ねぇ、遊ぼっか。
沈丁花
第1話
今更だけど、幼なじみのお前に聞いて欲しい。
俺には自慢の姉ちゃんがいる。名前はひかる。すごい優しい姉ちゃんなんだ。色が白くて綺麗で、長い黒髪もツヤツヤで。笑うと本当に綺麗でな。
身体が弱くてあんまり学校には行けなかったし外にも出なかったから知らなかったと思うけど、めちゃくちゃ頭が良くて、バカな俺にいつも勉強を教えてくれた。
ひかる姉ちゃんはいつも俺と遊んでくれた。どうしてもクラスに馴染めなくていじられる俺に、親父は「やり返さないからだ」って言うし、お袋は「校長やPTAがなんとか」とか言う。でもひかる姉ちゃんは「ねぇ、遊ぼっか」て言ってくれる。自販機で缶ジュースも買ってくれた。俺が欲しいのはそういう言葉だったし、悲しい気持ちを飲み下せる甘くて冷たい味だったんだ。
実は今もそうだ。成人してまで姉貴と遊ぶなんて恥ずかしいとか言うやつもいるけど、俺はそんなことはない。ひかる姉ちゃんに「遊ぼっか」って言われたら、いつだって着いていく。ひかる姉ちゃんと遊ぶのはとても楽しい。
今は大学進学と就職で地元から離れたからカラオケとかも行くようになったけど、子どもの頃はド田舎だったし、もっぱら自然の中で遊んだ。濃い緑のにおいがする山で野いちごやスグリを採って食べたり、冷たい川で水を脛で蹴りながら小さい翡翠を探したり、自転車を漕いで漕いで麓より風が涼しいダムに行ってバス釣りをしたり。
うまくいかなくても、ひかる姉ちゃんは「大丈夫、次はもっとうまく出来るよ」って褒めてくれるんだ。もちろんうまく出来たら「さすがだね、すごい」ってもっと褒めてくれる。俺はそれが嬉しくて仕方なかった。
オレん家って、兼業農家だったろ? 昼間は父さんは畑仕事でいないし、母さんは看護師でシフトが不規則。じいちゃんとばあちゃんも畑に行ってるから、学校から帰ってもオレひとり。
けど、ひかる姉ちゃんがいるんだ。優しい声で「おかえり、今日は学校どうだった?」て話を聞いてくれる。
「疲れたなら寝ちゃう? 私も一緒に寝ようかな。宿題なら、後から見たげるから」
そんなふうに誘われて、何度も一緒に昼寝した。ひかる姉ちゃんはいつも甘くていい匂いがした。
何回か、昼寝から起きてひかる姉ちゃんの様子を見てたことがある。ひかる姉ちゃんは起きてて、オレじゃなくて窓の外、どこか山の向こうをジッと見ながら微動だにしなかったけど、どこ見てたんだろうな。
夕飯食べて宿題見てもらって、夜寝る時も一緒だった。さすがに風呂は別だよ。
「さっさと電気消して寝なさい!」って怒鳴る母さんに従って部屋を暗くするけど、寝れない日だってある。そんな時は、やっぱり「ねぇ、遊ぼっか」ってひかる姉ちゃんが小声で言ってくれる。布団に潜りながらひかる姉ちゃんとマンガのこととかゲームのこととか、ちょっと気になってた女子のこととか話したりした。ひかる姉ちゃんはニコニコ話を聞いてくれたし、時々親に気付かれないようにカードゲームやったりもしたんだ。
ひかる姉ちゃんが怖い話をしてくれたこともあったな。めちゃくちゃ怖かったんだよ。でも、話の内容までは覚えてない。ただ、本当に怖かったことだけは覚えてる。ひかる姉ちゃんは話し上手だったし、オレはバカだからな。
夜中に起きたりすると、ひかる姉ちゃんが部屋から出ていくところも見た。トイレかな、と思ったけど、なんでかその時のひかる姉ちゃんの肌はいつもの白さとは違う、ちょっと黒が混ざったような色をしていた気がする。
長い黒髪もツヤツヤじゃなくてパサパサしていたような。
きっと暗いからオレが見間違えたんだ。そうだよな。
地元を出てひとり暮らしを始めてからも、最初に言った通りひかる姉ちゃんと遊んだ。調子いい時はひかる姉ちゃんから電話で「ねぇ、遊ぼっか」って誘ってくれたんだ。
都会にしかない色んなところで遊んだ。映画も行ったし、ひかる姉ちゃんが好きそうなカフェにも行った。おおきな本屋をブラブラとひかる姉ちゃんのあとを追いかけて1時間くらい歩いたこともある。一緒に自然の中にはない音をたくさん聞いた。
「いろんなものがあって楽しいね」
ひかる姉ちゃんはきれいな笑顔で笑ってくれた。オレに。うれしかった。
「でも、たまにはまた山とか川に行かない?」
