第5話
「結局、どういう事件だったんですか」
「何。それを暴いたのはあなたじゃない、笛吹」
その日の夜。
駅近くの個室の焼き肉店で肉を焼きながら、僕と七曲さんは話していた。
「暴いたって言うか、七曲さんが強引に糸口を探し出したって感じでしたけれど」
「そう? 遠慮しなくとも良いのよ、今日は私の奢りだから、好きなだけ食べなさい」
「…………」
一応、元生活保護受給者なので、その辺りは少しだけ
まあ、食べるのだが。
「事件というか、これはね、一種の自殺
「自殺幇助――っていうと、自殺の手助けをするってことですか」
「ええ。今まで殺人事件か自殺かの二択で捜査をしていたから掴めなかったのでしょうね。自殺幇助という可能性を――私も失念していたわ。それを想起させてくれたのは、やっぱりあなたなのよ」
「いや、それはありがたいですけれど、え、自殺幇助なんですか? でも、被害者の周りの人達は、被害者が死ぬような理由は見当たらないって言っているんですよね?」
「そうね。そしてこれはあなたが言ったことだけれど、『それはつまり幸せということ』なのよね。やや強引だけれど、まあ、そうよね」
「はあ、まあ、確かに言いましたけれど」
傍点を付けるまでのことか。
「だから仮定が生まれたのよ」
「どんな仮定です」
「幸せな人間が、幸せなまま死にたいと思う――そういう希死念慮があることはご存知?」
「……いえ、知りませんね」
というか、考えたことがなかった。
幸せだったら、生きたいと思うものじゃあ、ないのか?
だって、幸せなのだから。
満たされているのだから。
僕が死にたいのは、不幸だからだ、満たされていないからだ。
――だったら。
「だったら、生きたいと思う、とは限らないのよ、笛吹。これはね、自殺幇助による連続自殺なのよ。被害者は全員、何かしら満たされていた、あなたの言うよう、幸せだった」
「いや――しかし」
「でも、その幸せは長続きするかしら。明日になったら、没落しているかもしれない、不幸になっているかもしれない、ずっと幸せを噛み締めていたい。だからこう思ったのよ――この幸せが続く内に、死んでしまいたい、と」
「そんなの――」
死んだら、終わりじゃないですか――と、言おうとして、止めた。
少なくとも
「そう、死んだら終わり、でも、本人たちはそれで幸せなのよ。実際幸せなまま、死ねたのだし。その結果周囲の人間が不幸になろうと、ね。この場合、白河瘡蓋が一番分かりやすいわよね。最終選考の結果が出る前に死ぬことによって、幸せな状態を維持したまま、死ぬことができたのだから」
「…………犯人は」
「ああ、犯人は特定できたわ。自殺幇助というキーワードを捜査本部に伝達したら、すぐに捜査を再開してね、その結果、分かったわ」
そう言って、スマホの画面を見せた。今時の捜査資料は、PDFで共有されるのか。
そこに映っていたのは、実に抑揚の無さそうな面持ちの女性だった。
「下鳥傘華――26歳。彼女が、この一連の事件の首謀者であり、自殺幇助者ね」
「……この人、どんな罪に問われるんですかね」
「自殺幇助は――刑法では、自殺関与・同意殺人罪とまとめられているわね。行為者が直接手を下したかどうかで区別されるわ。この場合、首を吊らせたかどうかは現場の捜査に委ねられるけれど、首を吊らせた――椅子を引いた、などの行為自体の痕跡が残っていた場合、あるいは彼女がその辺り自白した場合は、同意殺人となる可能性が高いわね」
いずれにせよ時間が解決してくれるわね、と。
七曲さんは、救いようのないことを言った。
「彼らは、幸せ、だったんでしょうか」
僕は、聞いた。
何となく、聞いておかねばならないと思ったから。
「幸せだったんじゃない?」
淡泊に、七曲さんは言った。
そして続けた。
「でも、彼らは死んだ。死んだら、その思いも、全て無くなる。周囲の人々が何を思おうと、死んだ者は生き返らないでしょう。心というものは、生きている者のためにあるのよ――」
覚えておきなさい、と、七曲さんはそう言って。
肉を口に含んだ。
「…………」
幸せだから、幸福を追求し尽くしたから、死ぬ――か。
奇しくも令和の今、多様性という言葉であらゆる事柄が強引に許容される時代である。
それでも。
僕は、どうしてか――。
彼らを
《Happy Harpist》is Q.E.D.
幸せな竪琴奏者 小狸 @segen_gen
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