(エッセイ) ドイツ帝国議会での「サムライ」発言について

宮﨑

ドイツ帝国議会での「サムライ」発言について

 サムライ、って何だろう。

 改めて考えてみると、なかなかに難しい。「ブシ」との違いもよくわからない。

広義ではおそらく、封建的主従関係を結んだ武人ということになるのだろうか。とはいえ、時にその精神性も重要視される。特に現代の創作物ではそうだ。(「ゴースト・ドッグ」は立派なサムライだった)。名誉と忠義、礼儀を重んじる、「食わねど高楊枝」な生き様のことをサムライと呼ぶことが多いように思う。

 そして、どうやら第一次世界大戦のころのドイツにも、似たような認識があったようなのだ。帝国議会(ライヒスターク)の議事録を読んで、とある調べものをしていたときのこと、ふとこの七文字が目についた。Samurai——ドイツ語の発音ではザムライ、だろうか。1916年1月15日に中央党のペーター・シュパンが確かに、「サムライ」と発言しているのだ。全文を引用しておこう。


Die Japaner sahen zu, und ihre Kritik ging dahin: So handelt kein Samurai!


(Verhandlungen des Reichstages, Stenographische Berichte, XIII. Legislaturperiode. II. Session., Bd. 306, Berlin, 1916.)


『日本人は非難して言った、「サムライの行いではない」と!』(拙訳)


 まずは、この発言の文脈を確認しよう。1916年の帝国議会で話題にのぼるのは、もっぱら戦争に関する事柄なのだが、そのなかでも特に争点になったのが、「潜水艦戦U-Boot Krieg」の是非だった。ドイツ海軍は1915年に積極的な潜水艦作戦を展開したが、ルシタニア号事件が起きたことで、潜水艦作戦は一時的に中止された。しかし、戦局の打開を図るため、積極的な潜水艦作戦の再開が軍や議会から強く要望されるようになっていた。その際に強調されたのが、イギリス海軍の悪辣さだった。機雷等による北海封鎖、バラロン号事件(ドイツ海軍のUボートをイギリスの巡洋艦バラロンにより拿捕され乗員が殺害された)など、イギリスは卑怯で残忍な手法でドイツを攻撃している。それゆえ、ドイツが潜水艦戦を展開するのは許されると主張されたわけだ。

 このような状況で、シュパンのこの発言は登場する。フォークランド沖海戦(青島から本国に回航中のドイツ東洋艦隊がフォークランド諸島付近でイギリス海軍に撃破された)を例に出し、その際のイギリス海軍の振る舞いは、敵国であるドイツだけではなくて同盟国である日本にさえ批判されるほどの非道だった、というレトリックに用いられた。

 なるほど、つまりここにおける「サムライ」とはイギリス海軍の「卑怯」や「残忍」とは対置されているのだろう。まさしくヨーロッパの騎士道精神的な、高潔や名誉の象徴として表現されている。ここで面白いのは、「サムライ」の意味が1916年のドイツ帝国議会で、さらにいえば当時のドイツ社会で一定の理解があったかもしれない、と推察できることだ。シュパンが日本文化マニアなだけで、他の議員は何のことかまったく分からなかった、ということもないだろう。議会で使用される政治的レトリックは、他の議員だけでなく、世論にも伝わるものである必要があるからだ(当時の議事録はすぐに新聞記事となった)。しかも、発言者のシュパンは中央党の所属だ。当時の中央党はドイツ社会民主党に次ぐ第二党であり、政治的には中道保守の立場をとっていた。当然、発言にも相応の責任が伴っていただろう。にもかかわらず、「サムライ」発言があったと考えると意味合いは深いように思える。

 このわずか1年後、ドイツは悪名高き無制限潜水艦作戦を発動する。民間人を無制限に巻き込む暴力、第一次世界大戦に通底するこの現象は、おおよそシュパンが表現したサムライの振る舞いとは言えない。しかし、「サムライ」はただ高潔な精神の体現者というわけではない。時に歴史上の「侍」の振る舞いは無制限に暴力的だったろう。それを考えると、「サムライ」の振る舞いとは何なのか? 途端にわからなくなる。

 サムライ、って何だろう、という問いに回帰したところで、本稿を終わることにしよう。



 




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