、この米が入っているのですか?」
「いえ、稲穂を殻を剥いただけでは、玄米という茶褐色のものになります。その表面を磨いてやることで、雑味の取れた米ができます。玄米でも食せぬことはありませんが、精米して白米にした方が好まれるでしょう」
メロディの疑問に、男爵は丁寧に答えてくれる。
ちょうど収穫が始まったばかりとあって、稲穂から脱穀したばかりのもの、玄米と順番に現物を見せてもらえた。
なかなか、作業工程が必要となりそうだ。
ニヤニヤ笑いながら、師匠が私を見てる。……え、それを魔導機化するのって、私?
手伝ってくれますよね? と縋るような目で見つめ返す。
そっぽを向かないで、欲しいのですけど……。
栽培方法を語る前に、昼時とあって、実際に米料理を試食する形での昼食となった。
順に出されるコース料理ではなく、トレイにいくつもの料理を乗せる『膳形式』というスタイルで供された。
「領内で、実際に食されている米料理を比較しやすいように、ひとまとめで供させていただきました。下賤なものもございますが、そこはご容赦いただきたいです」
「いえ、ご教授頂いているのですから。……これは米の原型がありますね」
「これが、米の主となる調理法……炊いたものです」
「炊く?」
「たっぷりの水などで煮るのではなく、少なめの水加減で調理するのです。これは、米の上に乗せた鶏の肉と一緒に炊いたもの。米は脂を含ませると、とたんに美味になる」
なるほど、煮込んだ鶏の……腿肉? のスライスといっしょに盛られている。
庶民の料理だそうだけれど、一番シンプルに米の味が解るのだと言う。スプーンで掬って口に運ぶと、あの硬い穀物がふわりと柔らかくなり、噛むと微かな甘味を感じさせる。控えめな味は、主食向きかも。鶏肉と一緒に、甘辛いソースを付けて食べると、美味しさが増す感じ。
「こちらは、スープパスタ?」
「いえ、米を粉末にして作った麺……まあ、パスタと言えぬこともないですが。フォーと呼ばれています」
米粒の色をした、フェットチーネよりも薄く、平たい麺。スープは鶏の出汁のようだ。米と鶏の脂は、相性が良いのかも。緑色の、鶉の卵くらいの大きさの柑橘の汁を絞って、スープに加える。炊いたものとは、また趣の違うさっぱりとした麺だ。
付け合せの惣菜の衣を剥ごうとしたら、男爵に止められた。
「その衣のようなものも、米の粉を練って伸ばしたシートです。包んだまま、先ほどの甘辛いソースを付けて、お召し上がり下さい」
おっと……。
半透明な生地越しに、包まれた野菜の緑や、海鮮が透けて見える。
ラッピングしたサラダ……そんな印象。
確かにドレッシングをかけるよりも、甘辛いソースをチョンと付ける方が味が引き立ってる……気がする。
私よりも、ニースに試食させた方が有意義だと思う。
あまりお行儀よく食べられないのだけれど、このフォーと言われた麺が一番好みかも。
「もちろん、様々なバリエーションはありますが、この三つのスタイルが、米の調理の基本であると思ってくださって結構です」
「米の粉で、パンを作ったりはしないのですか?」
「作れない事もないですが、慣れ親しんだ小麦のパンと比べた時にどうか? 同じ土俵に上げる事も無いでしょう」
「……なるほど」
あっさりしたフォーをパスタのように調理しても、きっと物足りない。
新しい食材として、違った形で提供した方が、抵抗がないと思う。更に言うなら、フォーをエレガントに食べるのは、ちょっと難しい。
私は好きなんだけど、貴族向きではないかな? とは思った。
ラッピングサラダのようなものは、きっと普通のサラダより、受け入れられそう。
炊いたお米は、調理法次第……かな?
メロディがどんな風に見ているのかは、ちょっと聞いてみたい気がする。
「そして、こちらはお酒ですので、お嬢様方にはお勧めしません。……導師様に、お試しを願いましょう」
「……蒸留酒のようだが」
「はい。糖化を促す麹も、発酵させる酵母も、米由来のものです。ブランデーや、ジンにも劣らぬ強い酒ですので、飲み過ぎ無いように気をつけて下さい」
「匂いはちょいとクセがあるな……」
グラスに注がれた透明なお酒に、師匠が怪訝な顔をする。
軽く口を付けて、ニンマリと目を細めた。
「こりゃあ、荒っぽい酒だな。この味に慣れちまうと、病みつきになりそうだ。……だが、気取ったお貴族様相手だと、醸造した方が良さそうだな。当然、寝かした酒も有るんだろう?」
「もちろんです。大人しくなってしまいますので、米の酒を知ってもらうには、こちらの方が適してます。醸造は、やり方次第で味も変わってしまいますから」
「……なるほどな」
男爵もきっと、イケる口なのだろう。
酒飲み同士で、解り合っているみたい。
ここが試食の場であるなら……。
「本来なら失礼になってしまうのですが、侍女たちにも味を確かめさせて宜しいかしら? 調理の知識は、私たちより豊富ですので」
「ご自由に。私は構いません」
「ちょっ……お嬢……」
ニースはドギマギするが……好奇心が勝ったみたい。
私の食べ残しみたいで申し訳ないけど、ニースにこそ味わっておいて欲しい。
ニースがフォークを取ると、遠慮していたマーサたちも、御主人様たちに後押しされて試食を始める。
それぞれ味わいながらも、悪い反応では無さそう。
長い付き合いだもの。ニースは炊いたお米と、一緒に炊かれた鶏肉の組み合わせが、最も気に入った様子。そんな事まで解ります。
さすがに食事の席の会話には口を挟まず、試食を終えたら、礼を言って一歩下がった。
感想は後で、それぞれ聞き出そう。
お酒を試さなかったのは、未成年だからではなく、弱いから。
ペナン男爵は、不安な顔でメロディに尋ねた。
「マイ・レディ……本気で米料理を、貴族たちに流行らせるおつもりで?」
「ええ……クラビオン伯爵家は、稲作に舵を切る決意をしていますから」
メロディは、伯爵令嬢の顔で、艶やかに微笑んだ。
☆★☆
作者よりの解説
描写で、なんとなくお解りいただけると思いますが
本作の『米』は今の所、長米種……インディカ米。ジャスミンライスとか、香り米。蔑称的にタイ米なんて言われてるものです。
そちらはともかくとして
あまりお酒に詳しくない方の為に、わかりやすく説明しますと
インディカ米で麹から作る蒸留酒……沖縄の『泡盛』をイメージしています。
これ、西洋風ファンタジーでは名前を出しづらいので、あえて解説として付記させていただきます。(^_^;)
泡盛の味の説明を文章で、解るようにするのは、とても難しいのですよ……。
ちょっと反則するのを、お許し下さい。
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