第4話
御石は船に揺られていた。
勇気の初出航ではあったが、別に沢山荷物を積んだ彼専用の船が必要なほどではない。現代と比べれば古臭いのもいいところの客船で、隣国フィフまで行こうとしているのだから。
実のところ、彼の荷物はそんなに多くはなかった。
商売をするための頑丈なキャリーケースの上にリュックといういかにも旅行者に等しい姿になっていた。この中世みたいな世界にキャリーケースなんて存在するのか、と思っていたがどうやらこれは王として平安の世を30年も生きてきたラクシュリーがメイオールの民たちに広めたことによって流行。もともとあったリュックと合わせるスタイルは評判良く、結果旅行をする人間はキャリーケースを引いているものもいる。
ラクシュリーは、あの後の一夜で色々彼のために用意した。
異世界人であることは目を引く、何より召喚の最初の成功事例であることも手伝って他国でもしそれを大っぴらにした場合、どういう扱いを受けるかわからない。戦争中の国に行けば、異世界の人間だと喜んでも武力として使えなければその不満の発散で処刑される危険あり。
そう判断したラクシュリーは彼の身分を偽るために、自分の権限でメイオール国の商人という住民証を与えて、家も与えて、ついでに服とかも用意した。あまり見窄らしい格好をさせると別問題が発生するため、売れている商人を醸し出すべく、貴族ほどではないがほぼビジネスカジュアルに等しい服装を提供。
そのほかには商売に必要なメモ帳や財布、ほかには物品を検査するための一式や薬などしばらくは困らないようにするための消耗品とかも買ってはリュックにパッキングをして御石に渡した。
キャリーケースは、玉座の前にて出した魔導書の原本をのべ30冊ほど綺麗に入れて閉じた。ケースそのものは風の魔石かなにか入っているのか、船がもし沈没しても守られるようになっている。
そうして一夜にして仕事がうまく行っている平民という貴族よりも自由で財産という人生であればチートに近い始まり方をした彼は、港町近くで買った本を読んでいた。
「へえ、やっぱり僕の世界と同じように日本や中国みたいなところもあるのか」
これだけの地位を確立してはいたが、実のところ名前はそのままだった。
確かにヨーロッパ風の国が半数を占めて入るのだが、そのうちにはアジア系の国が入っている。
日本と同じ名前や人種が占めるのが、
その国の名付け方は日本と一緒、そしてメイオールは人種問わず様々な国がいるので、御石はメイオール国の緑桜人である。という立ち位置だ。なんらおかしくもない。
で、御石はなんの本を読んでいたか。
「ふむふむ、末尾の地図を見るとわかりやすいな。こうやって別れて……メイオール広い、一個だけでざっくり25%くらい占めてない?」
この大陸で国が出来上がった後に、有志が歩き回って手に入れた地図だった。そしてここに、この大陸全ての国のことが書かれている。それを順番に、御石は読み進めた。
「一つ目、メイオール」
これはラクシュリーが率いる国であり、御石が呼ばれた国でもある。まだこの土地と今いる海以外は見たことはないが、この国が名もなき大陸最大の国であり、英雄が王として君臨する最大の文化があるところ。土地も広く、発展するに一番適した土地であった。
彼が呼ばれまた一泊したメイオール城の城下町こそ大陸でいちばんの都市と言っても差し支えないだろう。人々が居を構え、様々なことをしながら発展しやすい。英雄の下、ともあればその信心がモチベーションにつながり30年とは思えぬ成長ぶりを見せた。
「二つ目が……フィフか」
地図や説明にもあった通り、陸路は全て険しい山脈に包まれており、人々が過ごすのは大半が海に面したところという陸路では不便この上ない国だ。おまけに、魔術の制限があり土地の掘削もまた魔力が急速に弱まる現象に直結するため穀物や農作物は輸入物に大きく頼っている。
魔術の使用制限が掛けられているものの、それでも魔術の国とするのはフィフの国で使う魔術は他の土地のものと比べ非常に質が高いのが理由。フィフかそれ以外かで魔法を使った時、その魔力の消費効率は圧倒的にフィフの方が良いからだ。また、四つの学閥によって魔力の研究をすることで、埋立地を増やすことにより領土拡大を狙う政策を取ろうとしているようだ。
