第2話 箪笥の嫁入り


 私と父が二階から下ろして来たのは、40年前に祖母がこの家に嫁いで来た時の嫁入り道具——婚礼箪笥であったからだ。


 それを聞いて、私は改めてその箪笥を眺めた。


 時代を経ているせいか古びていてそれほど良いものには見えなかった。桐の箪笥ではなく、洋風の両開きのドアが付いたやつだ。中を開くと空っぽであったが、服をかけるバーがあって、貴重品入れと思われる小箱が据え付けられていた。


 ドアには姿見があって、ネクタイ掛けもある。


 下の段には横長の引き出しが三段ついていた。


 母の声が飛んでくる。


「だってコレ、お嫁に来たときのでしょ? いいの?」


「…もう、いいんだワ」


「お父さんも良いって言った」と祖母は続けた。母は納得できないようで、更に続ける。


「ばあちゃん(私の曽祖母)が用意してくれたやつだサ?」


 母によると、祖母は若くに両親を亡くし、祖父に嫁ぐ時には嫁入り道具を揃えてくれる人がいなかったらしい。(普通は嫁の父母だそうだ)


 そこで祖父の母が——姑にあたる曽祖母が——用意してくれたと言う。


 それはかなり珍しい事であった。


 四、五十年も昔であれば、いわゆる「嫁姑」関係は今よりすごそうだからだ。私の偏見もあるけど。


 その点については良好であったようで、私の母も嫁いびりは見た事がなかったようである。


 その思い出ごと他人にくれてやるのかと、母は残念がった。


 私はもちろん、父も口を出す立場ではないので顔を見合わせて母と祖母のやりとりを聞いているだけである。


 最終的には私の母が折れた。


 と、言うより、その箪笥をもらう気もないから投げ出したのだろう。


「最後に写真くらい撮っておきなヨ」


 とだけ言っていた。





 帰り道、車の中で助手席の母があの箪笥の思い出を一つ話してくれた。


「子供の頃、かくれんぼであの箪笥に良く隠れたものだワ」


 ——別の世界に行くようでねエ。ナルニア国ってどうやって行くんだろうって、思ってたねエ。


 その子どもの私が細々と物書きの真似事をしていることを両親は知らない。




 数日後、祖母の婚礼箪笥はM町に旅立ったそうである。





婚礼箪笥 完

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婚礼箪笥 青樹春夜(あおきはるや:旧halhal- @halhal-02

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