初夏、邂逅、日昇〜少女と古神〜

 その日は、とても晴れていた。

 カラカラと風車は周り、蝉は姦しく鳴いていた。

 畑の沿道に植えられた向日葵が燦々と輝く太陽と澄んだ青空の下で破顔一笑している。


「ヒマリぃ〜あんまり遠くへ行っちゃダメよ」

「はーい!!」

 大きな返事と共に、草原を走り回る少女。

 キャッキャとはしゃぐ少女は、ビルやアスファルトばかりの日常とは大きくかけ離れた世界に心躍らせていた。


 真夏、コントラストの強い色彩が少女を未知の冒険へと向かわせる。

 奥へ、奥へ、少女の好奇心は尽きぬ事なく、歩き続けていく。

 青い空はやがて、緑の樹海へと変わっていく。


 疲れ始めて、我に返った少女は山の中を見廻して、呟いた。

「ここ、どこ……?」


 どこを歩いても山、山、山……

 緑ばかりの光景に、少女は帰り道を見つけられなかった。

「おかぁさーん!!おとぉさーん!!」


 声を上げても、聞こえるのはこだまだけ。

 どこを見ても、誰もいなくて。


「あっ」

 石に躓いてしまい、斜面を転がる少女。

「う、うぅっ……」

 特に大きな怪我は無かったが、我慢の限界であった。

「うわぁぁぁぁぁん!!!!おかぁさぁん、どこぉぉぉぉ!!」


 泥だらけで泣きじゃくる少女。

 そんな時、彼女の足元に何かが転がってぶつかった。

 コツンと小さな衝撃に少女は泣き止む。


「……え?」


 視線を下ろした先には古びた巻物があった。

『泣くなよ。せっかくのかわいい顔が台無しになる』

 喋った。巻物が喋った。

 しかし少女はその奇妙な現実に臆する事なく、巻物に話しかけた。


「あなたは、だぁれ?」

『俺は……あー、そうだな。神様だ』

「かみ、さま?」

『そう。そんでお前は俺を見つけてくれたって事で巫女だ』

「みこ……?」

『そう、巫女だ』


 そう言った巻物は自らを少女の目の前まで浮き上がらせる。

 するすると、自らに巻きついていた紐が勝手に緩んでほどけると、巻物は徐々に開いて紙面を輝かせていく。


 光が止まった時、そこには巻物ではなく小さな熊のぬいぐるみが浮かんでいた。

 白装束を着た熊のぬいぐるみが。


「…ようせいさん?」

「妖精じゃねえよ。オレは神なんだが、人の姿だとどうしても怪しい雰囲気になっちまうだろうから。この姿に……」


 そこまで行って彼は少女がポカンとどこ下記の抜けた表情になっていることに気づく。

「……まあそんなことはどうでも良くてだな。とにかく道に迷っているんだろ?」


 迷子になっていることを思い出した少女はコクリと小さく頷いた。

「安心しろ。俺はお前を悲しませたりなんかしない」


 そして、熊のぬいぐるみは小さな布地の手を少女に向ける。

「?」

 頭をかしげる少女。

「オレに掴まれ。帰りたいんだろ?」

 ぬいぐるみの言葉に、少女は大きく頷いて小さな手を握る。


「よし、ぞ!!!!」

「え、うわあああああああああああ!!!!」


 木々の枝を掻き分けて上昇していく。

 

 光を目指した先にあったのは青い空。


「ほ、ほんとうにとんでるの!?」

「しっかり捕まってくれよ!!俺だって落としたくはないからな!!」


 下に広がる緑の景色。

 蝉の音が、一気に突き抜ける


「お前の家は!?」

「えっと……あ、あそこ!!」


 少女の指先には広い大きな屋敷のような家。


「あそこで良いんだな!!」

「うん!!」

 ぬいぐるみは、ゆっくりと降下して家の玄関の前へと着地する。


「ここで、良いんだろ?」

「うん!ありがとうクマさん!!」

 

 すると、玄関からパタパタと足音がして戸が開かれる。

 そこには少女の母親らしき女性がいた。


「ヒマリ!!どこへ行ってたのよ!!ずっと探してたのよ!!」

「ごめんなさい……」

「良いのよ。あなたが無事で良かった」

「クマさんのおかげだよ」

「クマさん……?」


 怪訝な表情を浮かべる母親に少女は後ろを振り返る。

「ほら!!そこに……」


 だが、そこには何もいない。

 母親はくすりと微笑んで

「妖精さんが助けてくれたのね」

 そう言って、少女を連れて家の中へと入る。


「……ハァ。なんとか戻ってくれたようだな」

 上空でその家を見守るように浮かぶ熊のぬいぐるみ。

「しかし、ここまで来ると厄介になるな」

 この森は神隠しの森として少女が入っていく。

「全部、俺のせいなんだけどな」

 ぬいぐるみは身体を光らせて、青年へと姿を変えていく。

「まさか、俺の力が強すぎて人間を引き込んじまうとな」


 天翳日喰神あまかげるひぐらいのかみ、カゲル。

 齢1万年を超えても尚、その神力は健在。


「昔はそんな事なかったが、やっぱりアイツの影響か……」

 遠い目で、かつての相棒であった巫女を思い出す。


 すると。

 下の家の戸がガラリと開かれる。


 中から現れたのはあの少女だった。


「くまさーん!!ありがとー!!」

 

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落ちぶれ巫女とタタリガミ 〜日没譚〜 恥目司 @hajimetsukasa

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