◆18 お祭りの夜

 夜の風が顔に当たって散る。今日も暑かったが、暗くなってからは少しマシだった。自転車をこぎながら、大輝だいきはこれまでのことを思い出していた。

 ネルの神様が助け出されてから一週間。大輝の母もかっちゃんも街の人も、すっかり元の生活を取りもどしていた。【悪夢あくむ使徒しと】のせいでおかしくなってしまったときのことは全然覚えていないらしく、ただみんなして「悪い夢を見ていた」と言うばかりだ。

 むねにさげたお守りは、ただのお守りになっていた。にぎってもねむくなることはもうないし、夢の中で話しかけてくることもない。朝になれば夢のことはすっかりわすれていた。たまに覚えていたとしても、わけのわからない内容――つまり、いままでどおりの、【ただの夢】だ。

「全部、終わったんだな」

 そうつぶやく。こわい思いもたくさんしたけれど、仲間やお守りたちといっしょにネルの国を冒険ぼうけんしたことを思い出すと、ワクワクするのも確かだった。

「ダイキくーん!」

 だんだん人が増えてきたので自転車からおり、して歩いていると名前をばれる。急いで自転車をとめ、きょろきょろとあたりを見回していると、今度は別の声が大輝を呼んだ。

「大輝くん、こっち!」

 人ごみの中にようやく声のぬしを見つける。あおばとあさひが手をふっていた。

「おまたせ! けいとは?」

「まだ、来てないですぞ」

「あいつんが一番近いのに」

 いつもの公園。でも暗い空の下で明るい屋台がたくさんならんでいると、なんだか別の場所みたいだった。

「お父さんが帰ってきてるらしいし、色々あるのかも」

 あさひの言葉で、大輝はお祭りに行こうと話した日のことを思い出す。啓斗けいとは少し元気がないようにも見えた。

「そっか。まぁ、来るって言ってたし、そのうち来るだろ!」

 三人は、歩いている人たちをながめる。中には浴衣ゆかたを着ている人もいて、それはネルの国の人たちのことを思い出させた。

「……悪い、おくれてしまって」

 それからしばらくして、啓斗がやって来た。あせをたくさんかいている啓斗に、あさひは開けていなかったジュースを差し出す。

「これ、あげるよ」

「ありがとう」

 啓斗はすなおに受け取って、ジュースをごくごくと飲む。

「お父さん、大丈夫だいじょうぶだった?」

「……今日はちょうどじゅくのある日だったんだ。それで、少しもめてしまって」

 一息つくと、啓斗は言った。

「でも勉強もちゃんとしてるし、成績だって落ちてない。今日の分は必ず取り返すから、友だちと祭りに行かせてほしいって言ったんだ。そしたら、すごくおどろいた顔してたよ」

 使いなれない【友だち】という言葉を口にした啓斗は、少しはずかしくなってそっぽを向いた。それにつられて、みんなも同じ方向を見てだまりこむ。いつもいっしょにいたぼさぼさ頭の男子は、もういない。

「とにかく、やったじゃん、けいと! お祭り、めいっぱい楽しもうぜ!」

「そうだね! ぼくは花火が楽しみだな!」

 あわてて大輝とあさひが言うと、啓斗もうなずいた。

ぼくは小さいころに一回来たきりなんだ」

「えー? もったいない! 楽しいのにさ! けいとん、近いからすぐだろ?」

「花火は見えるから、家にいるときは見てたよ」

特等席とくとうせきじゃんか! 花火の時間になったらみんなでけいとんいく?」

「せっかくがんばって家から出てきたのにやめてくれよ……」

 ため息をつく啓斗に大輝は笑って、色とりどりの屋台を見回した。

「おっ、フランクフルトうまそう! イカ焼きに、やきそばもいいなー」

「あついから、カキ氷もいいですぞ! あとは、わたあめと、りんごアメと……ヨーヨーつりもしたいですぞ!」

だれが一番取れるか、競争する?」

「兄上さすがですぞ! ボクはまけないですぞ!」

「よし、オレのうまさを見せてやる!」

 そうやってみんなでわいわいと言いながら、屋台を見て回る。時間はあっという間にすぎていき、どんっ、とおなかにひびくような音のあと、空が明るく光った。歓声かんせいがわあっとあがる。花火が始まったのだ。大きなお祭りではないから種類も数もそれほど多くはないけれど、町の人たちが毎年楽しみにしている花火だった。四人とも道のすみっこに移動してから、足を止めて空を見上げる。

