第12話 犯罪者を探せ
馬車は何事もなく国境を越えました。幾ばくかの谷を抜けた先には、広大な小麦畑が見え、奥には巨大な山脈が横たわります。
「あの山脈に名峰ホルマタンがあると言います。あんな大きな山脈ですから、すごいダンジョンがありそうです」
「あっちまで行くのは時間かかりそうだね」
山脈まで行くまでに、どうにかステータスカードの偽造を済ませたいところです。
取り敢えず次の街で降りて、色々と情報収集をします。
僕たちは宿屋軒酒場に行き、同じような手口で二人部屋をゲットしました。それから今回は多少冒険して、酒場で色々な人から情報を頂きます。
僕たちはイカついおじさんに相席を許してもらい、そこに座りました。僕だけフードを取ります。
「あんた、異国の子か?」
「そんなものです、相席感謝します」
「いーんだよ、まっ、どうしてもお礼してぇんなら一杯奢ってくれや」
奢って欲しそうな顔でこちらを見てきます。酔っ払っていて、ご機嫌そうです。
「一杯とは言わず、なんでも頼んでください。その代わり、この地域に疎い僕たちに是非とも色々とご教授頂きたく——」
「あーあー、固っくるしぃ、あんたら良いとこ育ちだなぁ?」
そう言って、イカついおじさんは好きなものを頼み始めました。承諾してくれたということでしょう。
僕は静かに椅子を近づけているシーナに小声で言いました。
「シーナ、食べたいものあったら教えて」
「あっ、なら…ユウさんと同じもので」
僕はスープとパンを注文して、おじさんに向き直りました。
「おじさんは何をしてらっしゃる方なんですか」
「俺は鍛治職人だ。この方二十五年の腕よ、ほれ」
彼は筋肉ムキムキの腕を見せびらかしてきました。確かに頼り甲斐がありそうな腕です。
「すごい筋肉ですね」
「おうよ、あんたもそんなガリガリだと、嬢ちゃんを守ってやれねぇぞ」
「ははっ、おっしゃる通りで…ございます…」
「ユウさん、落ち込んでないで、情報収集ですよ」
僕の袖を引っ張って、シーナが小声で言います。突然のハンマーブローにダメージを負いつつ、おじさんに質問します。
「僕たち翌朝に出て王都に行くんですが、こんなご時世ですし、余所者の僕らがどう思われるか心配で」
「なんで王都なんかに行くんだ?」
「ホルマタンのダンジョンに行くんです。その途中に寄ろうかと」
名峰ホルマタンにダンジョンがあるのは調査済みです。シーナがそこがいいと言うので、特に話し合うことなく決定しました。
「冒険者か?」
「はい」
冒険者とは、ダンジョン攻略やその他雑務をこなす人間の総称で、冒険者ギルドに加入しているものを指します。
「そうかそうか冒険者か!まっ、腕っぷしに自信がありゃ大丈夫さ」
「そうですがね、こんなご時世ですし、犯罪組織とかには注意したいんですよ」
秘技、こんなご時世ですし、を使って詳しい話を聞きます。
「そうだなぁ、最近じゃあカルト教団が色々問題起こしてるって聞くなぁ」
「カルト教団?」
「邪神の目っちゅう奴らでよ、全く気味悪いもんだぜ」
「どんな連中なんですか?」
そこで鳥の丸焼きと、パンとスープが二皿ずつ来ました。おじさんはそれを切り分け始めました。
「まぁ、噂程度にしか聞かねぇがよ、なんでも女子供を攫って生贄にしてんだとよ」
「彼らは、どこにいるんです?」
「王都付近にいるってよ、普段は民衆に紛れ込んで、夜に動き出すってんだ。全くゴキブリみてぇな連中だな」
僕はシーナと額を合わせて相談を始めました。
「どうする?」
「カルト宗教は危険すぎますよ、わたくしが聖職者と知られれば嬲り殺しにされます」
「じゃあチェンジで」
「ちぇんじ?」
僕は相談を終えておじさんの方を向きました。雑に切り分けられた鳥の丸焼きの半分を、おじさんは僕たちに渡しました。
「もちっと食え、金は食うために使うもんだぜ」
「あっ、ありがとうございます」
「礼なんて言うな俺が恥ずかしいだろうが」
