婚礼箪笥

青樹春夜(あおきはるや:旧halhal-

第1話 北日本豪雨災害


「嘘でしょ⁈コレあげちゃうの?」


 私の母が声高に騒ぐ。


 コレ、というのは祖母の婚礼箪笥であった。




 母の実家の近くで、豪雨による災害が起きた。すぐに手伝いには行けなかったのだが、次の土日には見舞いも兼ねて母の実家に皆で行った。


 祖父母の住む街は災害があったM町の一つ隣で、幸いにもそこは被害ひとつなく、それについては安心したものだ。


 ただ、隣町で被害があったので祖母の知り合いは家財道具の一切合切が土砂に浸かり、家屋が辛うじて残ったという。


 この家だとて泥まみれだ。


 私たちが見舞いに行く前に、祖父母は手伝いに行き床上の泥を流す作業をして来たと聞いた。


「何もかもダメでねぇ」


 そういう祖母は中庭でホースを使いながら、泥まみれのカーテンを洗っていた。


 泥を落としたら洗濯機にかけるのだという。被災した友人の家のものらしい。M町ではまだ、水道が使えず、電気も復旧していなかった。


 私たちがが目を丸くしたのは祖母がカーテンを洗っていたのを見ただけではない。


 祖父母の家は引っ越しかというほどの騒ぎで——めちゃめちゃに散らかっていたのだ。


「二階から箪笥たんすを下ろすのを手伝って欲しいのサ」


 箪笥の中身はすでにぶちまけられ、仕分けされて無造作にビニール袋に詰め込まれていた。


 私と父は訳もわからぬまま箪笥運びをする羽目になった。


 母もぶつぶつ言いながら、祖母の言うままに冬物のコートを大きな紙袋に詰めて行く。


「何もかも無くしたからね、こんなものでも欲しいって言うのサ」


 それは古いコートや母が高校生の頃使ったダウンコートだったりした。


 まあ、これから寒くなるから、被災した方にはありがたいだろう。(と、思う)


「ばあちゃん、コレどこに置くの?」


 私が聞くと、祖母は玄関脇の広い仏間を指した。


「もう、コレもあげるんだわ」


 それを聞いた母が咎めるような声をあげたのだ。


「嘘でしょ!? コレあげちゃうの?」



 つづく

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