第52話 図鑑に載ってるデウスマキナ



 俺は一目見た瞬間から、このトールという男がデウスマキナのパイロットなのではないかと推察していた。

 それは軍人時代に培われた一種の勘による判断だったが、ある程度観察した結果それはほぼ確信に変わっている。



「で? マリウスは何を見てアイツがデウスマキナのパイロットだって判断したワケ?」



 村長の家に向かう途中、シャルが先行するトールに聞こえよがしに尋ねてくる。

 恐らくその反応を観察する意図があるのだろうが、中々に良い性格だ。



「経験則による勘――と言いたいところだが、いくつか根拠はある。まずは視線だな」



 何となく思ったことを言語化することは本来難しいことが、俺は軍人時代にそういった曖昧な感覚を報告書というカタチで嫌というほど書かされた経験がある。

 部下のまとまりのない話から答えを察する理解力も求められたため、不透明な内容の言語化は慣れていた。

 ……まあ、得意でもないが。



「視線って言うと、やっぱり足元かしら?」


「そうだな」



 普段からデウスマキナに乗っていない人間は、まず全体を見ようとして視線を上にしがちである。

 これは別に悪いことではないが、同じデウスマキナ乗りであればまず足回りに目が行くものだ。

 理由は単純で、デウスマキナの性能比較は足回りでされやすいためである。


 実際に足回りは、デウスマキナにおける最も重要な部分と言っても過言ではない。

 昨今は飛行技術も飛躍的に発達しているが、それでもメインとなるのはやはり地に足を付けた状態である。

 機動力、パワー、頑丈さなど、職業によっても見方は様々だが、そこを見ればそのデウスマキナのある程度のスペックを測ることが可能なのだ。

 そして、そんなことをするのは同じデウスマキナ乗りか、研究家マニアくらいしかいないだろう。



「でも、それだけなら判断基準の一つでしかないわ。実際私だってそれには気付いたけど、確信するほどの根拠にはならなかった」



 シャルの言う通りで、それだけなら「もしかしたら?」程度の予測にしかならない。

 何も考えずに足回りを見る者だっているだろうし、ただのマニアという可能性も十分にある。



「ああ、だからそれに加え、歩幅や手のマメや姿勢なども判断基準になる」



 物事を判断するには、大抵の場合複数の情報が必要だ。

 人の言い分だって、片方から聞いた話だけじゃ何も信用できないし、可能な限り多くの意見を聞く必要がある。

 俺も伊達に中尉をやっていたワケじゃないので、偏った情報で結論は出さないよう常に意識していた。



「へぇ~、歩幅なんかも見てるんだ? 普通の人とデウスマキナ乗りでどう違うの?」


「これはコックピットの作りや生産された年代にもよるが、一般的にデウスマキナ乗りは歩幅が普通より狭まる傾向がある」



 デウスマキナの動きと操縦者の動きは連動していないが、連動させる場面は多々ある。

 これは操縦桿での動作にはどうしても限界があることと、より繊細な動作が必要な場合、自分自身の感覚が一番頼りになるためだ。


 デウスマキナには、操縦者の感覚とデウスマキナの動作を同期させる仕組みがある。

 これも神がもたらした技術の一つであり、非常に便利な機能ではあるのだが、一長一短な部分もある。

 というのも、現実の体の感覚でデウスマキナを動かせば、場合によっては大惨事となるからだ。


 考えてみれば当たり前のことだが、同じ感覚で動作するといっても、実際にはデウスマキナと人間では体長や重量に大きな差がある。

 その体格差で同じ動作ができるというのは素晴らしい技術だが、当然必要エネルギーは違うし、発生する運動エネルギーも桁違いとなる。

 ただの小走りだとしても地面は酷い状態になるし、巻き込まれれば普通の生物ならペシャンコだ。

 そのため、感覚を同期させる場合はより繊細な動作が求められることになる。



「まあ確かに、こんな場所でデウスマキナを動かしてるなら感覚同期多めになるだろうけど、そんなに影響出るものかしら?」


「……シャルの場合は実際に影響が少ないからピンとこないんだろう」


「なんでよ?」


「……他意はないから怒るなよ? まず、純粋にシャルが小柄というのが理由の一つだ」



 目測のため正確な数値はわからないが、シャルの身長は恐らく140センチ程度しかない。

 これは平均的なデウスマキナ乗りの身長を大きく下回っている。

 俺との身長差であれば40センチ以上もあるので、歩幅や動作感覚には大きな差があるハズだ。



「あ~、そういうこと? 別に怒らないわよ? 事実だし。そもそも歩幅の影響があるのは、設計段階で認識してるもの」



 人間であろうとデウスマキナであろうと、歩幅が違えば一度に進む距離――つまり結果が変わってくる。


 デウスマキナの感覚同期は厳密にいえば自身へのフィードバックがないため、一方的に同期をかけてるような状態だ。

 触覚や痛覚、負荷などはないため違和感が発生することはないが、足の長さが異なるのだから移動距離は当然生身より大きいし、発生するエネルギーについては数倍から数十倍まで膨れ上がる。

 感覚同期は自らの身体を動かすように操作できることが最大のメリットだが、環境破壊や事故を避けるためには微調整が必須となるのだ。


 ただ、シャルの場合は元々の歩幅が小さいため、他のデウスマキナ乗りが実際の歩幅よりも小さめに歩いていても気づきにくいうえに、自身の歩幅調整もあまり必要ないのだと思われる。



「ということは、コックピットも特別仕様なのか?」


「当然! 【シャトー】は外見、素材、パーツ、内装まで全て私がプロデュースした完全オーダーメイドのデウスマキナよ! コックピットも全て私に合わせて設計されてるわ!」



 それはつまり、自分の体格にあわせてしっかりと調整がされているということだ。

 であれば、デウスマキナの操縦により変な癖が付きにくくなっていたとしても不思議ではない。



 シャルが豪語する通り、【シャトー】は既存のメーカーが製造するどの型番にも属さない特殊なデウスマキナだ。

 こういったオーダーメイドのデウスマキナは非常に珍しく、なんと図鑑にも掲載されているらしい。

 それはつまり、業界レベルでオリジナルの製品として認められているということを意味する。


 世の中にはメーカー製のデウスマキナに改造を施す、所謂いわゆるモディファイ仕様のデウスマキナは無数に存在しており、それらも区分としてはオーダーメイドとして扱われるが、それはあくまでもオリジナル製品の亜種に過ぎない。

 それに対し【シャトー】は元となる製品がないため、メーカー製造のデウスマキナと同じオリジナル製品扱いとなる。


 こういったオリジナルのデウスマキナは王族専用機だとかには見られがちだが、貴族とはいえ個人所有しているという例は聞いたことがない。

 無論秘密裏に製造されている可能性は否定できないが、少なくとも俺の知る限りでは帝国軍にも存在しなかった。

 シャルが言うには、公式に登録されているオリジナル機体としては歴代で5機目なのだそうだ。

 ……一体いくらかかったのやら、本当に恐ろしいことである。


 そして、だからこそシャルは、あのデウスマキナを見て興奮を隠せなかったのかもしれない。



(……【土蜘蛛】、か)



 この月下村がっかそんの防人と呼ばれるデウスマキナ――、その名を【土蜘蛛】というらしい。

 果たしてアレはオーダーメイドのデウスマキナなのか、それとも……



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