鳴り止まない太鼓の音
とある猫好き
最初で最後の夏祭り
一定のリズムで轟く和太鼓の音。その音は風に乗り、街全体に知らせる。
この季節が来たぞ、と。
祭りの季節。
その太鼓の音に誘われ、慣れない下駄を履く少年が一人。着物もなければうちわもない。祭りの風物詩は新品の下駄ただひとつ。
そんな下駄でちょっぴり背伸び。
いざ、最初で最後の夏祭りに出陣じゃ。
ドドンがドン───
ドドンがドン───
少年は音をめがけて懐かしの公園を歩く。
唯一のナビは空を飛び回る太鼓の音。
木が生い茂るこの公園には街灯がない。唯一の光源は月明かりと過去の輝かしい日々を彩った幻影だけ。それでも会場に進む足取りに迷いはなく、一歩一歩、確かに歩く。
ドドンがドン───
ドドンがドン───
太鼓の音につれ、徐々に賑やかな声も聞こえてくる。だが、何よりも少年を惹きつけるのは太鼓のリズム。風から風へと飛び移るこのリズムは少年の歩みを早める。
やがて終点に着き、出口に向かう階段を上る。でも公園の出口の前には改札口を彷彿とさせるベンチが。大丈夫、少年には心臓の鼓動でできた切符があるから。
少年はベンチを通り抜け、出口を見つける。
───眩しい。眩しくて目を開くことができない。この公園とのコントラストが少年に恐怖心と足を土に植え付ける。誰かが言う。君の居場所はそこじゃない。私服に下駄。そんな滑稽な格好、ここには相応しくない。
だが、少年がそんなことを気にするわけがなかった。
人が作った光。人が作った文化。そして人が作った熱狂の渦が今、目の前にあるのだから。
そこには夜景など見る価値がないほどの光景が広がっていた。
ドドンがドン───
ドドンがドン───
人の流れに食べ物の匂い。太鼓の音をはじめとしたあらゆる情報が少年の五感へと流れ込んでくる。見るとこ見るとこ全てが夏。熱気を帯びた祭りの風物詩たちが少年を激しく歓迎する。
ここに風鈴があればたちまち破壊され、蝉がいれば誰かに食われる。祭りは夏の風物詩ではあるが、夏は祭りの風物詩ではない。
だが、少年が釘付けになったのはどんなに美味しそうなチョコバナナでもなければ、台の上に並ぶ煌びやかな景品でもなかった。少年の目線の先は、櫓の上に乗った一つの長胴太鼓。その面の美しさが、夜空を照らす満月を模す。
櫓を中心とし、何百もの存在が踊り回るという盆踊り。そこに少年は初めから誘われていたのだった。
お年寄りから幼児まで。日本人から外国人まで。初心者から上級者まで。皆、櫓の上で見本を踊る人たちの真似をし、ゆったりと、そして笑顔で踊り続ける。
ここは時代に取り残された夏祭り。時代の流れに抗い続ける場所。
落武者から足軽まで。きつねからたぬきまで。鬼から子供まで。さぁみなさん、ここは時間の概念なぞとうに淘汰されています。
さぁ面を取って踊りましょう。舞台に上がっていつまでも、いつまでも。食い物や運試しで満たせない欲望は踊って満たせばいい。
ここはそんな場所。
そんな場所に少年はようやく出会った。
夢にまで待ち焦がれていた夏の夢。帷が上れば全て無に帰ると知っていながらも、少年はその束の間の奇跡をずっと夢見ていた。
花火と比べ、盆踊りはゆったりと終末を迎えるものだ。だが、その独特な雰囲気に呑まれながら踊る光景は、真の夏の風物詩を象徴するものである。
花火や蝉のように終わりを至高とする風物詩ではなく、その時、その時間を大切にする盆踊りは時代を超えて、皆を一つにする。
少年は踊る者たちの輪に入り、初めて見た踊りの振り付けを懸命に覚える。
次の曲も、次の曲も。その繰り返しを永遠に、太鼓と曲に合わせて踊り明かす。この夜が明けませんように、と願いながら少年は人の流れと一体化する。
だが少年は愚かにも、その太鼓が一人でに音を発していることに気が付かなかった。
蟻の群れが死ぬまでぐるぐると回り続ける、その哀しい習性。それがまさにここで行われていた。
───終わらない盆踊り。
すなわち死のスパイラル。
人や獣が力果て、次々と倒れようとも、周りは気にしない。いや、気が付かない。幻術に掛かるが如く、人は一夏の奇跡を願い続け、終わらないことを夢見る。
太鼓が鳴り続ける限り、体は動き続ける。体が動き続ける限り、太鼓に意味が宿り続ける。
そんな夏祭りを皆が欲す。
そんな終わらない夏祭りを。
そしてその願いを太鼓は叶え、これからも叶え続ける。
鳴り止まない太鼓の音 とある猫好き @yuuri0103
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