第13話 どこも金


 王都に入ります。先端が尖っている建物が多くて、異国に来たんだなと思いました。前の街にもありましたが、こんなに密集していると雰囲気がガラッと変わります。

 どこかでケルト音楽っぽい音が聞こえます。都市内は起伏が多く、小さな川も流れています。

 田舎の都市、山岳の都市、そんな感じがします。


 僕たちは早速宿をとって、情報収集に出かけます。シーナは今朝の気まずさを引きずって、僕に話しかけようとしません。ただ遠慮しているだけかもしれませんが。

 とにかく人目に付かない、陰鬱な店を探します。太陽が沈み欠けているので、カルトに会わないように周囲を警戒しながら。


 僕たちは王都の端っこにある酒場に入りました。入り組んでいる街並みに、陰に潜むように立地しているので、怪しい感じが漂っています。

 入ると、男達が疎らに座っています。僕たちはカウンターの席に座り、シーナを端に隠すようにしました。席をひとつ挟んだ先には冒険者風情の男が座っています。彼は空になったビールのコップを横に起き、肉をつまんでいました。


「すみません、パンとスープを二つずつ。あとビールを隣の彼に」

「はいよ」


 不躾なことをしてしまったかもしれませんが、とにかく会話のきっかけを作ります。


「何のつもりだ?」


 冒険者風情の彼は僕を睨んで言いました。僕は、やっちゃったかなと苦笑いをして言います。


「迷惑でしたか?」


 彼は小さく、いや、と言って肉をつまみ始めます。


「冒険者の方ですか?」

「そうだ、お前もか?」

「はい、王都に来たばかりでして」


 それからこの辺りの魔獣の話や、使っている武器の話、天候の話などして、ようやく本題に入りました。彼は終始ぶっきらぼうに話していますが、ビールのお陰でしょうか、無視はされません。


「ところで、暗殺者ギルドを知っていますか?」

「あぁ、ここらじゃ有名だ」

「彼らに興味があるんですが、教えてくれますか?」


 僕が言うと、彼は無表情を険しくして、いつのまにか置かれていたビールを一口飲みました。

 僕たちのテーブルにも、いつのまにかパンとスープが置かれていました。シーナはフードを深々と被ってそれを静かに食べています。


 ビールをテーブルに置いた彼は無表情で言いました。


「足らん」

「すみません、ビールを彼に」

「はいよ」


 一人目にして重要な情報を持っていそうです。僕の勘もあながち悪くないかもしれません。


「奴らは金さえ払えば何でもする連中だ。暗殺、盗み、スパイ、誘拐。個人的な依頼から政治的な依頼も全部な」

「彼らとコンタクトを取るにはどうすれば良いんですか?」

「俺は知らんが、俺の知人が依頼したことがある」

「その人を紹介して貰えますか?」


 彼は肉を全て口に入れ、出て来たビールを一口で飲むと言いました。


「ベラフ商会の店主だ。場所はその辺の奴に聞けば分かる」

「ありがとうございます」


 そう言うと彼は無言で立ち去ってしまいました。店主には僕が払うと言います。


「シーナ、早速手がかりが掴めたね」

「そ、そうですね」


 シーナは既にパンとスープを平らげていました。僕は自分の物を食べながら言います。


「明日ベラフ紹介に行く。もしもの為に逃げる準備はしておこう」

「はい」





 翌朝。宿の店主にベラフ商会の場所を聞きました。彼は眠そうな顔をしながら教えてくれました。

 外に出て、霧の濃い中道を歩きます。王都は広いので中々着きません。途中道に迷って、もう一度商会の場所を聞き、ようやくその付近に辿り着きました。

 辿り着いた頃には霧が晴れていました。


「東側の門か」


 僕たちが入ったのは北側の門でした。ここも同じように、門の出口付近に市場があります。僕はそこの店主にベラフ商会の場所を聞きました。


「ベラフ商会はあの立派な建物よ」


 店主の指の指す方を見ると、大きな石造の建物がありました。近づくと、正面にベラフ商会と木の板に書いてありました。

 店の中に入ります。特に装飾品のない、簡素で実用的な内装です。


「これはこれはお若いお二人様、今回は何をお探しでしょうか」


 入り口近くにいた小太りの男が、手を擦りながら寄ってきました。かなり敷居の高い店のようで、商品が綺麗に陳列していました。


「あなたはここの店主ですか?」

「はい、そうですが?」

「あなたに用があって来ました。少しお時間を頂けませんか?」

「え、えぇ、構いませんが」


 彼は従業員に目配せして、僕たちを店の奥に連れて行きました。

 応接室のような場所に通されます。素朴な木の椅子に座り、彼と向かい合います。


「何用で御座いましょうか」

「いえ、聞きたいことがあるだけです」

「何でございましょう」


 彼はにこやかな笑顔を貼り付けたまま言いました。


「あなたが暗殺者ギルドに依頼をしたことがあると聞きまして」


 その瞬間、男の目が見開き、鋭い視線を僕に送ります。僕は警戒しながら、彼を刺激しないようにゆっくり言います。


「あなたがどのような依頼をしたかは聞いていませんし、興味もありません。僕たちは暗殺者ギルドに用があるだけです」

「そ、そうですか…因みに誰から?」

「冒険者の男の人です…名前は聞いていません」

「あぁ…彼ですか…」


 男は鋭い視線をやめて、表情を戻します。しかし、営業スマイルまでは出来ていませんでした。


「暗殺者ギルドの場所を教えてください」

「分かりました。ですので今後も私どもの詮索はお控えください。それを約束して頂けるのなら」


 僕は彼と約束をして、暗殺者ギルドの場所を教えてもらいました。ここから少し歩いた所にあるスラムの、唯一の酒場だそうです。合言葉もあるらしく、それも教えて貰いました。


