死後婚

風見星治

インタビュー録音

 ──それでは、貴方が経験したという奇妙な話について教えていただけますか?


「つい先月の話です。田舎から連絡があったんですよね」


 ──それはご家族の誰かから、でしょうか?


「いや、違います。小さい頃から家族ぐるみで付き合いのあったかごさんのお父さんからでした。その、伊織いおりが亡くなったので葬儀に来てほしいと。あ、俺と伊織……籠さんの家は目と鼻の先で、だから一人娘の伊織とは幼馴染みたいな関係でした。なのでせめて最後に挨拶を、って事だと思ったんですよ。あの時は」


 ──つまり、地元の因習については何も知らなかったと?


「知らなかったですし、知ってりゃあ」


 ──どうされました?


「いや、知ってても行っただろうなって。ただ、覚悟はしたでしょうけど。仲、良かったんで。で、直ぐに戻ったんですけど、親父もお袋も俺が帰って来るや酷く驚きまして、直ぐに俺を家に引っ張り込むや説教ついでに色々と教えてくれました。ウチの田舎で死後婚なんてモンやってるのを知ったのはその時です。しかも俺が伊織の相手だって」


 ──すいません。続きの前に、その死後婚の話を具体的に聞いても良いですか?


「あぁ。通夜の晩に相手、この場合だと俺ですね。が、伊織の家で一晩一緒に過ごすんです。家族は他の場所に出払うそうなので、俺と伊織の二人……ってのも変な表現ですけど、とにかく遺体と一緒に一晩過ごすってのが絶対のルールですね。山間やまあいの田舎とは言え連日の真夏日で、だから居間に安置された遺体が腐敗しない様にクーラーがんがんに掛けてましたよ。それ以外だと、お香は絶えず焚きっ放しにするとか、後は家から絶対に出るな、ってルール位ですかね。途中で出てしまうと婚姻関係は破棄されるって親父が言ってました。だから、嫌なら逃げてもいいって」


 ──成程。かなり、というか私の知る限り同じ話は聞いた事がないですね。死後婚で特に有名なのはムカサリ絵馬ですね。それ以外だと人形や生前の形見を棺に納めたり、台湾では赤い封筒を拾った生者を死者と結婚させる風習が今でもあるようです。中には結婚相手を殺して夫婦として共に埋葬するなんて過激な方法もあるようですが、何れにせよ死者と一夜を共にするという文化は聞いた事ないですね


「そうなんですか?まぁ、その死後婚自体も半ば廃れかけてたようですけど。何でも二十数年振りだって。で、そうやって夫婦になった後にようやく葬儀を行うって感じです。未婚の場合はこうしないと後で化けて出るとか、鬼が死体をさらいに山から下りてくる、なんて言い伝えがあるそうで。あぁ、それで思い出した」


 ──何をです?


「電話の度に親父もお袋も恋人は出来たか?結婚の予定は?誰か紹介しようか?なんてこと良く言ってたなって。思えば、死後婚こんなのに巻き込まれて欲しくなかったんでしょうね。基本的に未婚同士を宛がうようなんで」


 ──確かに、ご両親の反応を聞けば貴方に関わって欲しくなさそうですね。さて、話が逸れ気味ですので本題に行きましょう。当日の話を聞かせて貰えますか?


「あ、はい。実は、二人きりになってから四時間ほど経過した頃です。時間にして丁度0時を過ぎた位ですかね。テレビ見てたら、不意に背後から音がしたんですよ。しかも伊織が寝ている場所から。心霊現象なんて信じてませんでしたけど、幼馴染とはいえ遺体と一緒に居る訳ですからどうにも肌寒くなってしまって。だけど振り向かない訳にもいかず、恐る恐る振り向いたら……」


 ──振り向いたら?


「伊織が、布団から起きあがってました。死んでる筈なのに、生気を感じない顔と目を俺の方に向けてこう言ったんです。『あ、来てくれたんだ』って」


 ──そんな


「信じられないでしょうけど、でも本当です。俺、もうびっくりして。だけど伊織はまるで生きているみたいに布団からノソッと起き上がって、ゆっくりと俺の方に歩いて来るんです。で、俺の隣に座りまして」


 ──何をされたんですか?


