持ち帰ってはいけない石

若奈ちさ

持ち帰ってはいけない石

 月の石って見たことあります?

 アメリカの宇宙飛行士が持ち帰って、日本に寄贈したという石です。

 何十年か前の大阪万博で展示されていた物が、今は東京の博物館にあるんですよ。

 一度は博物館の修繕のためにバックヤードに引っ込んでいたらしいけど、また常設展示されるようになって。

 なんてことのない石ですよ。すごく小さなかけら。

 誰かが取り替えてもわからないくらいに。

 普通の石です。


 それで学生時代のことを思い出したんですよね。

 いつもつるんでいる5人がいて。人生最後のバケーションだっていいながら、4年間ですよ。ずっと遊びほうけてました。常に金欠でしたけど。

 3年生の時、冬だっていうのに沖縄へ旅行しました。その年の夏はバイトが中心だったから、お金を使ってしまわないうちに早く行った方がいいって、そんな理由だったと思います。


 新たな出会いこそなかったですけどね、楽しいしかなかった。

 さすが沖縄。泳げるほどではないにしても暖かい。子供みたいに海辺で遊んでたんです。

 平たい石を拾って水切りをしようと海に投げて。でも波があるからうまくいかない。ドボンと海に沈んでしまう。

 そうしたら地元の人が声をかけてきて。


 石で遊ぶのはいいけど、持って帰ったらダメだよって。


 なんでわざわざそんなことを言うんだって思うじゃないですか。

 普通、持って帰ろうとは思わないですよ。

 どこにでもあるような普通の石なんだから。

 だけど、友人の一人が馬鹿なヤツで、興味本位にこっそりポケットに入れて持ち帰ってしまったんですよね。


 それで、何事もなく無事に帰ってきて。大学の授業がある日でした。

 彼は沖縄から持ち帰った石をポケットに入れたまま洗濯をしてしまったとかで、洗濯機が傷んだと腹を立ててました。

 おもむろにその石を取り出して、忌々しそうに眺めてたんです。

 誰かが「まだ持ってたのかよ」とからかったら、突然窓の外にポイって投げ捨てちゃって。

 おいおい、危ないよって、慌てて窓の下を見下ろしたら――

 幸い誰もいませんでした。

 手のひらにすっぽり収まるくらいの小さな石でしたから、三階の窓からではどこへいったか見えるはずもありません。


 まぁ、いいか。

 それはそれで終わったのかなって思ってたら、昼食の時です。

 食堂で食券を買い、トレイを持って並んでいました。

 そうしたら食堂のおばちゃんが定食と共に、あの投げ捨てた石を彼のトレイに置いたんです。


 当然彼は「え?」って顔をして。

 でもおばちゃんは「日替わり定食でしょ」って、石のことにはなにも触れないわけですよ。

 平然とした顔して、怖いなって。

 だから、彼が何か言いたそうにしているのを制して、テーブルの方へ連れて行きました。

 きっとおばちゃんは窓からそんな物を投げ捨てるなと言いたかったんでしょうけど。

 わざわざ拾って、顔まで覚えていて。

 彼はストーカーかよって悪態ついてたんですけど。


 だけど、その頃からです。

 彼の様子がだんだんおかしくなっていって。

 石が捨てられないって言うんですよね。

 捨てても捨てても戻ってくる。

 やっぱり持って帰ってきたのがいけなかったんだ。でも、元の場所に返そうにもお金がなくて沖縄に行けないって、深刻そうな顔して言ってました。

 だったら小包で市役所にでも送りつければいいじゃんって提案しました。それなら1000円程度で済むし、一応沖縄に帰るでしょと。


 彼はすぐにそれを試したようでした。

 でもね、やっぱりダメでした。なにをやってもなぜか戻ってきてしまう。

 彼はずっと石を持ち続けていました。

 不思議なんですよね。

 端から見たら、むしろ大事そうに、持ち続けている。

 石に触ろうとしたら「触るな!」って声を荒げるし。

 でも、頭から石のことが離れないって、一応悩んでいるようではありました。


 ただ――その石。

 なんだか腑に落ちないんですよ。

 彼の元から離れていかないその石がね。

 沖縄から持ち帰ってきた石と、微妙に違う気がするんですよね。

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