◆17 勇者たち

「みんな、げよう!」

 その人物は、ばさっと黒フードをぎすてて言った。

「兄上!」

「あさひ!」

「助かったよ、あさひ」

 あさひは、三人を見てにっこり笑う。

『まずはこの鳥かごから出よう。あさひがきっと助けてくれる』

 啓斗けいとは鳥かごから連れ出されるとき、大輝だいきに、そうささやいたのだ。短い間だったが、準備する時間はあった。

「わが名はヒキメ!」

 大輝は思いきりさけぶ。そのあとの言葉は覚えていなかったけれど、大事なのはそこじゃないとわかっていた。大輝は間近で、【ひ】の守りが自分たちを守るために使ってくれた力を見ていたからだ。

 びぃぃぃぃぃんんん――!

 ピンと張った糸をはじいたときに似た音。【ひ】の守りが起こした力にはかなわなかったものの、近くの【悪夢あくむ使徒しと】を動けなくするには十分だった。

「わが名は何処いずこ! ここではないどこか。つかめぬゆくえ。ここにはおらぬ者!」

 次に啓斗がそう言いながら、黄色い光に包まれて、自分たちのすがたが見えなくなることを想像した。

「ただのまやかしです! 悪夢様の枝をふりながらさがしなさい!」

 すると、【悪夢の使徒】のボスがあわてて指示を出す。それで成功したことがわかった四人は走り出した。黒フードの中には【ひ】の守りの攻撃こうげきを受けたときを思い出してこわくなったのか、パニックになっているひともいて、ボスの言うことをなかなか聞こうとはしない。

「今のうちに、できるだけ遠くまで行こう!」

 啓斗が小声で言う。あさひもうなずいた。

大丈夫だいじょうぶ、ここは【夢の中】だから、なんでもアリだよ!」

「そうだ、あさひの言うとおり! だからびゅーんとげて……あ、あれ?」

 そう言って力をこめた大輝の足が急に重くなる。あさひも、啓斗も、あおばもだった。

「なんでとつぜん、足が重くなるんだよ!」

「ぼく、こういう夢みたことありますぞ……こわいオバケからげるとき、足が重くて、全然前に進まなくなるですぞ……」

「ぼくも、そういう夢を見たことあるけど――こんなときにそうならなくても!」

「とにかく弱気になったらダメだ! 足が軽くなるイメージをしよう!」

「あそこにいたぞ! 追いなさい!」

 啓斗に言われて、少しだけスピードがマシになってきたころ、後ろからボスの声が聞こえてきた。

「もう見つかったですぞ!? どうするですぞ!?」

「だ――大丈夫だいじょうぶ! と、とりあえず……落としあな!」

 大輝がふり返って手をつき出してみるが、地面が小さくへこんだだけだ。あせりと不安が、みんなの足をまた重くしてしまう。

「だ、だれか……助けてほしいですぞ……!」

『ダイジョウブ!』

 あおばが泣きそうになりながら言ったとき、高い声がすぐそばでした。

『ナナチャン、トモダチ、タスケル!』

 いつの間にかナナちゃんが、近くを飛んでいる。

「あっ!」

 あさひが大きな声を出し、それからあおばを見た。

「あおば、チェンジ・ビッグバードだ!」

「なるほど! ――やるですぞ! 兄上!」

 二人はうなずき、それから声を合わせた。

「「ナナちゃん、チェンジ・ビッグバード!」」

 兄弟いっしょに思いえがいたイメージ、そのとおりにナナちゃんが大きくなっていく。

「うぉぉぉっ! でっかくなった!?」

「なんだこれ!? すごいぞ!」

 大輝と啓斗がおどろいている間に、あおばとあさひはもうナナちゃんの背中せなかへと乗っていた。

「大輝くんと啓斗くんも早く! 追いつかれる前に!」

「お、おう!」

「よし!」

 二人も急いでナナちゃんにつかまる。ナナちゃんの背中せなかは毛布みたいにふかふかだった。四人が乗っても十分な広さがある。

「ナナちゃん、ゴー! ですぞ!」

『ナナチャン、ゴー!』

 ナナちゃんは空へとい上がった。地面はあっという間に遠ざかる。あおばはきょろきょろと下を見回して、その光を見つけた。空から見ると、それは点線の道となって一つの方角へと向かっている。