ひかる姉ちゃんがそう言ったときは、オレもそうしたくなった。また、ひかるねえちゃんとキラキラしたものを探したくなった。だから、ひかるねえちゃんとキャンプに行ったりもした。翡翠を探したり、釣りをしたり、ひかるねえちゃんの後ろをついて、見つけた洞窟を探検したり。頭に水が落ちてきておどろいたオレを見て、ひかるねえちゃんはおなかを抱えてケラケラ笑った。
「そんなに笑うことないじゃん!」
オレが言うと、
「ごめんごめん、でも、おかしくて」
と、ひかるねえちゃんはきれいな指で目元の涙をぬぐった。
ひかるねえちゃんは、さいきんずっとオレの部屋にいる。
部屋のすみに立ってる。
実家のいごこちが良くないのかな。口うるさい親だし、ひかるねえちゃんの気持ちも分かる。身体が弱いんだから仕方ないのに。
オレはひかるねえちゃんがここにいてくれるのは嬉しい。だって、ずっと遊べるだろ。
ひかるねえちゃん、毎日「ねぇ、遊ぼっか」って言ってくれるんだ。会社とか、もうどうでもいい。スマホはこわした。これであいつらからのうるさい連絡は入らない。オレとひかるねえちゃんのふたりだけ。
さっき、ひかるねえちゃんに「ねぇ、あそぼっか」って言われたから、ぼくは行くね。キャンプで行ったどうくつに行くんだって。あそこはすごいものがあるから、もっとおくまでタンケンして、ぼくに見せてくれるって。
てがみは、ひかるねえちゃんがかいた方がいいって言うから、かいたよ。おまえだけトクベツだぞ、ナイショな。
あまいにおいがする。
じゃあ、ひかるねえちゃんとあそんでくる。
こうた
* * *
幼なじみの
手紙は読み進めるほど文字も文章も拙くなり、最後は幼稚園児が書いたのかと思うようなものだ。
しかし、手紙からは不思議と甘い匂いがした。
警察に届けた方がいいんだろうか。
でも、俺たちは晃太が真面目なやつで急にいなくなる訳はないと分かってるから失踪だと思ってるけど、警察は「成人の失踪は明らかな事故だと立証できない限り行方不明というより家出人扱い」だとかで、届出に行った時まともに取り合ってくれた気がしない。
じゃあ、せめて晃太の親に? でもこんな手紙見たら取り乱すだろ。だって、晃太はひとりっ子なんだから。あいつに姉ちゃんなんていない。
それに、俺にとってもこの手紙の内容には問題がある。これは俺の記憶だ。ルーズリーフに書いてある思い出も何もかも全部俺のものだ。
そりゃあ、幼なじみだったからお互いのことはよく知ってた。けど、こんな妙な形で記憶が一致するのはおかしい。
ひかる姉ちゃんが立ってたのは俺の部屋だし。
コータがいじられてへこんでた時に、なぐさめて缶ジュースをおごってやったのは俺だ。ひかる姉ちゃんじゃない。
ひかる姉ちゃんと山や川に行ったのも、ダムに釣りに行ったのも全部俺なのに。そもそも、ひかる姉ちゃんは俺の姉ちゃんなのに。白い肌もツヤツヤの長い黒髪も甘いいい匂いも俺のものなのに。
確かにひかる姉ちゃんは身体が弱かったから、時々ジッと遠くを見つめて何も話さなかったり、夜にはすごく疲れてに白い肌や髪が荒れてたりしたこともあったけど。
けど、なんでコータが、あんまり学校に行かなかったひかる姉ちゃんのことをこんなに知ってんだよ。外に出る時はいつも俺と一緒だったのに、なんでコータと遊んだことになってんだよ。勉強だって、教えてもらったのはおれだぞ。
悩んだけど、意味が分からないからやめた。コータのことは心配だ。けど、おれには今なにより優先することがある。
さっき、部屋に立ってるひかるねえちゃんから、
「ねぇ、遊ぼっか」
ってさそわれたんだ。
だから、おれは行くんだ。ひかるねえちゃんとあそぶんだ。こんどはどこに行くんだろう。あのどうくつかな。ひかるねえちゃんとあそぶのはいつもたのしい。
あまいにおいがする。
ひかるねえちゃん。
コータのことも、いちおう聞こうかな。
ひかるねえちゃん。
まぁいっか。
「ねぇ、遊ぼっか」
ひかるねえちゃん、聞こえてるよ。すぐ行くよ。
え、おてがみ? わかった、かくね。
ねぇ、遊ぼっか。 沈丁花 @ku-ro-ne-ko
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