二つの死

 そこにはアインシュタインが転がっていた。まぶたを閉じて、口から血を吐いた姿で。足元には割れたのガラスが飛び散って、とてもすぐには近寄れない。ナイチンゲールはそろそろとガラスの山を越えると、アインシュタインの首に手をやる。彼女が首を横に振ると沈黙が訪れた。これで二人目か。龍馬は心の中でつぶやいた。



「誰だ、アインシュタインのグラスに毒を盛ったのは!」



 足利尊氏の声が響き渡った。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



 龍馬は眠りから覚めると壁掛け時計を見る。時間は七時。しかし、これだけでは朝なのか夜なのかは分からない。なぜなら、この空間には太陽というものが存在しないのだから。おそらく、朝の七時だろう。二日目になったということは――今日も新たに犠牲者が出ることになる。それは今日に限らずゲームマスターを指摘するまで続く。もしかしたら、彼または彼女が逃げきって、全滅という未来もあり得る。それだけは避けねばならない。



 龍馬が支度を済ませてドアを開けると、隣室の――六番と書かれた部屋から――黒田官兵衛も同じく部屋を出てきたところだった。杖をついているため、扉を開けるのが難しいようだった。黒田官兵衛の時代はふすまだったのだ、当たり前かもしれない。「信長様のいない日々の始まりか」と聞こえた気がする。もし、この場で黒田官兵衛を殺めれば龍馬が勝者になる可能性はある。しかし、そのような勝ち方は望んでいなかった。あくまでもゲームマスターを見つけること、それが最優先事項だった。





 広間に着くとすでに宮本武蔵がいた。目をつむっているが、並々ならぬ殺気を感じる。手に持ったナイフの刃が怪しく光る。その姿を見れば、誰も手を出さないだろう。仮に武装していなくても、彼に手を出せばただではすまない。もし、彼を殺そうと本気で考えるのなら、毒殺しかないだろう。すぐに見破られそうだが。





 しばらくして全員が集まったが織田信長殺人の一件があって以降、よりピリピリとした雰囲気が辺りを支配していた。この状況下でもう一度殺人が起こるのだろうか? 誰もが自分以外を敵だと認識しているのに。だが、それこそがゲームマスターの狙いに違いない。龍馬はそう考えた。本来あるべき姿はみんなで団結してゲームマスターの正体を暴くこと。しかし、これではそうはいかない。残り四日。それが龍馬たちに残された時間だった。



「しかし、困ったことになった。この状況で誰も殺人をしなければ? この場合はどのような扱いになるのかね、ゲームマスターさん?」アインシュタインは参加者に混ざっているゲームマスターに問いかけるが当然、返事はない。



 アインシュタインが指摘するまで気づかなかった。彼の言う通り、ルールはシンプルだが、それが故に謎もまた多い。シンプルイズベスト。まさにその通りだった。



「ふと思ったんだが、もし殺人が夜に行われたら? 残り時間が少なければ犯人は逃げ切れるのでは? 穴だらけのルールを作るとは、ゲームマスターはなんと間抜けなのだろうか」



 黒田官兵衛がゲームマスターを挑発しているのは明らかだった。当然、誰もそれらしい仕草は示さない。代わりに冷たい機械の声が広間に響いた。



「なるほど、確かにその通りだ。では、こうしよう。殺人は12時までに行うこと。これなら文句あるまい」



 黒田官兵衛は不満そうだったが、反論はしなかった。現在、朝の八時。残り四時間の間に殺人が起こる。次の犠牲者は誰なのか。自分は犠牲者になりたくないと龍馬が思った時だった。アインシュタインが机上のグラスを取ると一気に水を飲み干す。そして――吐血してその場に倒れた。



「ちょっと、どいて!」ナイチンゲールはそう叫ぶとアインシュタインに駆け寄る。そして、首を横に振る。それが示しているのは「アインシュタインが死んだ」という事実だった。まさか、これほど早く殺人が行われるとは。それも毒殺という形で。



「おい、そのグラスを持ってきたのは誰だ? アインシュタイン自身か? もし他の誰かが持ってきたのなら、そいつが犯人だ!」という足利尊氏の問いに「確か……アインシュタイン自身だったかと」とダーウィンが答える。龍馬もそう記憶していた。そして、毒を盛れた可能性があるのは――彼の近くにいた足利尊氏だ。



「すぐに足利さんの持ち物調査をすべきだ。今ならまだ毒を持っているに違いない」



「ダーウィン、落ち着け。まさか私を疑っているのか? 近くにいたというだけで」



「それだけで十分でしょう」とダーウィン。「学者仲間のアインシュタインを殺したんだ、ただでは済まさないぞ」



「二人とも、ヒートアップしすぎだ。そもそも、アインシュタインは」龍馬がそう告げると、アインシュタインを指す。そこには立ち上がったアインシュタインの姿があった。



「これはどういうことだ? アインシュタインは確かに毒殺されたはず……」



「死んだふりをしたからには、何か理由があるのでしょう? おおよそ予想はできるが」と龍馬。



 アインシュタインはばつが悪そうだったが、意を決したようでコホンと咳をするとこう語りだした。「私は思ったんですよ。誰かが死ねばゲームマスターが反応するのではないかと」



「やはりそうでしたか。そして、ナイチンゲールさんは共犯だったわけですね」龍馬がそう問いかけると彼女はうなずいた。「私も同じ考えだったの。みなさんを騙したことは謝ります」



「そうだとしても、私には知らせて欲しかったな。仲間なのだから」とダーウィン。それに対して「敵を騙すには味方からというだろう」とアインシュタインが返す。



「これではっきりした。ゲームマスターはアインシュタインかナイチンゲールだ」黒田官兵衛の言葉に辺りが静まる。「この計画は相手を信頼しないと実行できないからな。相手を信頼できるのはゲームマスターだけだ」その言葉を受けて二人に視線が注がれる。



「そうとなればすべきことは一つ。二人を監禁すべきだ」との黒田官兵衛の提言に賛成の声が集まる。



「そういうわけだ、二人には悪いが監禁だ。そうだな、場所はキッチンの奥にある物置が無難だろう。坂本、お前が連れていけ。俺は足が悪いから連行できない」



 龍馬は押し付けられた役割に不満を持ちつつも二人を物置に連行する。



「本気で私たちのどちらかがゲームマスターだと思っているの、坂本さん」



「ナイチンゲールさん、私は二人を信じているが黒田が言うことも一理ある。我慢してくれ」



 龍馬が物置の扉を開けるとそこには先客がいた。織田信長の首という先客が。

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