◆15 ふたつのお守り

「いつもならもうそろそろ目を覚ましてもいいころなんだけど、でも、神様を助けるためにがんばってるのかもしれないし……ジミーくん、どう思う?」

 ている三人を見ながら、あさひが言うと、ジミーは大輝だいき、あおば、啓斗けいとを順に見てから首をかしげた。

「なにか、あったの……かも?」

「な、なにかって?」

「なにか、は、なにか……?」

 あさひに聞かれてジミーはこまったような顔をする。あさひももう一度ねむっているみんなの顔を見てみるが、なんだか少し苦しそうに見えた。

「でも、もし何かあったとしたらどうすればいいのかな……無理矢理むりやり起こすとか?」

「ムリヤリ起こしちゃう、よくないと、思う……」

 そのとき、外がさわがしくなってきた。あさひは静かにまどのそばへと近寄り、カーテンのすきまからそっと外をのぞく。家の門の前には人がたくさん集まっていて、何かを口々にさけんでいた。それを止めているのは久保田くぼたさんだ。耳をすますと、【お守り】、【所持者しょじしゃ】という言葉も聞こえてくる。

 もどってきたあさひを、ジミーが心配そうな目で見た。このままだと、あの人たちは家にまで入ってきてしまうかもしれない。

「ぼくたちで、なんとかみんなを守らなきゃ。二人で力を合わせて……」

 あさひは自分をはげますように言うが、なにができるのかも、なにをしたらいいのかも全然わからなかった。

「ふたり、力、合わせる……ふたり……」

 ジミーはあさひの言葉を聞いて、ぶつぶつとつぶやきながら部屋の中を歩き回る。それからぺたんとゆかすわった。

「ジミーくん、大丈夫だいじょうぶ?」

「ふたり、ふたり……。ふたりで……ふたりで……!」

 あさひはびっくりして声をかけるが、ジミーは答えずにひとりでつぶやきながら、ぼりぼりと頭をかく。それからはっと顔を上げてあさひを見た。

「あさひ。おれ、思い出した……」

「思い出したって、なにを?」

 ジミーは、すっと立ちあがる。

「おれが、ここにいるのも、【ふたり】だったから……【悪夢あくむ使徒しと】におそわれたけど、助けてもらって、力をもらえたから……」

 そして、あさひに向かってにっこりと笑った。

「だから、みんなと会えて、こうやって、いっしょにいられた」

「ジミーくん、どうしちゃったんだよ?」

 ジミーは大きく息をってから、今までにないくらい、はっきりとした声で言う。

が名は、【夜殿よどの】。夜の安らぎ。安らぐ場所。ねむれる者たちを守る聖域せいいき

 どこかから風がいたかのように、ジミーの前髪まえがみがふわりと持ち上がった。おでこには、うかんだ【よ】の文字。それが光りながらひっくり返り、【夜】へと変わる。その光はどんどん広がって、ジミーの体をかがやかせた。

「ジミーくん……!」

「ここは、おれが守ってるから、だいじょうぶ。あさひは、ネルの国に行って、みんなを助けてあげてほしい」

 言ってジミーは、首にかけていたお守りを外し、あさひへと差し出す。

「この【ふ】の守りはおれに力をわけてくれたから、どれだけ元どおりかはわからないけど、ネルの国に行けば、ちゃんとあさひを守ってくれるはず」

「でも、ジミーくんは? 力を使っちゃったら、どうなるんだ?」

 ジミーは答えない。ただ、あさひを安心させるように笑顔を見せる。

「おれ、あさひたちと会えてよかった。話せてよかった。友だちに、なれてよかった。……ありがと」

「ジミーくん!」

 ジミーの体から黒いけむりのようなものが出てきて、ぶわっとふくれあがる。部屋いっぱいに広がった夜のような暗さに包まれると、あさひの心から不思議とこわさが消えていった。そしてだんだん、もとの部屋の明るさがもどってくる。

「ジミーくん――うわっ!」

 そのとき、どんっ! と大きな音がして部屋がゆれた。だれかが、ドアを力いっぱいたたいている。

「カギがかかってる! あやしいぞ!」

「さっさとこわして! こわしてちょうだい!」

おれがやってやる!」

 ドアをたたく音は、どんどんひどくなる。それが何度も何度もくり返されたあと、ついにカギがこわれて何人もの大人が部屋に入ってきた。あさひの足の力がぬける。声も出せず、すわったまま動けなかった。が高く、強そうな男の人の太いうでがふり上げられる。

(……あれ?)

