◆16 鳥かごから見た空

「んぐぐぐぐ……取れねぇ!」

 大輝だいきは歯を食いしばりながらゴロゴロと地面を転がる。黒いロープで手足をしっかりしばられていて、身動きが取れない。啓斗けいともあおばも同じだった。三人は黒い鳥かごのようなおりに入れられている。運ばれた時間からするとつかまった場所から遠くはないはずだが、ここから見えるのは草と木と空だけだから何もわからなかった。

「ボクもさっきからロープを切ったり、燃やたりしようとしてるのですぞ。でもなんかずっと気分がわるくて、シュウチュウできないんですぞ……」

ぼくもだ……このロープのせいなのかもしれないな」

 啓斗がぽつりと言う。

「このロープも、この鳥かごも、黒い色だ。【悪夢あくむ使徒しと】のボスたちも全然さわろうとはしなかった。【悪夢あくむ】で出来てるんじゃないだろうか」

「なんとかしてここから出ねーと……あっ! 目をさましたらげられるんじゃないか?」

「それが出来たとしても、もっと状況じょうきょうは悪くなるぞ。向こうでつかまってお守りを取り上げられたら終わりだ」

 大輝の思いつきに、啓斗は首をふる。

「僕たちをつかまえる以上のことをしてこないのは、僕たちがお守りに守られてるからかもしれない。きっと時間かせぎが目的なんだ」

「そっか……くそー!」

 お守りは今もみんなの首にさがっている。もしかしたら【悪夢の使徒】や他の人たちにはさわることができないのかもしれない。

「ごめんなさいですぞ……ボクがあの時【悪夢の木】の枝をふんじゃったから……」

「しかたねーよ、オレだって母ちゃんいたから頭まっしろになってつかまっちゃったし……」

 あおばがあやまると、大輝がロープをまた切ろうとがんばりながら言う。

「そっちのほうが、しかたないですぞ」

「だってさ、オレだってあのときもっと――」

「どっちも仕方ない! とにかく今はここから出る方法を考えないと」

 啓斗の言葉で二人はだまりこむ。でも啓斗にも良い方法はうかばなかったし、あいかわらずロープはほどけない。それでもあきらめるわけにはいかなかった。こうしている間にもオキの国はもっとメチャクチャになっているかもしれないのだ。大輝とあおばがロープを切ることに集中する間、啓斗はなにかヒントがないかまわりの景色を見ていた。そして空を見上げたとき、それに気づく。

「何か空にいる! こっちに来るぞ!」

 大輝とあおばも空を見た。それは日の光を浴びて七色にかがやきながら近づいてくる。

「鳥だ! ――オウム? インコか?」

「……ナナちゃん? あれはナナちゃんですぞ!」

「ナナちゃん?」

 興奮こうふんしたあおばに啓斗がたずねたときには、もうその鳥は、すぐそばまでおりてきていた。七色のカラフルな羽はインコやオウムにも見えるが、頭が大きい不思議な形をしていて、まるでアニメのキャラクターみたいだった。その鳥は大きな目でこっちをじっと見てから、大きなくちばしをがばっと開ける。