これは僕のお金で買ったものですが、僕たちの幸薄そうな表情を見かねて元気づけようとしてくれたみたいです。確かに、ここ数日パンしか食べていません。
「んっ、美味しいですね、これ」
「そうだろ?ここの絶品なんだぜ」
シーナを見ると、フードの下で静かに頬を膨らませています。
僕は食事をしながら、もう少し情報を聞き出しました。シーナには申し訳ないですが、庶民とはこういうものです。
「そんなに怖い人たちがいるなら、王都の治安はあんまり良くない感じですか?」
「よかねぇよ、王都よりこっちの方が断然マシだぜ、食い扶持があればな」
「でも、僕たちの仕事は人が多いところに集まりますからねぇ」
今の僕は冒険者なので、適当に知った風に言います。
「犯罪者も似たようなもんさ。なんせ暗殺者ギルドなんかも、王都にゃあるって言うしよ」
「暗殺者ギルドですか」
「あぁ、金さえ出せば人も殺せる連中だ。あんたらも気をつけるんだな」
「ご忠告ありがとうございます」
「いいってことよ。もっと食おうぜ!酒も飲め飲め!」
カルト宗教は危険すぎるので近寄らないことにして、暗殺者ギルドには探りを入れて見ようかと思います。このおじさんはこれ以上知らなそうなので、もっと深いところを知っている人に聞いてみましょう。
僕たちはその気のいいおじさんと、一夜限りの会食を楽しみました。
夜も更け、客もひとしきり帰り、おじさんもいつの間にかどこかに行ってしまいました。
初めて酒を飲まされて、頭がガンガンと痛みます。心臓が血を押し出すたびにくる痛みは、慣れそうにありません。シーナに飲酒の年齢制限を聞いてみれば、そんなものないと言われました。さすが中世。
シーナはずっとフラフラしています。ぼーっと天井を見たり、僕に肉を食べさせようとしてきたり、酒を飲ませようとしてきたり、世話焼きなところは変わりませんが、ずっとぼーっとしているので面白かったです。
「ユウさまぁ…ユウさまぁ…」
会計している間に目を離せば、自分のフードで前が見えなくて僕を探しています。
「シーナ、上いくよ」
シーナの手を引いて二階に上がり、部屋に入ります。今夜は神聖術がなくとも寝られるのではないでしょうか。
「シーナ、僕はもう眠いから寝るよ」
「お待ちを…祈りを捧げなければ…」
ポスンと隣に座って、頭を横に振って歌うように祈りを始めます。
「しゅよぉ…よや〜みぃにぃ〜きょ〜ふす〜りゅ〜かよわきぃ〜」
眠くて眠くて堪らないんでしょう。もう呂律も回らなくなってしまって、祈りの途中で眠ってしまいました。
僕は小さくため息をついて、彼女のローブだけ脱がせてベッドに寝かせました。彼女は気持ちよさそうに寝息を立てています。小さな唇は若干開いて、真っ白の頬を赤く染めて、十五歳よりも幼く見える顔を無防備に晒しています。勇者というだけで僕に全幅の信頼を置く彼女は、どこか儚くて危うく思えます。そもそも勇者じゃない僕に、心が勇者だとか言う詭弁を弄して散々尽くそうとしてくることも。
師匠さんはもう少し彼女に貞操観念を教えてやるべきでした。あぁ、その師匠さんの方が酷いんでしたね。
そろそろ彼女の寝顔も見飽きたので、ベッドに入って寝ます。
神聖術も祈りも酒も、寝てしまえば一瞬で朝を迎えます。
瞼の裏は白んで、朝の訪れを感じさせました。僕は痛む頭を抑えながら毛布を捲ります。昨日のことは大体覚えています。今日はまた馬車に乗って、とそんなことを考えていると、髪の毛のようなものが手に触れました。
気になってそちらを見てみると、昨日隣のベッドで寝かせたはずのシーナが、僕の横で寝ているではありませんか。僕は混乱した頭で冷静に考えました。昨日の記憶を精査しましたがやはり覚えはありません。
「んんぅ…」
シーナが呻き声を上げながら起き上がってきます。白銀の髪が彼女の白磁の肌に垂れ下がり、太陽の光が彼女の慎ましやかな身体を顕彰に見せました。ていうか昨日服着てましたよね!?
