私を睨む影

へこあゆ

第1話

毎夜私の影が私を襲う。

私の影は私のことを恨んでいるようだ。

影は私の過去の姿。過去の私が取り憑いて、いつだって私の命を奪おうとしている。


私の兄は幼少期チェロを弾くのが好きだった。

私は兄のチェロの旋律に惹かれ、自分もチェロを始めたのだ。

“白鳥の湖”これが兄が一番好いていた曲で、私もその旋律を聴くのが好きだった。

私は白鳥の湖を弾くようになった。

兄と一緒に戦慄を奏でるのが何よりも楽しかった。

しかし私はチェロを弾くこと自体が楽しくなってきたのだ。

両親に褒められ、僕は音楽専門学校に進学し、チェロ弾きになりたいと思うようになった。

私はチェロ弾きとなり、世界で活躍するようになった。

いつからだろう。兄がチェロを弾くのをやめてしまったのは。

兄は私が上手くなればなるほど、チェロから遠ざかっていった。

今では兄は全く音楽をやらない。私に会おうともしないのだ。


毎夜私の影が私を襲う。

私の影は兄からチェロを奪った私自身が憎いのだ。

私の影は私からチェロを奪おうとする。

それでも世界は私の旋律を求めてくる。

チェロは私から兄弟を奪った。

それでも私はチェロ弾きを辞められないのだ。


兄に許しを請えば、私の影は私を見逃してくれるだろうか。

世界の人々は私が兄からチェロを奪ったことを知らない。


兄がまた私とチェロを弾いてくれたら、私の影は私を許すのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私を睨む影 へこあゆ @hekoF91

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説