「あっちに神様がいるですぞ!」

 指をさすと、ナナちゃんは羽ばたき、そちらへと向かった。

「なんか、思ったよりはゆっくりだな。オレたち四人も乗ってるから重いのか?」

 大輝がぽつりとこぼすと、あおばがナナちゃんに向かって言う。

「ナナちゃん、もっと早くゴーですぞ!」

「ナナちゃん、スピードアップでたのむよ!」

 あさひもいっしょになって言い、早く飛ぶナナちゃんを想像してみた。

『ナナチャン、ムリ! ゲンカイ!』

 でもナナちゃんはおこったように返してくるだけだ。

「ええ……」

「兄上、しかたないですぞ。そこらへんのセッテイをちゃんと決めておかなかったのが悪かったですぞ……」

「それでも、十分すごいよ。僕たち、空を飛んでるんだ」

 啓斗に言われ、あおばは今度はむねを張る。

「兄上のおかげですぞ! 兄上は絵が上手だから、ボクのためにナナちゃんをいてくれたのですぞ」

「いや、そこまで上手うまくはないけど……そしたらあおばが、人が乗れるくらい大きくなったらいいなって言ったから、その絵もいたんだ」

「そっか、あさひの絵があったから想像もしやすかったし、二人で想像したから、こんなすごいナナちゃんが出来たのか」

 そのとき、大輝はもうひとりの仲間のことを思い出した。

「そうだ、あさひ。ジミーはどうしたんだ? あさひはジミーのお守りを使ったのか?」

「もしかして、もうひとつのお守りを見つけたとか?」

 続けて啓斗も聞くが、あさひは首を横にふった。

「ジミーくんは……ぼくやみんなを助けてくれて……」

 それから、今までにあったことを話し始める。三人は、だまってそれを聞いていた。ジミーがお守りだったなんて信じられなかったが、急にあらわれたり、いなくなったり、不思議なことを言い出したり……今までのことを考えると、納得なっとくしてしまうところもあった。

「がんばってオレたちを守ってくれてるジミーのためにも、絶対、神様助けなきゃな!」

「もちろんだ」

「ぜったいぜったい、助けますぞ!」

「……そうだね。がんばろう」

 そのとき、すぐ横を何かが通りすぎた。それはナナちゃんの飛んでいる場所よりも高くまで飛んでから、風に流されるようにして落ちていく。

「矢だ!」

 下を見ると、お面をつけた【使徒】が大きな弓を構え、次の矢を放とうとしているところだった。

「おいナナちゃん! もっと高く、早く飛んでくれ! 矢がささっちゃうぞ!」

『ナナちゃんムリ! ゲンカイ!』

「もーっ!」

 大輝の言葉にも、ナナちゃんはそっぽを向く。そのとき、あさひがはっと顔を上げた。

「あおば、他にも作った設定があったぞ!」

「なるほど、思い出しましたぞ! アレならいけますぞ!」

「「ナナちゃん、スーパーバリア!」」

 再び兄弟が声を合わせると、ナナちゃんの周りにシャボン玉のようなまくが生まれる。ちょうど飛んできた矢はそれにはじかれて落ちた。

「空を飛ぶとき、あぶないかもしれないってあおばが言うから、バリア機能もつけたんだ」

「すげーけど、そういうのは早くやってくれよー! だけど、これで安心だな!」

「そうもいかないかもな」

 啓斗はちらりと後ろを見る。弓を持っていた【使徒】に手で合図をしてるのをやめさせたボスは、ナナちゃんのあとを追いかけてくる。

「向こうはぼくたちがどこに行くのかを知っているし、ナナちゃんのスピードだと引きはなせない。神様のところについたら、すぐ助けないと、僕たちが先につかまってしまうだろう」

「たしかに啓斗くんの言うとおりかも……どうやって助けるか考えておかないと」

「あっ! 光る草の色が変わりましたぞ! きっと神様のところはもうすぐですぞ!」

「じゃあさ、みんなでびゅーんって空を飛ぶのはどうだ? ここは夢の中だから、行けるだろ?」

「それ、できるか? 走るのでさえ、ちょっとしたきっかけで、あんなにおそくなったんだぞ?」

 それも啓斗の言う通りだった。いくらここが夢の中だと自分に言い聞かせても、遠くにある地面を見ると体がふるえる。なにも良いアイディアはうかばないまま、目的地は近づいてきていた。

 ナナちゃんがおりたのは、高い岩のかべに囲まれた場所だった。その一か所、かべにめりこむようにある大きな岩の前に、あおばは今までで一番光りかがやくく草を見た。

「ここに、神様がいるですぞ!」

「ここ!? でもこんなでっかい岩、どうする?」

 近づくと、岩にかぶさるようにして、たくさんの【悪夢あくむ】の枝が積んである。大輝は手をのばし、あわてて引っこめた。ロープでしばられていたときのことを思い出したからだ。

「とにかく、こわす方法を急いで考えよう」

「こういうのはたぶん、専用せんようの機械とか、ダイナマイトとかでこわすんだと思う」

「試してみたらいかがですか?」

 啓斗の言葉に答える声。みんなあわててふり向いた。

「あなたがたはそれがどうやって動くのか知っているのですか? これだけ大きな岩をくだくには、どれほどの力が必要でしょうね? 中にいる者も無事ではすまないかもしれません。小さなほらあなですから」

 そこにはボスと、体の大きな【悪夢の使徒】が立っていた。

「その小さなほらあなを、わたしたちは時間をかけ、【悪夢の木】の枝でいっぱいにしました。それからネルの神をさそいこみ、岩でふさいだんです。あなたがたの半端はんぱな意思では、この岩は決してくだけません」