「された、というか。向こうからの提案は、ただ話をしようってだけでした。それ以外に特に何かされた覚えはないですね。俺も最初は怖かったし、もしかしたらお香に変な薬でも混ざってたんじゃないかって思ったんですけど、でも彼女に触ってみたら酷く冷たくて。あ、こりゃあマジだなって。だけど、実のところ最初に驚いた位で後は別に何とも。何せ子供の頃からずうっと一緒で、だから怖いって気が起きなくて。だから話に付き合うことにしたんです」


 ――具体的にどんな話をされたんです?


「主に俺の話が中心でしたね。大学はどうだった、とか仕事は?なんて。あ、大学が遠くだったんですよ。で、そこからは離れ離れで。マメに電話で互いの近況を報告する位はしてましたけど。とは言え知らない事も多いだろうって、思い出せる限りを話しました」


 ――失礼ですが、何か証拠はありますか?例えば写真とか、音声とか


「携帯は取り上げられてしまって。というかあんな事態を想定してないんで無理ですよ」


 ――確かに。失礼しました。そうして夜明けまで話し続けた訳ですね?


「あー、もう一つありましたね。二時間位が経過した頃、だったかな。玄関の扉を誰かが叩いたんですよ。最初は籠さんかなって思って、だけど直ぐに違うって思いました」


 ――それは何故です?


「扉を叩く音がやけに大きかったんです。衝撃も凄く大きくて、壊れるんじゃないかって思いました。しかも、音の数もドンドンと増えてくんです。最終的には窓や裏口の扉まで叩かれていたと思います。もしかしたら親父から聞いた、遺体を攫う鬼かもしれないって。普段なら信用しないんですけど、動くはずのない伊織を見ているので流石に怖くなって。それに彼女、心なしか震えていたんです。顔も声も露骨に暗くて、気が付けば隣に座る俺にしだれかかって来ました。身体は相変わらずとても冷たくて、だけど震えていたのでそのまま夜が明けるまでジッと抱きしめてました」


 ――正体は分からなかったんですね?


「探る余裕なんて無かったですよ。一度、うるせぇ黙れって叫んで。その瞬間だけピタッと音が止んだので、確実に何かいるなってのは分かったんですけど」


 ――音が完全に止んだのは何時頃ですか?


「夜明け位、かな。遠くで鶏が鳴いた辺りで音が消えました。時間は、ちょっと曖昧です」


 ――その後は?


「空が明るくなり始めた辺りで、彼女が言い出したんです。『私が歩いていたら変だよね』って。そうやって、ちょっと照れ笑いしながら伊織は布団に戻っていきました。俺は、何も言えませんでした。彼女も何も言わなくて。でも暫くしたら、布団から白い手が伸びて来ました。彼女の手でした。多分そうして欲しいんだろうなって握り返したら、彼女は満面の笑みを浮かべてくれました。でも、何処か泣きそうでした。死んでるから涙は出なかったんだろうけど、だけど本当は泣きたかったんだと思います」


 ――彼女は最後になんと?


「ずっと言いたかった事があるって前置きの上で、好きだったって告白されて。だけどもうお別れだね、ホントはもっと一緒にいたかった、話したい事がいっぱいあった、まだ全然足りないって。震える声で、そんな風に捲し立てられました。俺は、何やってたんだろうって。気持ちには気付いてたんです。だけど時間は沢山あるから、だからもう少し頑張って、彼女を養えるくらいになってから迎えに行こうって。だけど間違ってた。不幸は、突然来る。言い終わった彼女はゆっくり目を閉じて、それっきり動きませんでした。声を掛けても、手を握り返しても、もう動きませんでした。死体だから動く訳ないって、そんな当たり前の考えはもう頭にありませんでした。俺は、もう動かない彼女の耳にそっと本心を囁きました。俺も好きだって。だけど、死体に戻った彼女は何も言いませんでした。俺はそのまま彼女の家を出て、葬式に出て、彼女を最後まで見送って、それから戻ってきました」


 ――そうですか。宜しければその後についてもお伺いしても良いでしょうか?例えば、何か変わったことはありましたか?

 

「いいえ。特に何も。家に戻って暫くは塞ぎ込んでましたけど、でも元気出してって勇気づけられて、今は何とか生きてるって感じです」


 ――そうですか、長々とありがとうございます

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