第11話 レベル上がってた

 僕たちは隣町の宿に泊まり、翌朝にそのまた隣街までの寄り合い馬車に乗り込みました。隣国までの間に数回町を挟みます。隣国へ直通の馬車なんかは小さな街にはありません。

 僕たちは素性がバレないようにフードを深々と被って馬車に乗りました。僕とシーナの服は、穴が空いたり血がついたりしていたので、レオーンで新品に取り替えてもらいました。


「そういえばユウさん、ステータスカード見ました?」


 のどかな昼下がり、途中休憩で川まで降りるとようやく二人きりの状況になります。僕たちは馬車に乗ってから初めて言葉を交わしました。


「見てないけど」

「今すぐ見てください!」


 シーナに急かされて、ステータスカードを懐から取り出しました。


 名前:長谷川佑  性別:男  

 年齢:16    職業:聖人

 レベル5

 パワー:15

 スピード:15

 スタミナ:15

 魔力:15

 スキル:剣術(Lv.1)弓術(Lv.1)


「レベル5になってる!」

「魔熊の討伐によってレベルが上がったのです。私もレベル5になってました」


 力が漲っている訳ではありませんが、僅かでも成長したことが分かって嬉しいです。こうして成長が可視化されると、頑張り甲斐がありそうです。

 

「シーナのも見せてよ」

「はいっ」


 シーナのステータスカードを見せてもらいました。


 名前:シーナリーゼ・パルセノス  性別:女

 年齢:15  職業:聖女

 レベル5

 パワー:7

 スピード:7

 スタミナ:12

 魔力:73

 スキル:神聖術(Lv.Max)料理(Lv.6)裁縫(Lv.4)芸術(Lv.3)


「魔力すご」

「えへへ、聖女ですから」


 それに神聖術が全て使えるというのは本当だったようです。あと料理が美味しい理由も分かりました。

 

「職業って大切なんだね。僕は長所が何もないよ」

「いえいえ、確かにそうですけど、こうやって満遍なく能力が上がっていくのはユウさんだけですっ」

「それ褒めてる?」

「もちろんっ、ユウさんは剣も弓も魔術も神聖術も、全て平等に扱えるのですから」


 確かにそう聞くと強そう。しかし平等に扱えても、一つ一つが平均以下であれば意味がない気がします。


「わたくしは長女に生まれた瞬間から聖女でした。あっ、これは内緒ですよ?」


 パルセノス家の長女が聖女と呼ばれるのは、ステータスではなく、二つ名や役職のようなものと周知されており、そもそも聖女という職業はないものとされているのです。


「職業は人の才能や能力値を決定します。本来は生後三年で、その人の一番の才能を職業として神から賜るのです。同時にその職業に合う能力値の比率も決定されるんですよ」

「へぇ」

 

 三つ子の魂なんとやら。才能が三歳で決まるなんて、一見残酷に見えますが、救いにも見えます。


「わたくしはその血筋で才能が決定されているのです。なので生まれた頃から聖女で、聖女だから魔力だけが高くて、神聖術もすぐ習得できて、それ以外がてんでダメなんです」

「そういえば、神聖術のレベル」

「えぇ、聖女は使った神聖術を全て覚えられるので、小さい頃から杖を使って片っ端から習得して行ったんです」


 スキルは本人のレベルに関係なく、そのスキルの習熟度によって決まるらしいです。そのスキルを何度も何度も使って、ようやくレベルが上がるところを、彼女はただの一度のみで簡単に習得し、簡単にレベルが上がったと言います。