「シーナ、多分大丈夫だけど、警戒しておいてくれ」

「はい」

「そうだ、身を守る神聖術はある?」

「えぇ、準備しておきますか?」

「お願い」


 恐らく何も無いはずです。ですが暗殺者と聞くと何かあると思ってしまうのも無理はありません。

 僕もシーナも戦う力はありませんから、万が一となれば逃げることだけを考えます。


 歩いて十分ほどでスラムに着きました。

 バラックが乱雑に置かれており、歩く人の格好もみすぼらしいです。僕とシーナは顔を隠しながら、酒場と思しき場所に入りました。

 

 客は一人としていません。店員も一人。

 僕はカウンターに座って、その店員に注文します。


「青いワインをください」

「少々お待ちを」


 彼はそう言って奥に向かいました。それから数分待つと、また戻って来ます。


「お飲み物は二階に準備しております。こちらへ」


 彼に着いていくと、奥に階段があります。ぼろぼろの階段を慎重に上がります。

 彼がドアを三回叩いて扉を開きました。僕たちを中に促して、彼は戻っていきます。

 中に入ると、立派な机に足を乗せた男がこちらを睨みつけています。彼は黒い帽子を深々と被り、黒い服で身を包んでいます。


「何のようだ?」

「ここは暗殺者ギルドで間違いありませんか?」

「あぁ、正真正銘暗殺者ギルドだ」


 確認を終えると、僕は一つ息を吸ってから言いました。


「ステータスカード偽装の魔道具は持っていますか?」

「持っていたら?」

「それを使わせて頂きたいのですが」

「へぇ」


 逆光で見えない彼の顔から、片方だけ眼光が出ています。それは僕たちを一通り舐め回すように見ると、白い歯を見せて不敵に笑いました。


「金貨百枚だ。それで手を打ってやろう」

「百枚…」


 思ったより多い。いや、多すぎる。それ程までにその魔道具は貴重なのでしょうか。

 金貨百枚なんて到底出せません。レオーン家からの支援金は金貨二十枚。今の手持ちは金貨十五枚です。


「なぜそこまで高いのですか?」

「あれは金貨千五百枚で買った。それを百枚で貸してやるって言ってんだ。良心的だろ?」


 そこまで高いなんて。シーナも驚いているようです。僕たちは小声で相談を始めました。


「シーナ、どうする?」

「どうにか値下げしてもらうしかありませんよ、後はお金を借りるかですが」

「僕たちに貸してくれる人なんているの?」

「いませんね…」


 危険だけどレオーンに戻ってお金を調達するしかありません。


「なんだ?金ないのか?」

「えぇ、手持ちにはありませんが——」

「なら、その嬢ちゃん売ってくれたらいいぜ」

「はぁ?」


 突然そう言われて困惑します。売る。人を売るなんて、そんな考えが思いつく訳がありませんから。


「そいつ、パルセノスの娘だろ?」

「なぜ、それを…」


 もしや、門の兵士から情報が漏れたのでしょうか。


「王都の情報は全て俺に集まる」


 彼はニヒルに笑って言います。背筋が凍る思いです。まるで全てを見通されているような気がします。


「そいつ、血もパルセノスだろ?なら欲しがる連中は山ほどいるぜ?この王都にもな」


 なぜ僕たちにそのようなことを言うのでしょう。挑発しているのでしょうか。

 いや、まさか——。

 

「そんで偽装の魔道具ねぇ…。もしかして——」

「もう良い、話は終わりです」


 確信しました。彼らにはシーナが聖女であるとバレています。既に彼女を捕える依頼が出ている?いや、確実に価値があるから捕まえておこうとしているのです。


 僕は話を切り、シーナの手を取って翻りました。

 しかし、数人の男が扉から入って来て、僕たちの逃げ場を無くしました。


「聖女の血がありゃ国も買えるんだぜ、ほっとく訳ないだろ?」


 心臓がバクバクと音を立てます。彼らは武器を持っています。シーナを取られれば、僕は死にます。

 

