第51話 月下村
この森――アルトゥム・サルトには複数の部族が暮らしており、その全容は国ですらも把握しきれていないらしい。
近年は外の世界とも積極的に交流する部族が増えているが、中には未だ蛮族のような生活をしている部族もあるようで接触すら困難なのだそうだ。
そういった部族は独自の言語体系なことも多く、同じ森に住む他の部族でも意思疎通ができないのだとか……
「ようこそいらっしゃいました、開拓者様方」
東方の島国に見られる和装――を着崩したような装束は恐らく彼らの民族衣装なのだろうが、自然に近しい少数部族の衣装としては珍しいように思う。
もしかしたらそういった地域と何か関係があるのかもしれないが、俺には知識がないため理由はわからない。
ただ、この村の周囲は日光を遮らないよう環境が整えられているが、アルトゥム・サルト自体が日照不足で全体的に気温が低めだ。
肌の露出が少なめな衣装も、色素の薄い肌の色も、そういった環境の影響を受けていることは間違いないだろう。
「初めまして! 私はBランク開拓者のシャルロットよ。こっちは私の相棒のマリウス。よろしくね!」
差し出された手を見て、老父が驚いたように目を見開く。
老父の視線は俺に向いていたし、恐らく俺がチームの代表とでも思っていたのだろう。
人を見た目で判断すると痛い目に遭うぞ――と言いたいところだが、こればかりは仕方がない。
誰だって、大人と子どもが並んでいたら大人の方が代表だと思うからな。
俺も軍人時代に経験があるからよくわかる。
「これは失礼しました。まさか、お嬢さんのような可愛らしい女性が代表者だとは思わず……」
「いいのよ! よく言われるから!」
実際よく勘違いされるのだが、可愛らしいという言葉に加え「女性」と言われたのに気をよくしたのか、いつものように過剰な反応はしなかった。
もし狙ったのであれば、中々世渡りのうまい老父である。
シャルのタメ口にも気にした様子はないが、これは単純に子どもだと思われているだけという可能性もあるため判断が難しいところだ。
「改めて、ようこそいらっしゃいました、開拓者様方。私はこの村――
スミヤと名乗った老父は差し出されたままとなっていたシャルの手を握り、
そうするとシャルよりも頭が低い位置になるので、滅多に見れない中々不思議な光景だ。
「早速ですが、我が家に案内いたします」
「あ、ちょっと待って! デウスマキナを駐機させたいんだけど、場所はあるかしら?」
「それでしたら、駐機場に空きがありますので、そちらをお使いください。トール! お二人を駐機場へご案内してくれ!」
「了解しました~。それじゃあお二方、案内しますので僕についてきていただけますか~?」
スミヤが振り返って声をかけると、すぐ後ろで待機していた糸目の青年が少し気の抜けた感じで返事をする。
トールと呼ばれた青年はシャルやスミヤに背丈が近く、顔もかなり若く見えるが……、何故か不思議と年寄りのような雰囲気を漂わせていた。
育ちの問題なのか、それとも本人の資質なのか……
少々失礼かもしれないが、軍人時代の俺であればそのコツを聞いていたかもしれない。
◇
トールの案内で駐機場に到着すると、そこには見覚えのないデウスマキナが一機だけ駐機されていた。
『ほう……』
「【パンドラ】?」
『いえ、中々に興味深いデウスマキナでしたので』
【パンドラ】は現代のデウスマキナにはほとんど興味を示さないため、こういった反応は非常に珍しい。
「【パンドラ】が反応するということは、まさか神代のデウスマキナか?」
『それはあり得ません。もしそうであれば、この森に入る前から気付いていたでしょうから』
「……」
【パンドラ】は、知覚領域内に存在するデウスマキナ――厳密に言えばそのエーテルを感知できる。
それはエーテルの生成量が少ない現代のデウスマキナであっても例外ではないらしいが、神代のデウスマキナであればほぼ確実に認識できるのだそうだ。
レーダーのような精度はないようだが、ルーキーズカップで挑んだ『サンドストームマウンテン』でも入る前から感知はしていたようだし、知覚領域自体もそれなりの広さがあるのだろう。
だからこそ「あり得ない」と【パンドラ】は判断したのだろうが、果たして本当にそれを信用していいものやら……
最近になって知ったことだが、【パンドラ】は意外とポンコツ――は言い過ぎか。
厳密に言えば融通が利かないせいか、妙に抜けているところがあるのだ。
AIなのだから当然と言えば当然なのだが、そんなところにまで人間味を発揮しないでも……と思ってしまう。
『なんでしょう? マリウス、言いたいことがあるのであればハッキリと言ってください』
「いや……、ただ、それなら何故反応したか気になっただけだ」
『それは――』
『待って! 私が当てるわ! ズバリ、素材でしょ!?』
俺と【パンドラの】会話の間に、やや興奮気味のシャルが割り込んでくる。
今さらシャルに隠し事をする気はないので専用回線は繋ぎっぱなしだったが、シャルはデウスマキナの話題になると一般人がドン引きするほど饒舌になるため、事前に通信を切っておくべきだったかもしれない。
『その通りです。あのデウスマキナには、恐らく神代のデウスマキナに使用されていたパーツが利用されています。それも、【シャトー】の
「ほう」
シャルのデウスマキナである【シャトー】にも、いくつか出所不明の神造素材が使われているらしい。
しかし、ほとんどが原型を留めておらず、【パンドラ】にもどのデウスマキナのパーツを利用しているかわからないのだそうだ。
『キビシス』に取り込んで解析すればわかるだろうが、シャルの断りもなしにやるようなことではないし、知ったところで何ができるワケでもないので追及もしていない。
駐機が完了し乗降装置で外に出ると、先行して駐機を終えていたシャルがトールに詰め寄っていた。
「ねえ! このデウスマキナは何なの!?」
「えぇっ!? な、何と言われても、この村の
「防人……、やっぱりこの村って、東方と何か関係あるの?」
「えっと、はい、多分……?」
「何? もしかして何か言えないような事情でもあるの?」
「いや、そうじゃなくてですね、ずっと昔の話なので、僕はあまり詳しくないというか――」
「じゃあ、それはいいわ。そんなことより、このデウスマキナよ! 一体どんな性能なのか! 誰が作ったのか! パーツはどうやって入手したのか! 全部教えなさい!」
「む、無理ですよ!? 僕、このデウスマキナのこと、全然知らないですから!」
「それは嘘よ! だってアンタ、このデウスマキナのパイロットでしょ!?」
「ち、違いますよ! 僕はパイロットなんかじゃないです!」
「そんなワケな――ったぁ!? い、痛いじゃない!? 何するのよマリウス!」
興奮気味のシャルの頭に軽く手刀を落とすと、恨みがましい目で睨みつけられた。
しかし、こうなったシャルは物理的衝撃を与えないと止まらないため、致し方なかったのである。
「落ち着けシャル。気持ちはわかるが、今それを問いただすのも、彼に問いただすのも筋違いだろう」
「そうですよ! そんなの僕がわかるワケ――」
「いや、俺が筋違いと言っているのは知識に関しての話じゃない。俺も、アンタがこのデウスマキナのパイロットだということはほぼ確信しているからな」
「っ!」
一瞬、これまで全く覇気を感じさせなかったトールの薄い目が僅かに開かれる。
……やはりこの男、中々に曲者のようだ。
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