 なぐられると思って両手で頭をかかえたが、いたみはやってこない。おそるおそる顔を上げると、男の人は乱暴らんぼうにカーテンやじゅうたんをまくり、イライラとあちこちをたたいていた。他の人も次々と部屋に入って来て部屋のすみずみまでのぞきこんだり、家具をひっくり返したりしている。でも、あさひから見ると部屋はそのままで、ている三人も全く動いていなかった。

だれもいないぞ! 別の部屋をさがせ!」

「クツがあるんだから、きっとどこかにいるはずよ!」

 誰かのかけ声とともに、大人たちはあっという間にいなくなる。それと入れかわるようにして、スーツをよれよれにした久保田さんが現れた。久保田さんはおどろいた顔で部屋をしばらく見ていたが、ほっと大きく息をつくと、また急いで部屋を出ていった。

(ジミーくんが助けてくれたんだ)

 ジミーの力は確かに、みんなを守ってくれているのだ。そのチャンスをムダにするわけにはいかなかった。

「【ふ】の守りさん、お願いします。ぼくをネルの国に、みんなのところに連れて行ってください!」

 ねむれるか不安だったが、お守りをにぎりしめてぎゅっと目をつぶると、すぐに眠くなってくる。――気がつけば、あさひは広い草原に立つ、一本の大きな木の幹に寄りかかってすわっていた。木の幹はかたく、ごつごつとしていて、地面はふかふかとやわらかく、土と緑のにおいがする。風がくと、木の枝や葉っぱ、かみがさらさらとゆれた。まるで本当に自分の体がここにいるみたいだった。

「ここが……ネルの国?」

『へい、ここはネルでまちがいございやせん』

「わっ――」

 大きな声を上げそうになり、あわてて口をぎゅっとじる。でも、あたりを見回してみても、だれもいなかった。

『へぇ、おどろかせちまったみたいですんません。ぼっちゃんは、オキの国の人ですな?』

 声は、にぎりしめた手の中から聞こえている。おそるおそる開くと、お守りにある目のような模様もようが、ぱちぱちと動く。

「は、はい! そうです! あなたは、【ふ】の守りさん?」

『そうでさぁ! あっしが【ふ】の守りってもんで。ようやく【所持者しょじしゃ】に会えた!』

 【ふ】の守りはうれしそうに、緑色にぴかぴかと光りながら答えた。あさひがこれまでのことを思い出しながら、なんとか説明すると、【ふ】の守りはまたうれしそうに言った。

『あいつ、力をわけてやったらオキまで飛んでっちまったんですね。こりゃあ、びっくりだ! あっしも負けずにお役に立たないといけねぇや』

「【ふ】の守りさん、みんながどこに行ったか知りませんか?」

『知ってますぜ!』

「ほんとですか?」

『ええ。さっき、ここを通っていきましたからね!』

「ええっ!?」

『あっしはここから動けなかったから、見てるだけしかできやせんでしたが、まちがいございやせん! そりゃもう、びゅーんと風のようにかけぬけていきました』

「じゃあ、今なら追いつけるかもしれない!」

 希望がむねへと広がってきたとき、どこからか不気味な声が聞こえてきた。あわてて大きな木のうしろへとかくれると、うなり声のようなその音は、どんどんと近づいてきた。

悪夢様あくむさまわれらがあるじ。悪夢様、我らがあるじ。悪夢様、我らがあるじ……」

 呪文じゅもんのようにその言葉をくり返しながら列を作って歩いてくるのは、黒フードの集団だ。大人も子どももいるようで、みんな手には大小様々な木の枝を持っていた。

『ぼっちゃん、【悪夢あくむ使徒しと】どもだ』

「ど、どうしよう」

『落ち着いて。まずはやつらが過ぎるのを待ちやしょうぜ』

 あさひはうなずき、じっと機会を待つ。黒フードの列は目の前まで来ている。木の後ろにかくれていても、いつ見つかるかと思うと気持ちが休まらなかった。

「――うわっ!?」

 その時、首のうしろに何かがさわり、あさひは思わず声をあげてしまう。おそるおそる手で確かめると、落ちてきた葉っぱが引っかかっただけだった。

「いまみょうな声を出したのはだれだ!」

 ほっとできたのも少しだけ、目の前が真っ暗になる。木のうしろで体を小さくして音を立てないようにがんばるが、見つかるのは時間の問題だろう。

『ぼっちゃん、あっしにまかせてくだせぇ。これからはお話しすることは出来なくなりますが、あっしは、ぼっちゃんのおそばにいますからね!』

 【ふ】の守りがささやくように言う。ジミーと別れてここへきたあさひには、お守りが何をしようとしているのか、すぐにわかった。

が名は、【風姿ふうし】。かたち成すもの。あなたをあらわし、あなたを変える風』

 緑色の光が、ふわりとあさひを包みこむ。

『ぼっちゃん、ここは、ぼっちゃんにとって【夢の中】で、何でもアリの場所だ。それをわすれちゃいけやせんぜ』

 着物を着たおじさんが一瞬いっしゅん目の前にうかび上がり、笑顔を見せてから消えた。

「ここか!」

 そのすぐあと、あさひはうでを引っ張られた。

「お前、何をさぼっている! こっちへ来い!」

「えっ――!?」

 おどろいているあさひに、黒いフードにお面をつけた【悪夢の使徒】は言う。

「ほら、それを拾って列にもどれ!」

 地面には黒い木の枝が落ちていた。とにかく言われるまま手をのばすと、そこであさひはいつの間にか自分も黒いフードを着ていることに気づく。【ふ】の守りの力で、見た目が変わっているのだ。そのことがわかり、少しほっとしたあさひは枝を拾った。思っていたよりも軽い。ただ、さわると少し気分が悪くなった。

「早くしろ!」

 せかされて、あわてて人の列に加わる。【使徒】は「ちゃんと運べよ!」と言い残し、どこかへと行ってしまった。動く黒フードの列についていきながら、あさひは仲間たちのことを思った。

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