このフィフの今。大陸魔導戦争以降に起こった発展の行為による急速な魔力現象や土地の異変を解決するのが今回の彼の仕事だ。
「んで三つ目が……
劉貫。
彼の言った通り現実世界の中国に似た世界。魔道よりも武術に優れた者たちが多く、その戦いぶりや戦術・戦略の洗練度は兵士の数を前提としたメイオールと比べれば優れている。それほど、戦争においては間違いなく強いと称される国だ。
反面、戦争の権謀術数は広く知れ渡られてはならない上に、それを抜かした場合富国強兵という政策はメイオールと同じでありながら、大きい人の動きがないので国家間の経済に参加できるだけの特産品などはないに等しい。言い換えれば、平和な時代の武器がない。
最近ではそれゆえに他の国に侵攻し物資を奪おうとしていると、本には書かれてあった。
『国に蓄えはあり、その戦略と武芸がメイオールに劣ることはないだろう、自国で戦えば勝ることも容易い。だが、民の視点で見れば商売面では特筆して売れるものはなく生きていくための基本のものしか売っていないため平時は酷く脆弱である。これに色をつけ経済を支える文官の数が圧倒的に不足している』
と、その弱点を飾り気もなく記されている。
いずれこの国にも赴くだろうか、そしたら戦うことを前提とした好戦的な民族相手にいい商売ができるかどうか。そう言った不安がよぎっていた。
だが、まずは目の前の国の改革からだ。沿岸を遠くから囲むような航行をしている船からの景色は、やはりまだメイオール領であると主張するような、なだらかな土地に風車がこっちに色めいている。
「お客様」
「ん?」
少し本を閉じて潮風に呆けてようと思っていた御石は、船員の女性に声をかけられていた。男の船員と同じでボディのラインが出ていて、海兵服に近い衣装。プロポーションが良かったが為、つい彼女のことを見つめてしまった。
船員の女性は、急に話しかけられて固まったと思い、御石に対してゆっくりと、笑顔で要件を話す。
「……他のお客様は紅茶や珈琲を所望してお飲みになっています。貴方様だけ、何も言ってなかったのですから少し不安になりまして」
メイオールは技術発展が目覚ましい。
発展により細分化した技術とそれによる第二・第三産業の多岐化と振興が目覚ましく行われていた。
もちろん運送業もそのその例に漏れる事はない。人々を運ぶ、その際に払った金額によって多種多様なオプションをつけたりすることでリピーター獲得を狙う商売が盛んである。
ただ、機械というものがないためその記録・管理には莫大な労力が掛かったままなのも事実だった。ゆえに、共有する手段もなく、時間もない。現在は船の階層ごとにチケットの種類で客が入れるエリアを指定することで把握する手間を省く形となっている。
そして、今回御石のチケットはランクB。広いところで解放されつつ、飲み物は無料で頼めるものだった。飲み物は旅の必需品であり楽しみの一つ。他の客はあらかじめ船員にそれを見せて飲み物のサービスをしてもらっていた上、それが当たり前だ。卑しいやつでも先に見せびらかして飲み、ビールなどをおかわりするのだ。そうでなくても、基本はすぐに飲み物を注文して船旅の友とする。
この動きを船員は常識だと考えている。つまり、飲み物を頼んでいない時点で彼がキセルをしてないかどうか若干疑っていた。
無論ラクシュリーが御石の名義で買ったチケットはしっかりランクBのもの。ちゃんとした値段を払ってここに入っているのだが……船旅なんて初めての彼は、国を跨ぐことなんて当たり前の人間たちが求めていたものを全く知らず、知らないからこそ求めないでただ座っていた。それが異様な光景だからこそ、こうして声をかけられたのである。
彼としても話しかけられた以上無碍にするような事は避けたい、なので飲み物を頼むことに。
「そうなんだ。ごめん、僕メイオールから出たことなかったからこういう船の楽しみ方は素人同然なんだ。では、紅茶でも貰おうか。お金は?」
「船の乗船券はございますか?」
ラクシュリーが自分の名義で買ってきた船のチケットを渡す。すると、船員は彼にチケットを返して言った。