『ハーイ! ナナチャン、ダヨ!』

「しゃべったぞ!」

「やっぱりナナちゃんですぞ!」

「二人とも、もう少し静かに。【使徒】たちに気づかれるかもしれない」

 おどろく大輝と大喜おおよろこびするあおばに、啓斗はきょろきょろとあたりを見ながら小声で言った。

「それで、あおば。このナナちゃんは何者なんだ?」

「ナナイロドリのナナちゃんですぞ。兄上が、ぼくがもっと子どものときにいてくれた、オリジナルキャラクターなんですぞ!」

『ハーイ! ナナチャン、ナナイロドリ、ダヨ!』

「それって、あさひがこっちに来てるってことか? ジミーは?」

ぼくたちに聞いてもわかるわけがないだろ。でも、こわれていたというお守りが使えるようになったのかもしれない!」

「とにかく、ナナちゃんが来てくれたってことは、兄上はぼくたちのピンチを知ってて、助けてくれようとしてるってことですぞ!」

『ソウ、ナナチャン、スゴイゾ!』

 ナナちゃんはダンスをしながら、みんなの顔をじっと見つめる。

『キレタラ、コウゲキ! キレタラ、コウゲキ!』

「切れたら……どういう意味だよ?」

『ヒモ! ツナ! ロープ!』

「あっ……これを切ってくれるってことか?」

「しっ、大輝! だれかこっちに来るぞ!」

「タイヘンですぞ! ナナちゃん、どこかにかくれるですぞ!」

 あわてて大輝はだまり、ナナちゃんは近くの木の中にかくれる。耳をすますと、ぶつぶつとつぶやくような声と足音が、だんだん近づいてくるのがわかった。やがて、黒フードの集団が見えてくる。先頭にはボスと、あの体の大きな【悪夢あくむ使徒しと】、そのうしろには、たくさんのオキの人たちが、黒い枝を大事そうに持ちながらついてきていた。それを追い立てるように、まわりにもお面をつけた【悪夢の使徒】が何人かいる。

「ご気分はいかがですか? 【所持者しょじしゃ】のみなさま」

 鳥かごの前にたどりつくと、ボスが笑いながらそう言った。

「いいわけないだろ!」

 大輝がおこりながら言うと、またボスは面白そうに笑う。

「ならば、さっさと目をさまして、オキの国に帰ればよろしいのでは?」

「そんなことできない! オレたちは神様を助けに来たんだ!」

「勇ましいことですね。元気なのは良いことですが、聞き分けのないお子さまは、わたしはきらいです。――運びなさい」

 ボスがちりんとすずを鳴らすと、黒フードの人たちが鳥かごのとびらを開け、中へと入ってきた。そして、大輝たち三人に近づいてくる。

「少し時間をおけばオキの国にお帰りになると思ったのですが、なかなかみなさましぶといので、やり方を変えることにしました。ここから少し行ったところに深い谷があるんです。そこから落としてみましょうね」

 ボスの冷たい言葉に、みんなぞっとした。実際に死ぬことはなくても想像するだけでもおそろしいし、そんなことをされたらさすがに目がさめてしまうかもしれない。

「はなせ! はなせよっ!」

 暴れる大輝に、啓斗はすばやくささやいた。それで大輝はおとなしくなり、三人はまるで荷物のようにかかえられ、運ばれていく。

「先ほど何か話していたようですが、もしかして、外に出れば何とかなると思っていましたか? もう試したと思いますが、そのロープでしばられている間は、あなたがたの力は満足に使えませんよ?」

 それを聞き、啓斗はうつむいた。ほっとした顔を見られないためだ。その言葉は、ボスがまだ気づいていないという証明だった。啓斗はうつむいたまま、動く黒フードの足と地面を見つめる。大輝も、あおばもだまっていた。やがて少し開けた場所で、みんな立ち止まる。

休憩きゅうけいは少しだけです。またすぐに働いてもらいますからね」

 ボスは少しイライラとした声で言う。オキから連れてこられた黒フードのひとたちは、【悪夢あくむ使徒しと】の言いなりになってはいるものの、あまりむずかしいことはできず、つかれてしまうのも早いようだった。そして、とつぜんいなくなったり、あらわれたりする。きっと目が覚めたり、またたりするからだろう。大輝だいきは地面に転がされたまま、首をうごかしてあたりを見回してみたが、母はもういなくなっているようだった。そのことに、少しホッとする。

「ほら、そろそろ行きますよ。【所持者しょじしゃ】のみなさんを運びなさい」

 ボスがすずを鳴らしながら言うと、力のありそうな黒フードの人たちが何人かやってきた。その中にひとり、やけに小さな人物がいる。その黒フードは大輝たちに近寄ってきて、三人をそれぞれ見ると、手を小さく動かした。

 ――すると、大輝たちをしばっていたロープが、とつぜん切れた。

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