インタビュアーの独白
この話は使えねぇなと、終盤辺りから思い始めた。死体が動くってだけじゃあ読者の食い付きは悪い。しかも途中から甘ったるい恋愛話になってしまえば尚の事。今月分の記事どうするかなぁ。そんな疑問が頭の隅々にまで行き渡ると、自然と話への関心も消え失せる。
「それでは、外で彼女が待っていますので」
俺の態度に辟易した彼は強引に話を切り上げ、足早に店を後にした。彼女、か。去り際に残した言葉に、俺は彼への信頼を完全に喪失した。死人に愛を
いや、理解は出来るさ。彼はまだ若くて、死んだ初恋の女に操を立てる必要なんて無い。外を見れば丁度車に乗る頃合いだった。エンジンをかけたのか、ボディが小刻みに震えている。
その光景に違和感を覚えた。外の気温、40℃だぞ。この炎天下の中、車内に一時間以上も待たせたのか?と、俺の視線は自然と助手席に向かい、見てしまった。
女がいた。随分と美人だが、それだけなら何も問題はなかった。あれが彼女なんだろう。だが、半透明だった。気のせいじゃない。女の背後に、見える筈のない助手席のシートがはっきりと見える。
「
女の名が、自然と口から零れた。何故だか分からないが、助手席に座る見た覚えのない美人が彼の話に出て来た女と同一人物だと俺は確信した。背筋に冷たい何かが走った。真上にある業務用クーラーの風とは違う、明らかに異常な気配が作る冷たい風が背中を伝う。
「この話、忘れてくれるよね?」
不意に、耳元で女が囁いた。聞き覚えのない声。だが分かる。声の主は籠伊織だ。その声にあぁ、と俺は気付いた。一夜を共にした事で死後婚は成立し、あの男は死者と夫婦になってしまったんだ。家を叩いた音の正体は籠夫婦と村民の工作だろう。そうまでして娘を嫁がせたかったのか?だとするなら随分と狂信的だ。まぁ、殺されるよりはマシだろうが。と思う一方で今の彼は幸せなのだろうか、死者に引き摺られる生き方に先はあるのだろうか、そんな疑問が頭を過った。
彼の乗った車が俺の横で一時停止した。自然と、視線が二人に吸い寄せられる。幸せそうな男と、それ以上に幸せそうな亡霊の女。その女のゾッとする程に冷めた目が、一瞬だけ俺を見た。あぁ、分かってるよ。
「編集長、駄目でした……えぇ、よくある作り話で……はい、締め切りまでには何とか」
電話の向こうに適当に言い訳した俺はボイスレコーダーの音声を消去した。それ以外の選択肢は俺に無かった。
もう一度、俺は夫婦を見た。屈託ない笑顔はとても幸せそうで、だから本音を無理やり腹の底に押し込んだ。
「どうかお幸せに」
突き刺すような炎天下の陽炎に消えゆく夫婦に、俺は精一杯の
死後婚 風見星治 @karaage666
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