僕はすぐに目を逸らして娃綺ちゃんのことを猛烈に思い出そうとしますが、脳裏によぎるのはシーナの身体だけです。僕の、僕の愛が生理現象などに敗れるはずがありません!娃綺ちゃん娃綺ちゃん娃綺ちゃん!!
「ひゃっ…わたくしったら寝過ごして」
「シーナ、恥ずかしがるんなら最初からやらないでもらえる?」
「もっ、申し訳ありません!昨日夜中に起きてしまって…それで…」
それで、なぜ服を脱いでいるのか説明してもらいたいところですが、元々寝巻きを着ない文化なので仕様がありません。
「ユウさんが起きる前に退散しようと思っていたのですが…申し訳ありませんっ!」
彼女は布を引きずって向こうに身体を向けました。感覚的にそう思ったので真偽は定かではありませんが。
「いいよ…いいから服を着て…」
「はっ…はい…その…」
「ん?」
「えっと…わたくしのせいで起こしてしまったのなら…責任をとってお治めいたしますが…」
「シーナ、これは君のせいじゃない。断じて違う。だからジロジロ見ないでくれ!」
「もっ、申し訳ありませんっ!」
全くもって心外極まりありません。これは単なる生理現象。生理現象です。いつもより元気なのは酒のせいです。断じてシーナに劣情を抱いたのではありません!あぁ、どれもこれも魔王のせいだ!こんなに魔王を恨んだのは初めてです!
とにかく僕たちは王都に向かって出発しました。乗り合い馬車の中で、他国なので会話くらいは解禁していたはずですが、僕たちが会話を交わすことはありませんでした。これも魔王のせいです。
シュバイーツ王国の王都ヘルン。ここでは検問が行われます。僕たちのいつもの検問のやり過ごし方はこうです。
「身分証か通行許可証を」
「兵士さん…わたくしはアスタリスム王国の聖職者なのですが…旅の途中に身分証を落としてしまって…」
屈強な兵士を見上げて、シーナは困り果てた表情で言います。
「それは気の毒に…だが身分証がないと——」
「わたくし…ここの生まれなのですが…これだけでは証明になりませんか…?」
それはパルセノス家の家紋。由緒正しき、聖職者の象徴とも言うべき家紋です。パルセノス家の聖職者というだけで、この地域では一目も二目も置かれます。身バレする可能性もありますが、この国に勇者の存在は明かされていないので、聖女だけでは僕に辿り着きません。彼女のステータスカードを見せるだけでもいいですが、聖女であることも秘密にしたいのです。
普通他国の貴族の家紋を見せてもこうは行きません。しかし有力貴族であり徳の高い聖職者であれば、あとほんの少しの泣き落としでなんとかなるのです。
「いや…いくらパルセノス家と言えど…」
「本当に…本当に困っているのです…兵士さん…どうか通して頂けませんか…?」
彼女のオーシャンブルーの瞳から涙が溢れ落ちます。肌荒れもなく、綺麗な長い御髪の少女は明らかに高貴な血筋であり、その少女の涙は正に宝石のように輝いています。やんごとなき家柄と宗教的な影響力と並々ならぬお嬢様パワーで、ついに兵士は道を開けてしまうのです。
僕は泣き落としに成功したシーナの後ろについて行きました。
パルセノス家の聖職者なんて大量にいますから、聖女と特定されることはないでしょう。なんせパルセノス家で修行した聖職者は、すべてパルセノス家の家紋を持つことを許されるのですから。興味深いことにこの家自体が、キリスト教で言う修道会のようなものの一つなのです。
おそらく大体の検問はこれで突破できますが、やはり早くステータスカードを偽装しなければなりません。かの宗教が主要でない国ではこのような方法は使えませんから。
まずは王都で情報収集。暗殺者ギルドの居場所を見つけ出し、偽装の魔道具があるか聞きます。あればそれを貸して貰い、ステータスを偽造してダンジョンへ。一筋縄ではいかなそうですが、気合いを入れる他ありません。
とは言え、そもそも隠密行動のつもりだったのなら、王都で偽装の魔道具をくれるでしょうに。さすが貴族といったところでしょう。庶民とは頭の出来が違います。
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