虚な目と血の記憶

 龍馬は突然の出来事に思考が止まった。織田信長の虚ろな目と視線があう。一瞬の間をおいてナイチンゲールの悲鳴が響く。確かに織田信長の殺人現場に首はなかった。しかし、このような場所に隠されているのは予想外だった。死体に慣れている龍馬でさえも恐怖を感じた。



「アインシュタイン、みんなを連れてきてくれ」冷静さを取り戻した龍馬はそう指示する。アインシュタインも恐怖のあまり足が震えていたが、落ち着きを取り戻すと首から逃げるように駆け出した。



 龍馬はナイチンゲールを首が見えない場所まで運ぶと、再び織田信長の首と向き合う。何が恐怖を増大させているのか。切断面はぎざぎざなのだがテープで床に固定されて立っており、必然と視線がぶつかる。そして、辺りにまき散らされた織田信長の血。視線が合い生きているかのように感じるが、血が死んでいることを示している。この生と死のギャップが恐怖を煽っているのだ。この状況を作り出した犯人は人の死に慣れている。とてもアインシュタインたちが実行できるとは思えない。



 それにしても、なぜこのような演出をしたのだろうか。龍馬は疑問を感じた。恐怖を演出するなら殺人現場に同じように設置すればいい。その方が効果的だ。手の込んだことをしたということは何か重大な理由があるはずだ。龍馬はブレスレット型端末のメモ機能に書き込んだ。「アインシュタインら文化人はゲームマスターの可能性は低い。足利尊氏、山本五十六、宮本武蔵、黒田官兵衛の可能性大。北条政子は判断不能」と。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「まさか、信長様の首がこんなところに放置されていたとは! 主人の仇は必ず討つ。ゲームマスターを暴いて」黒田官兵衛が参加者をにらむ。



「確かに酷い犯行だが、これで我々がゲームマスターの可能性はなくなったわけだ。こんな作業、とてもできない」



「アインシュタイン、お前よくも! 偉大な信長様を侮辱する行為を通して自分を正当化する気か!」



 龍馬はあえて黒田官兵衛とアインシュタインのやり取りを止めなかった。二人の応酬を止めた人物はゲームマスターから除外していいだろう。分断を画策しながら、真逆の行動をとるはずがない。そして、二人を制したのは――足利尊氏だった。



「二人とも落ち着きなされ。これではゲームマスターの思う壺だ」



「足利、貴様もか! ゲームマスターなんぞ知らん。今目の前で信長様を侮辱するお前たちを許すわけにはいかない」黒田官兵衛はそう言うと杖を振り回す。龍馬はすかさず止めに入る。



「あらあら、男は野蛮な行動しかできないのね。暴力がすべてではないのよ。例外はいるようだけれども」北条政子はそう言うと龍馬を見る。もしかしたら北条政子は龍馬の意図を見抜いているかもしれない。油断ならないぞ。



「しかし、これでナイチンゲールたちを監禁する場所がなくなってしまった。どうする、坂本?」足利尊氏が話を振ってくる。「監禁自体やめるべきだろう。分断が進むだけだ」



「なにを生温いことを! 坂本、その優しさが貴様の身を滅ぼす日がくるぞ」黒田官兵衛は捨て台詞を吐くと去ろうとしたが、足を止めざるをえなかった。彼の前に足利尊氏が立ちふさがっていた。「黒田殿、お主がゲームマスターだな」とその場に衝撃を与える一言と共に。

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時を超えた偉人達、気づいたらデスゲームに巻き込まれていた件 雨宮 徹 @AmemiyaTooru1993

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