血塗られた密約
壁に飛び散った血しぶき、胴体から流れ出る鮮血。そして床にあったのは凶器と思われる包丁。織田信長を抱き起そうとしたのだろう、黒田官兵衛の服は血まみれだった。
「信長様、そんな……」
龍馬は申し訳ないと思いつつも織田信長の体をまじまじと観察する。切断面はギザギザとしており、頭はどこにも見当たらない。服に乱れは見られないから、不意を突かれたに違いない。もしくは――信頼を勝ち取っていた黒田官兵衛が殺めたか。返り血で犯人が分からないかと考えたが、現場には血染めのレインコートが落ちている。その線から犯人を割り出すのは難しいだろう。そうだ、ここには看護婦のナイチンゲールがいる。心苦しいが検死をしてもらうしかないだろう。
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「そうね、死後30分以内かしら」ナイチンゲールは遺体から離れると静かに告げる。
死後30分。ちょうど足利尊氏、聖徳太子と別れた時間だ。あまり考えたくないが、二人のうちどちらかが犯人の可能性がある。
「なるほど、最初の犠牲者は織田殿であったか」宮本武蔵がダーウィンに連れられて広間に入ってくる。「これで問題が一つ解決したな。今日一日は他に誰も殺されないということだから」と続けて。
「まあ、事実ではあるがね、もう少しオブラートに包んでは?」
「そういう山本五十六殿も安堵しておられると見える」
「男は野蛮ね。問題が解決したと言われましたが、犯人を一日で見つけなければならないという問題が発生したのですよ」と北条政子。
そうそれが問題だった。ここに閉じ込められてから7時間ほどしか経っておらず、情報不足の中での犯人捜しだ。もしかしたら犯人はこの状況を利用したのかもしれない。「さて、状況整理といこうか」
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「じゃあ、あなた方は別行動をしていたのですね?」
ナイチンゲールの問いかけに龍馬たちは頷く。
「他に単独行動をしていたのは――」
「宮本と山本だ」すかさず黒田官兵衛が言う。その瞳には「主人の仇を取ってみせる」という強い意志が見て取れた。「犯人は信長様を殺めるのみならず、首を持ち去っている! 首を持ち去るという考えに至るのは軍人や武将のはず」
「そう結論を急がなくてもよかろう。そう思わせたい者が犯人かもしれん」ダーウィンはひげを触りながら意見を述べる。「それと進化論的に言えば、織田信長は変化に適応できなかったということだな」
「貴様!」
「おっと、私を殺すことはできないはずだ。死ぬのは一日に一人までだからね」とダーウィン。
「おしゃべりはそこまでにしよう。時間がなくなるだけだ。簡単にまとめよう。犯人候補は黒田官兵衛、足利尊氏、聖徳太子、宮本武蔵、山本五十六、そして私だ。順にどこで何をしていたか述べるようにしよう」
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龍馬の予想通り犯人が分かりそうな発言はなかった。包丁は誰でも持ち出すことができる。手詰まりと言わざるを得ない。
「あの、現場にこれが落ちていたのですが」
ナイチンゲールが差し出したのは血まみれの小さな紙片だった。「検死をした時に見つけました。隠していてすみません。でも、皆さんの犯行時刻の状況を聞いてからの方がいいかと思って……」
折り曲げられた紙片を開くと、そこには「一対一で話し合いがしたい」と書かれていた。これは犯人のものに違いない。これで黒田官兵衛が犯人の線は消えた。ずっと一緒にいたのだ、こんな手紙を渡す必要はない。
しかし、この手紙はおかしい。龍馬は首をひねる。一度この手紙を渡してから、再度会うという面倒なことをする必要があるのだろうか。待てよ、もしかしたら――。
龍馬は聖徳太子の腕をつかむと、装飾品のついたブレスレットを思いっきり引っ張る。装飾に使われていた緑色の玉が弾け現れたのは――血染めのワイヤーだった。
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