「だから、料理や野営技術や、裁縫なんかも練習して、勇者様のためになるようにって修行してきたんです」

「まるで花嫁修行だね」


 僕がそういうと、シーナは目を丸くしてから、笑って言いました。


「平和な時代でしたから…。わたくしの師匠も、戦争が始まる前はそう言っていました」


 魔王が台頭したのはおよそ五年前。彼女も医療部隊として戦争に貢献していたと言います。これは憶測ですが、彼女の魔王に対する憎しみも、そこで生まれたのでしょう。


「だから師匠はわたくしにとっても嫉妬しているんですよ?わたくし以上に勇者様のことが大好きでしたから」

「そ…そうなんだ…」


 シーナ以上とは、なかなか恐ろしいものです。

 見ず知らずの勇者に命をかけようとする精神は、やはり今になっても理解し難いものです。聖女とはそういうものなのでしょうか。


「わたくしだって負けてませんよ?あっ,喉乾いていませんか?」

「ちょっと乾いてるかも」

「今汲んできますね」


 シーナは川に向かうと、川の中に手を入れました。


「主よ、紅き牝牛の灰を以って穢れた水を清め給へ、ピュアリフィケーション」


 彼女がそう唱えた瞬間、川上から十メートルが一斉に光り輝き始めました。彼女は光る水を水筒に入れ始めます。


「ちょっ、シーナ!」


 他に川で休憩していた乗客が一斉にシーナを見ています。あれだけ目立たないようにしていたのに台無しです。

 シーナはそんなことを気にも留めず、笑顔で僕の方に向かってきました。


「綺麗な水を入れて来ましたっ、聖水と言われる純度百パーセントの水ですっ!」

「なんでこんな目立つことしたんだよ!」

「え…?あ…」


  彼女は周囲の視線に気づいて顔を青くしました。


「もっ、申し訳ありませんっ、ユウさんに美味しい水を飲んでもらいたくて」


 シーナは普段は優秀なのですが、勇者のことになると隠していたポンコツが表に現れます。

 僕はため息をついて、それ以上言うのをやめました。


「まぁ神聖術くらいならいいけどさ、顔も見られてないし」

「本当に申し訳ありませんっ」


 人前で彼女に頼み事をするのはやめよう。そう心に決めました。もし頼み事をする時は、十分に言葉に気をつけることにします。


「それで、あの神聖術は何?」

「え、えっと…水を清める神聖術です」

「詳しくは?」

「微小な不純物と水を乖離させる神聖術です」


 純度百パーセントというのはそのままの意味ではないようです。ともかくお腹を壊す可能性が低くなるのは良いことです。でも、そうなると魔法で出した水は純度百パーセントなのでしょうか。


「魔法で出した水ってさ、飲めるの?」

「飲料水を出す魔術と、水を出す魔術がありますね。違いは分かりませんが、飲料水と言うので飲めると思いますよ」

「なるほどね」


 水を飲むなら魔法に頼った方が良さそうです。それなら僕が使いましょうか。


「おーい、そろそろ行くぞー」


 上から声が掛かります。水の魔法を教わるのはまた今度にしましょう。

 いや、そもそも、シーナは魔法の詠唱を知っているのでしょうか。知らないなら、他の誰かに教わるしかありません。確か澪さんは魔法の書を持っていましたっけ。本で覚えられるのならそれでいいのですが。


 そんなこんなで、国境までの旅は続きます。

 馬車は街に着いて、僕たちは宿を探します。ここでダブルベッドか、二人部屋を探さないと、僕の快眠の妨げになるので、頑張って宿を探します。


「シーナ、もう大人なんだから一人で寝られるように——」

「ちっ、違いますっ、いつ魔王が来るか分からないのですよ?いつでもユウさんを守れるように——」


 つまり、シーナはあの夜のことが結構トラウマになっているということです。僕も偶に思い出すことがあります。世にも恐ろしい怪物を前に、ただ死を待つだけの絶望的な時間。思い出すだけで身震いし、足がすくみます。

 神聖術の結界で彼を直接感じてしまったシーナは、僕以上に恐ろしさを感じているに違いありません。それでも咄嗟に僕を守った彼女は、本当に勇敢な少女です。僕はあの悪夢を思い出す度に、勇敢な彼女も思い出すのです。

 それを忘れない限り、僕はあの恐怖に抗える気がします。気がしますが、早く仲間を見つけて、安全な夜を過ごしたいです。できれば女の子をもう一人、シーナが安心して眠れるように。それから僕も安心できるように男の子を一人。それが理想です。まずは四人。それから必要な人材を集めなければ。