「ユウさん」


 シーナが僕を見上げました。

 あぁ、青い目。僕の反骨精神を無性に掻き立てる目。彼女は戦う気です。人を殺したとしても、僕を守ろうと言う気概です。

 つまり、この王都にはもう居られません。そして、僕たちを知る人間も、この王都には居ません。居なくなります。

 彼女は強い。だから僕も強くならないといけない。彼女が戦うと言うなら、僕も戦う。全ては魔王を倒して、娃綺ちゃんに会うために。

 今、一番辛いのは彼女です。それなら、何もできない僕は、彼女の苦しみを半分でも背負って上げなければなりません。例えそれが、人殺しの罪であっても。


「シーナ、プロテクション」

「プロテクション」


 僕たちを害する物体、現象を否応なく、その同等の力で押し返す領域が展開されます。もちろん生命も中に入れません。

 それは僕たちから三十センチメートル離れた位置に展開されます。


 僕は心を水鏡のように鎮ませ、態と余裕綽々の表情を作って言いました。


「あなた達では、僕たちに指一本触れられません。それでも僕たちを捕まえようとするなら…死にますよ?」

「男は殺せ、女は傷一つ付けるな」

「りょーかい」


 僕に向かってナイフが投げられます。それは僕の三十センチ前で速度が無くなり、真下に落下しました。


「なっ!?」


 驚きの声が聞こえます。僕も驚きたい気持ちでしたが、余裕の表情を見せます。シーナの手を強く握ります。彼女だけが僕の動揺を知っているでしょう。


「シーナ、あれの用意」

「はい。主よ…」


 小声で耳打ちします。シーナは口元を隠しながら詠唱を始めました。


 僕たちはゆっくり歩きはじめます。

 誰も僕たちに触れられず、三十センチの間隔を保ちます。扉を塞ぐようにしていた男も押し出され、そのまま後ろ向きで階段を転げ落ちます。

 

「僕たちはあなた達に危害を加えるつもりはありません。大人しく退いてくれるなら、何もしませんよ?」

「へぇ、優しいんだな。だがこの世界ではその優しさが命取りだぜ?」

「少し話をしませんか?僕たちが店を出るまで」

「良いぜ?冥土の土産ってやつだな」


 僕たちはゆっくり歩きます。その間、辺りを見渡して、店の人間が全員彼の仲間であることを確認します。

 彼らは僕たちを囲むようにして、僕に向かってナイフを投げ続けています。神聖術の効果が切れるのを待っているのです。


「あなたの味方は、ここにいる全員ですか?」

「いや、仕事中の奴もいる」

「僕たちの事情を知ったのはいつですか?聞いてからどれくらい経ちましたか?」

「今日の朝だな、聞いてから三十分もしないうちに、お前らからノコノコやって来たんでよ。すげー驚いたぜ」


 ゆっくり歩きます。僕の後ろをついてくる、暗殺者ギルドのリーダーらしい黒い男は、ニヒルな笑みを絶やしません。


「なぜ見ただけで分かったんですか?」

「その嬢ちゃんの髪の色だな。依頼内容で聖女だと気づいた。まぁお前の反応も参考材料にしたがな」


 彼はまだ着いてきます。部屋にいる人間は誰も離れていません。

 広さ二十畳ほどの店に、十人ほど。全員僕たちから二メートルは離れています。しかし、五メートル以内には全員います。


「参考になりました。良い冥土の土産になりそうです」

「そうか」

「本当に諦めないんですね?」

「結界に引きこもって、弓で打つくらいすれば良いのに、んなこともできないお坊ちゃんの戯言なんざ脅しにもなんないぞ?」

「はっはっはっ、その通りだぜ」


 男達は気持ちの悪い笑みを浮かべます。リーダーだけが表情を変えません。


 僕たちは出口を塞ぐようにして立ちます。扉の枠に手を添えて、彼らに向かって言います。


「僕たちを襲えば、あなた達は必ず死にます。それを覚えといてください」

「お前らにゃなにもできねぇよ、その神聖術が切れたら終わりだ」


 彼は最後まで素顔を見せませんでした。このまま逃げても彼だけは追ってこないでしょうから、ここで始末しておきます。


「シーナ、彼を中心に、殺せ」

「エアエクスパンション」


 突如、彼から半径三メートルの空気分子が一瞬にして中心方向逆向きに飛び出します。

 雷が落ちた時のような轟音とともに、風速何十メートルの風が建物を出ていきます。あまりにも強い風で、窓枠から壁が剥がれます。


 リーダーの男は一瞬で意識を失い。周囲の男は高気圧で内臓を壊され、風圧で壁に張り付きました。

 僕たちだけ、どのような影響も受けませんでした。

 

「シーナ、もう良い」

「はい」


 数秒たった後、シーナに神聖術を解かせます。真空状態の空間領域を維持する力が消失し、大量の空気が一瞬で流入します。もう一度雷のような轟音が鳴り響きます。


 暗殺ギルドの十人近い人間は、半数は意識がありますが、半数は昏倒していました。意識がある人間も、遠からず死ぬことになりましょう。

 もし死ななくても、僕の演技が少なからず彼らの士気を削ぐ筈です。あいつらには自分たちを一瞬で壊滅させる力を持っている、と言う恐怖によって。


 逃げよう、とシーナに言おうと見下げると、彼女は小さく祈りの言葉を呟いていました。

 

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