「このチケットであれば飲み物は無料ですよ」
「では紅茶をお願い。船で本を読んでる愚か者の僕に、酔わないようなものがいいな。そうだね……レモンティーってお願いできる?」
「了解いたしました。すぐ」
船員はすぐそこにあったカウンターから紅茶を持ってきた。レモンティーの香りが広がり、船から海や大地へとほのかに滲む。
「どうぞ。レモンティーです」
「ありがとうございます」
そうして別れた後、御石はレモンティーに口をつけた。
すごく爽やかな酸味と風味が、口と鼻腔に染み込む。全体的に果汁が効いているのか、思ったよりもレモンの味が強い。それゆえに水分としての主張が強く、一口でカップの半分を飲んでしまう。
「あわわ危ない」
美味しいものに品性を失いかけた舌を抑えるべくして一度カップを口から離す御石。
異世界だからという下駄はあるのだろうがそれにしたって美味しすぎてどうも飲んだ後味が爽やかでありながら消えない。脳髄が気管に反芻する。
「……美味しいなあ」
紅茶の横の本に手を置いて、外を見る。
大陸の方は、メイオールの土地は通り過ぎていた。海の方からわかるほどの断崖絶壁、険しすぎるほどの刺々しい、それでありながら鮮やかな山脈が窓の外を覆っている。
(そっか。ここからが魔術の国のフィフなのか)
御石は、国を跨ぐという初めての経験。日本から出たこともない男の、初めての国境越えなのだ。このような感想を抱き、外の景色に釘付けになるには十分だった。
(ラクシュリー王が言ってた通り、険しい山脈に囲まれた国。確かにここを陸路で攻めるなんて無茶だよね、海側から見てるから登れないのは当たり前なんだけど、こんな急な山登ろうなんて普通思わないよ)
また紅茶に口に含んでは、そのまま山脈を見続ける。
魔術の国、というに相応しい光景は、その断面からすでに現れ始めていた。
男装には並ぶことなく、全てが不規則な宝石みたいなものが露出している。わかりやすく雷を軽く打ち、風を放って、水を流すなど好き勝手にやっている。これらはおそらく魔石だろう、大量に山の肌に出ているのだ。
「いやあ、やはりいつ見てもフィフの国に入るとこの山肌の魔石たちに感動させられますな。運送業をやってて、一番の楽しみはこの航路ですよ」
「航路に生きがいを見出すとは稀有な生き方しておられますね」
「移動することが仕事では、どうも見飽きますからな。道に変化がなければそこらで寝てしまいそうなほど暇なのですよ」
そんな会話が奥から聞こえてくる。運送業関連の責任者同士の談笑なのだろう、片方が襞襟の貴族服の男性、もう片方が軽いドレスを着た女性。まさしく中世のデート、と言える姿だった。
自分にもあんな感じでナチュラルに話し合える人がいればな、と羨ましくなってしまったが、それを紛らわすための酸味が強いレモンティーなのだ。彼は、もうカップの二割も残っていなかったそれを一気に飲み干す。
「ご乗船の皆様、お知らせで〜す!」
船の先頭から、今度はかなり元気いっぱいの船員の女性が手を振って何かの知らせを叫ぶ。
「そろそろフィフ港に到着しますー!お客様はそろそろお荷物を纏めて、下船準備をお願いしまーす!」
外を見ていると、山の高さは国境に比べて低くなっていた。そして、低くなった先には_______
「すっごい……!」
目を見張るほど広く、人も多く、それでいて海の方にも船をはじめとして交通の行き来が盛んな街が景色としてやってきた。事実漁船の数は、客船よりも多く、かつ板や綱で繋がっていたりなど、異世界というより中世らしいノスタルジックな海を醸し出す。街の方も教会があたり、その奥に大きな城がある。まさしく海に面した国、そういった風景。
船上から見ているだけに今は静止画に等しいが、港に接岸すればそこが初めての仕事の場であり、自らの意思でやってきた外国、となるフィフの大地となるわけだ。
船は段々と速度を落とし、港に停泊すべく動き始めている。彼は本をリュックに戻し、キャリーケースを持って立った。
魔術の国フィフに、御石はやってきたのである。
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