 僕たちは小さな宿に入りました。これで三件目、二人部屋があればいいのですが。一階は酒場になっていて、酔っ払いたちで賑わっています。

 僕は店主に向かって宿はあるかと聞きました。店主の男性は、僕たちに懐疑的な視線を送りました。


「兄ちゃんたち、旅のもんか?」

「えぇ、二人部屋空いていますか?」

「空いちゃいるがよ、厄介ごとは勘弁だぜ?」

「何を、僕たちのどこが怪しいんです」


 店主はシーナを見ます。シーナはフードをいっそう深く被りました。聖女様は有名なので、顔バレする危険があるのです。僕も顔を隠しているので、確かに外から見れば怪しさ満天です。


「じゃあ身分証見せろや」

「あいにく持ち合わせておらず…」


 ステータスカードを見せると速攻バレるのでできません。前の二軒も、このせいで追い出されました。僕は伝家の宝刀、金貨を一つ取り出して、誰にも見えないように店主に渡しました。


「これでなんとかなりませんかね」

「ったくしゃーねぇ、おいっ、上に案内しろ」


 女房さんに連れられて、部屋に案内されます。ベッド二つだけの、狭苦しい部屋です。ベッドが二つあるだけでも幸せなのでいいのですが。


「これは対策が必要ですね…このままじゃお金が無くなります」

「そうだね、まぁ外国に行けば僕のフードはとれるから良いんだけど」


 シーナは新聞に載ったこともあると言いますし、なかなか顔を出せません。その新聞がどのくらいの正確性があったか知りませんが。


「やはり…ステータスカードの偽装をしましょう」

「できるの?そんなこと」

「えぇ、確かそのような魔道具があったと思います。それを持っているのは大体犯罪組織なのですが…」

「嫌だなぁ、でも我儘言ってられないよね」


 ついに犯罪に手を染める日が来ました。正義のためなら、多少の悪には目を瞑ると言う訳です。僕は正義感で魔王を倒す訳ではありませんが…。

 そうなると、私情のために犯罪を犯すということです。でも、たとえ犯罪者になったとしても、僕は故郷に帰りたいのです。まだ告白もしていないのに、娃綺ちゃんへの愛情がどんどん深まっていきます。


「じゃあ隣国に着いたら、まずは犯罪者探しだね」

「そうですね、あまり気が進みませんが…」


 僕たちはため息を吐きながら、店で買った黒パンを食べました。レベル上げだとか、ダンジョン攻略だとか、仲間集めだとか、綺麗事だけを言ってられない。非常に世知辛い。


「それじゃ、もう寝ようか」

「はい、あっ、その前に」


 シーナは僕の隣に座りました。肩が触れるくらい近くによって、神聖術を唱えます。


「主よ、夜闇に恐怖するか弱き者に、安らかなる眠りをお与えください。汝に主のお支えがありますよう。ここに祈りを捧げます。スリープ」


 これは神聖術の効果を薄め、遅効性にしたもので、祈りと言います。魔力の消費量は少ないのですが、できるだけ節約するように言っているので、このように近付いてやっているのです。明日も朝早いので、寝れないことがないように、こうして強制的に眠っています。それに、シーナはこうしないと寝つきが悪くて面倒なので。

 

「おやすみなさい、ユウ様」


 僕に言い咎められないタイミングでちゃっかり様付けして、愛おしむような微笑みを向けてきます。僕はサッと顔を背けました。


「おやすみ、着替えるならあっち向いておくからね」

「気になさらなくてもいいのに」


 シーナはそう言って自分のベッドの上で服を脱ぎ始めます。僕は装備を外して、そのまま着替えることなく寝ました。やはりシーナの神聖術は偉大です。今僕の脳内は睡眠欲に支配されています。こんな状況なのに。

 いえ、きっとシーナの神聖術がなくても、僕の脳内は娃綺ちゃんへの愛で支配されているはずですから、間違いはきっと起きません。きっと。

 なんだか僕の娃綺ちゃんへの想いが、独り善がりなものになってきた気がしながら、襲いくる睡魔に抗うことなく眠りにつきました。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る