「花火、キレイですぞ!」

「やっぱり――いや、ごめん。なんでもない」

 あさひが言いかけてやめる。何を言いたいのかわかったから、大輝がかわりに続きを言った。

「やっぱジミーとも、いっしょに見たかったなぁ」

「……そうだな」

 啓斗もつぶやくように言う。あおばとあさひもうなずいて、また空を見上げた。赤や青や緑や……空に大きく光る花が次々にいて、どーんという音が何度もひびいた。

「うん、おれ、いっしょに見てる……花火、きれい」

 とつぜん、うしろからした声。みんなおどろいて同時にふり向く。そこにはよく知っている、ぼさぼさ頭がゆれていた。

「じ、ジミーくんですぞ!?」

「えっ!? ジミー? なんで?」

「ジミー……きみ、本物なのか?」

「うん、ほんもの……」

 言ってジミーはれくさそうに笑う。

「ジミーくん……」

「あさひ、泣かないで……またみんなに会えて、おれ、うれしい」

「ぼくだって、うれしいけど……ほんとうに、ジミーくんなんだね?」

「うん、だから、ほんもの……」

 光と音は止み、人々がまた歩き始める。みんなの頭の中がおどろきや喜び、疑問ぎもん興奮こうふんでぐちゃぐちゃになっている間に、花火は終わっていた。

「だけどさ、ジミー。おまえどうやって……?」

「今日は、ママといっしょに、お祭り、きた……」

「ママ?」

「あ、ママが、もどって、きた……」

「お祭りというのはワクワクするのぅ……食べて飲んでさわいで花火がどーんじゃ!」

 ジミーがみんなの後ろを指さす。人ごみをかき分けながらやってきたのは、両手にたくさんの食べ物を持った女の人だった。

「ごきげんよう、子どもたち。ジミーママじゃ」

「ネルの神様!?」

「なんで神様がここに……ジミーくんのママって、どういうことですか?」

「フシギすぎますぞ!?」

「きちんと説明してほしいんだが」

 長いかみは後ろでまとめて、洋服を着ているから雰囲気ふんいきはちがって見える。でもネルの国で助け出した神様にまちがいなかった。おどろくみんなを見て、神様はうれしそうに笑う。

「ほほほ。良いりあくしょんじゃ! たーのしいのう!」

「うん、楽しい……みんなとも、また会えて、うれしい……」

 ジミーもいっしょになって笑い、ぽかんとしている四人にもういちど向き直って、神様は言う。

「われらも、こちらでらすことにしたのじゃ。オキの国を知るためにな」

 神様はそう言ってウィンクをする。

「今回のようなことが起こってしまったのは、われらがネルの責任。これからもオキとのよい関係を続けていくには、こちらへと来て、オキのことをもっと知ることが大切だと判断したのじゃ」

「ネルは留守にしてしまって問題ないのか?」

 啓斗が聞くと、神様はわたあめを一口食べてうなずいた。

「あまーくて美味びみなのじゃ! ――とにかく、ネルの神のお役目は他の者にまかせてきたから平気なのじゃ。それにこっちに居られるのは長くても百年ってところじゃからな。わずかな時間じゃ」

「わずかって……」

「でもこれで、ジミーくんとまたいっしょに、あそべるですぞ!」

「うん、あそべる……」

「うちに来たら、久保田くぼたさんが喜んでお菓子かしを出してくれるぞ」

「うん、おかし、好き……」

「またいっしょに勉強もできるね!」

「うん、勉強、たのしみ……」

「じゃあまず、ヨーヨーりで勝負しようぜ!」

「うん、する……!」

「大輝、もしかしてきみ、ジミーになら勝てると思っているんじゃないか?」

「けいとはうるさいな! さっきは調子悪かっただけだ!」

「ジミーくんが帰ってきたから、ボクももっと調子出して勝ちますぞ!」

「ぼくも、もっと調子出るかも!」

「じゃあまたみんなで、大輝を負かしてやろう」

「みんなでオレをバカにしやがって! 今度は負けないからな!」

「気をつけていってくるんじゃぞ?」

 それからヨーヨーりの屋台に向かおうとしたが、ふり返った大輝は急いで道をもどると、ネルの神様のうでをつかんだ。

「こうなったら神さ……ジミーママも勝負だ!」

 神様は一瞬いっしゅんおどろいた顔をしてから、にっこりと笑う。

「ほほほ、われに勝負をいどむとは……実力の差を見せつけてやろうぞ!」

 そうしてまたみんなで歩き出す。お祭りの会場は、まだまだにぎわっていた。

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オキの国 ネルの国 森山たすく @simplyblank

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