歪められた信念
広間にいる全員の目が聖徳太子の腕に集まった。血が滴るワイヤーに。
「いきなり腕をつかむとは、どういうことだ!」聖徳太子は怒鳴るが、龍馬が腕を離すことはない。
「信じていたのに……。まさか、あなたが犯人だなんて」
「犯人? 私が?」
「そうです。紙片を見て確信しましたよ」
「ちょっと待った。坂本殿、私たちにも分かるように説明してくれるかな」
龍馬は足利尊氏の言葉に頷いて応える。
「どこから話せばいいか……。そうまずは紙片からにしましょう。あの紙には『一対一で会いたい』と書かれていた。これが意味するのは一度会ったが再度会いたいということです。これで一緒に行動していた黒田官兵衛は除外されます」
龍馬は一息つくと続ける。
「次に織田信長の殺され方です。服に乱れがなかったことから、反撃する間もなく殺されたことになります。では、不意打ちをできるのは誰か? 彼が武将や軍人に対して油断するはずはありえません。すると残るのは聖徳太子、あなただけです」
「それは坂本、お前の想像にすぎない!」聖徳太子は食い下がる。
「では、その血の付着したワイヤーの説明はできますか?」
「それは……。分かった、これ以上言い訳しても無駄だろう。認めよう、私が犯人だ」
広間中がどよめく。
「でも、どうして分かった? 凶器がワイヤーだと」
「遺体を観察したときに気づいたんだ、切断面がギザギザになっていることに。普通、刃物で切ったら直線になるはずだ。刀で切ったように。それに事件前は紫色だったブレスレットの装飾が緑色に変わってた。その時思ったんだ。一度ブレスレットを分解する必要があったのはなぜか? それは凶器を隠すためではないかって」
「すべてお見通しですか……。そうなると『一対一で会いたい』という紙片を渡したタイミングも?」
「おおよそは。織田信長が北条政子を襲った時、あなたは織田信長に反抗した。そして、胸倉をつかまれた、その瞬間では? あの時、織田信長の顔に一瞬困惑が浮かびましたから」と龍馬。
聖徳太子はうなだれた。「うまくいったと思っていたのですが……。私の『和を以て貴しとなす』という信念を歪める織田信長を葬れたのに」とつぶやいて。
「二人で話しているところに割り込んですまないが、聖徳太子はどうなるんだ? 異次元だったかに永遠に飛ばされるとのルールだったはずだが……。まさか、ゲームマスターがのこのこと出てきて『今から異次元に飛ばします』と宣言することはあるまい」
アインシュタインは周りを見るが、誰も答えるものはいない。静寂が続いた。しかし、その静けさはすぐに破られた。聖徳太子のブレスレット型デバイスから流れる音声によって。
「さあ、聖徳太子はこれで脱落だから、早速異次元に飛んでもらうよ」
聖徳太子の体が徐々に透明になる。おそらく、ゆっくりと異次元に飛ばされているのだろう。龍馬はそう考えた。
ついに顔も透明になり始めた時、聖徳太子はこう言った。「織田信長の顔を……」と。龍馬たちがその続きを聞くことはなかった。
「みんな、なんで喜ばないのかしら。ライバルが二人減ったのよ?」
無神経すぎると龍馬は思った。人が二人死んだのに、北条政子の考えが理解できなかった。同じ考えの持ち主もいたようで、黒田官兵衛が北条政子の頬を叩く。「さすが尼将軍、物騒な考えだ。次は貴様の番だ」と黒田官兵衛は捨て台詞を吐くと広間を去る。龍馬は二人の会話を聞きつつも、関心は違うものに向いていた。「織田信長の顔」という聖徳太子の残した言葉の意味に。異次元に飛ばされる間際に残したのだから、重要な意味があるに違いない。
「信長の顔、ですか」ダーウィンは首をかしげる。「死者の顔に価値があるようには思えませんが」
「私も同意見よ。それよりも、死者を丁重に弔うべきよ。ずっと廊下にいたら可哀想だわ」とナイチンゲール。
龍馬は「看護婦らしい考えだな」と思うと同時に、床にポツンと落ちているブレスレット型端末に目をやる。それは敗者――つまり、聖徳太子のものだった。どうやら、敗者は異次元に飛ばされるが、デバイスは違うらしい。聖徳太子がいたという証に龍馬は懐に入れる。必ずゲームマスターを暴いて見せると誓って。
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