 確かに、あまりにも大きく、頑丈がんじょうな岩だった。ボスの言葉を聞いているうちに、こんな岩をこわすなんて無理なんじゃないかという気持ちがどんどん大きくなってくる。

「さぁ、もうあきらめなさい。あなたがたは無力な子どもにすぎないのですから」

「……【見よ! 勇者ドゥランのけんは、岩をもくだくのだ!】」

 ボスの声をさえぎるように、大輝がぽつりと言う。ゲームの中に出てきたセリフだった。その手には、いつの間にか小さなけんがにぎられている。それを大輝は、大きな岩へときさした。するとまるでやわらかいものにささるように、するすると岩へいこまれていく。

「はははは! そんな小さな剣がささったからといって、何だというのです?」

 ボスが笑う。大輝は剣を両手でにぎり直して言った。

「ジミーは、仲間のお守りに助けられて、オレたちと友だちになったんだ。あさひとあおばが力を合わせたら、オレたちを乗せて飛べるような、すげーナナちゃんになった」

 最初はみんなきょとんとしていたが、あおばがあさひを、あさひが啓斗を見て、うなずき合う。

「あなたが何を言ってるのか、さっぱり理解できませんね。無駄むだなあがきはやめて――」

「ぼくは絵をくのが好きだから、啓斗くんのドゥランのけんを何度も見せてもらって、家でいてたんだ。だから細かい部分まで、よく知ってる!」

 あさひがそう言いながら、大輝の手に自分の手を重ねる。すると、剣の見た目がリアルに、よりしっかりとしていく。めこまれた赤い宝石ほうせきがきらきらとかがいた。

「ボクもなんども見せてもらって、兄上の絵も見せてもらいましたぞ! 自分がカッコいいドゥランのけんをそうびして、ぼうけんするのも想像したですぞ!」

 あおばがその上に手を置く。今度は、剣がさっきよりも大きくなった。

ぼくはここにいるだれよりも、長くあのけんを見てきた。ゲームは、やったことないけど……でも今は、ほしかったものが手に入った」

 啓斗も言って手を重ねる。剣はますます大きくなっていき、その重さに大輝がよろけると、あさひ、あおば、啓斗もいっしょになってささえた。ボスは顔をしかめ、大きな【使徒】といっしょにこちらへと向かってくる。その前に、同じくらい大きなかげが立ちふさがった。

『ナナチャン、トモダチ、マモル!』

邪魔じゃまをするな! さっさとどけなさい!」

 ボスの命令で、大きな【使徒】はナナちゃんに体当たりをするが、ナナちゃんは羽をばたばたとさせながらねばる。

「早く! あなたがたもあの子どもたちを止めなさい!」

 そのとき、ようやく追いついてきたほかの【使徒】と黒フードの人たちのすがたが見えてくる。ボスはそっちに向かってさけんだあと、大輝たちに向かって言った。

「やめなさい! そんな凶悪きょうあくけんを使えば、中にいる神まで切りいてしまうぞ!」

「オレたちには、お守りがついてる!」

 大輝は大声で言い返した。今は話せなくなっただけで、お守りたちはいっしょにいる。お守りたちは、ずっと神様を助けたいと強く思い、そして大輝たちを守ってきたのだ。

「この剣は、絶対に神様をきずつけない! オレたちの剣は、人を助ける剣だ!」

 四人はうなずき合い、剣を持つ手に力をこめる。びしり、びしりと音を立て、岩にれ目が走った。そこから光がさし――岩はバラバラになって落ちる。そして中からあふれた光は、波のようにゆらゆらと動きながらあたりを照らしていった。

 ――光の中に、かみの長い女の人が立っている。ネルの国の街で見た人が着ていたのと同じ、カラフルな着物のような服を着ていた。

「子どもたちよ、ありがとう。われを信じ、たすけてくれて。……そなたたちも、つらい目にあわせて申しわけないことをしました」

 女の人が手をふると、黒フードの人たちがひとり、またひとりと光に包まれながら消えていく。ボスとお面をつけた【使徒】たちは、あきらめたように地面へとすわりこんだ。

「神……さま?」

 大輝がつぶやくように言うと、女の人はにっこりと笑ってうなずく。

「いかにも。われがネルの国の神じゃ。そなたたちにも、たいへんな苦労をかけましたね」

「かみさま……助けてあげられたですぞ!」

「やったな、あおば!」

「よかった……」

 大輝はびはねて、あさひとあおばは手を取り合って、啓斗は静かに笑って、それぞれの喜びを表した。神様はそれをやさしく見たあと、ネルの国の景色をしばらくながめる。

「さて、名残惜なごりおしいが、そなたたちもそろそろオキへともどらねば。いまの混乱こんらんはじきに落ち着くであろう。……勇者たちよ。本当にありがとう」

 神様がもう一度手をふると、着物の長いそでがふわりとゆれた。空から明るい光が差し、その光はどんどん大きくなっていく――。

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