第53話 言葉遊び



 月下村がっかそんの村長――スミヤの家に招かれた俺達は、まず今回の依頼内容の確認からすることにした。

 あのデウスマキナのことは気になるが、本題はあくまでも依頼なのだから、そこは違えるべきではない。



「この依頼が最初に発行されたのは2年以上前みたいだけど、大型生物が現れ始めたのもそのくらいってことであってる?」


「ええ、最初に目撃されたのが2年半ほど前です」



 調査依頼の類は、基本的に最大で半年という期間が設けられている。

 無制限にすると開拓者を長期拘束することとなり、色々な面でデメリットが発生するからだ。

 中でも一番大きい理由は、やはり金銭面の問題だろう。

 これは、開拓者が厳密には仕事として扱われていないことが大きく関わってきている。


 よくよく考えてみればわかることだが、仕事として扱われないということは開業できないということであり、個人事業主と認められないということだ。

 つまり、備品購入やその他諸々もろもろの出費を経費として計上できないのである。

 開拓者はあくまでも、活動家や冒険家という扱いにしかならないのだ……


 報酬として金の支払いが行われているのに? と疑問には思うが、そういう扱いにしないと国家間での法律や制限などで問題となるらしい。

 少し複雑な話だが、外国で得た報酬に税をかける場合、貨幣の価値がそれぞれ異なるのでレートがどうとか、何やら難しい課題があるのだとか……

 

 そのため、開拓者の報酬は全て非課税の当選金のような扱いになっている。

 例えは悪いが、屁理屈で性行為を容認させている風俗店のようなイメージだ。


 経費にならない以上、開拓者の活動は基本全て自腹となるため、期間が長ければ長くなるだけ金銭面の負担が増えることになる。

 一応補助金が出る場合もあるが、地域民の依頼や一般企業などの依頼であればせいぜい宿泊施設の貸し出し程度しか期待できない。

 そんな状態で達成の見込みの薄い長期依頼に臨めば、出費と報酬が釣り合わなくなるため依頼として成立しなくなってしまう――というワケだ。


 そんな背景もあって、開拓者ギルドでは依頼側と調整を行い適切な期間設定を行っている。

 その期間設定の最大値が約半年なので、実際は一か月以内に設定されていることがほとんどだ。


 ……ただ、もちろん例外もあり、中には数年単位で期間が設けられている依頼も存在する。

 潤沢な資金提供が可能な国家依頼などがそれに該当するが、そういった依頼は俺達のようなフリーの開拓者には滅多に回ってこないから気にしないでいい――と、この前の飲み会でビルとシャルから説明を受けた。



「……それ以降、年三回依頼が発行されているみたいだけど、これは作物か何かの収穫の時期かしら?」


「ええ、その時期に被害が発生すると、我々のような小規模な村では死活問題となりますので……」



 この村の規模は、恐らく俺の住む小国の田舎町と比べても半分以下程度しかないと思われる。

 基本的には自給自足の生活だろうから、食料の収穫ができなければ文字通り死活問題になりかねない。

 恐らく年三回という数字は、なんとしてでも死守しなければならない時期に設定されているのだと思われる。



「なるほどね。だから、短期契約の依頼になってる――と」


「え、ええ」


「……」



 一瞬。ほんの一瞬だが、スミヤの視線が左下に流れた。

 シャルの声色の変化から察するに恐らく意図的に誘導したのだろうが、これをどう解釈すべきか。


 目は口ほどにものを言うという言葉があるが、視線からは様々な心理状態を読み取ることができる。

 しかし、これは訓練すれば矯正できるものだし、人によって内容も変化するため絶対的な判断基準にはなり得ない。

 ただ、こういった情報は複数重なることで精度の高い判断材料になるため、軽視もできない情報だ。


 スミヤが嘘をついたと捉えるのは安易過ぎるが、少なくとも何らかの逡巡があった可能性は高い。

 正直に答えても問題ないか? くらいの自問があったのではないだろうかと予測する。



「OK! 大体のことはわかった! 依頼については任せて頂戴! ……で、それよりも気になることがあるんだけどいい!?」



 シャルはもう最低限のノルマは達成したと判断したのか、例のデウスマキナ――土蜘蛛についてマシンガンのごとく質問を開始する。

 その圧倒的熱量と圧力により、スミヤのビジネススマイルは哀れなくらいボロボロにされてしまった……





 ◇





 滞在期間中は、駐機場近くにある空き家を借りることになった。

 部屋の手入れはされているようで、ほこりっぽくもなければカビ臭くもなく、正直俺の住む家よりも上等な部屋である。



「……それで、どう思う?」


「どうって?」


「とぼけるな。色々と探りを入れてただろう」


「あ、流石に気付いた?」


「……俺も一応は中間管理職のような立場だったんでな」



 組織の上司、上官というのは、単純に仕事ができれば務まるというワケではない。

 昔はそうでもなかったのかもしれないが、今の時代はリーダーシップは当然として、管理能力、コミュニケーション能力、会話能力など様々な資質が求められる。

 中でも中間管理職は、部下や上司の両方の心理状態を察する必要があるため、観察力を養うことは必須項目だった。



「プッ……! その歳で顔色うかがいが得意とか、マリウスって本当中身老けてるわよね!」


「おい!」



 今のは流石にムッと来たので、思わずツッコんでしまった。

 いや、間違ってはいないのだが、それでも言い方ってものがあるだろう……



「ゴメンゴメン! 悪気はなかったの! ただ、上と下から色々言われてションボリしてるマリウスを想像したら、その、なんだか、面白くって! クッ……、アハハハハハッ!」



 シャルは笑いのツボにはまったのか、ベッドの上で転がりながら笑っている。

 思わず蹴とばしてやろうかと思ったが、ギリギリのところで耐えた。

 ……俺は大人だからな。



「ふぅ~、久しぶりに爆笑したわ」


「……それは何よりだ。で、改めて聞くが、どう思った?」


「そうね~。やっぱり、確実に何か隠してるわね」



 シャルは質問攻めをしている際も、誘導尋問に近い内容の質問をいくつか織り交ぜていた。

 八割くらいは本気で興奮していたように思うが、残りの二割くらいは冷静さを残していたのである。



「でも、流石に村長をやってるだけあってガードは堅かったわね。致命的なボロは出さなかったわ」


「俺の意見も同じだ。ただ、俺はシャルと違って基礎知識が足りないからな。違和感は見抜けても、それが何かまではわからない。できれば解説が欲しい」


「ふふん♪ いいわよ♪」



 シャルは解説大好きっ子なので、こう言えば簡単に誘導することができる。

 実にチョロい――が、本人も自覚したうえで乗っているのだろうから、もし俺に悪意があればあっさり見抜かれるだろう。

 つまりこのやり取りは、俺達にとってお約束の言葉遊びのようなものだ。


 俺はシャルのことをチョロいからといって侮るつもりもないし、シャルも侮られてるなどとは一切思わずお約束を楽しんでいる。

 こういう互いの信頼で成り立つような会話のやり取りは――、正直悪くない。



「さっきの話の続きもあるし、今夜は寝かさないわよ!」


「いや、そこは健康のため寝かせてくれ」



 徹夜明けで森の調査など、絶対に御免だ……


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機神冒険活劇カリュプス プロヴォカーレ ー未開の地を解き明かさんとする開拓者達の物語ー 九傷 @Konokizu2

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