第2話 最初の企み

 フィフはラクシュリーの言う通り、魔術の国であった。


 しかし、その魔術の源である魔力の使用が大幅に制限されている。魔石の採掘が制限されていて、また魔力も使用量が1日ごとに決まっていた。


「フィフは地図を見てれば分かる通り、都市や街が全体的に海岸沿いで、あとは大きな山脈が囲んでいる。その山脈にも細々とした集落はあるものの少ないだろう、全体的に人が住める地域がない」

「本当だ。でもそれだけ資源があるんだったら、使いまくっても問題ないはずなんだけどな」

「それが使えない」


 なんで?という疑問を持った御石は、ラクシュリーに聞いた。


「土地が少ないゆえに新しい構造物が建てられない、という制約は確かにある。だが、それよりも土地そのものが厄介なんだ。歴史的には人々が生活圏を広げていくのと同時に、魔力や魔石が急激に弱まっていくという制約がついている」

「ええ?そんな、そんなことあります?」

「余も理屈などわからん、が結局はその理由で発展が難しいようだ。余とて理屈は知らぬ、それすら知れるような人間なら貴様を呼んだりはしない」

「それは間違いないかも」


 御石が少し恥ずかしそうに笑うと、おいとラクシュリーがツッコミを入れる。


「しかし、困ったことですね。それが解明できなければ、永遠に発展しようがないとは」

「余とて聞いたことのない話だったからな。魔術が一人でも多く使いすぎると、その周辺の土地の魔力ごと大きく減衰して使えなくなるなんて。仮に土地に意思があったとてどう考えてるのか一つも分からん。使われたくないのであれば、土地の力を使いそいつを殺すだけだからな」

「でもそうではなくただ減衰しているだけ。しかも数日で戻ってくる事がほとんどで、他にも異常がない、なかなか不思議な話だなあ」


 どうやったらそうなるのか予想を立ててみるが、分からないと首を振る御石。そもそも隣にいるメイオールの国王ですら、長くこの大陸にいて類を見ない現象であると言っているのだから、来たばっかりの男には分からない話だった。


 しかし、悪い話だけではなかった。フィフの抱えている問題こそ難しいものではあるが、大陸全土で見ればいい条件が揃っている。


 ラクシュリーは、地図を指さして説明した。


「だが、この街は地理の都合他の戦争を起こしている国とは関係なく生活できている。最初に言った通り、そしてここに書かれた通り港町こそ平地だが、陸路で接しているところは全てが険しい山脈に囲まれている。魔力の一件が片付いてなくても、この山脈を抜けて行軍することは非常に難しい上に、メリットも少ない。自然の長城となっている以上、海の方に人員を集中させやすい」

「仮に海の方で戦争に巻き込まれても、そこまで被害を出させないで済むと」

「道こそあれどしっかり整備されてもない、となるなら山脈の方はほぼ悪路。海の方に注力さえすれば鉄壁の守りを誇る。メイオールの技術と辞任でさえ狙うことはないだろうこの国を他の国が狙うとは思えん」


 詰まるところ、この国から計画をスタートさせるのは適切であるとラクシュリーは判断した。その意図はしっかりと、御石にも伝わっている。


「メイオールの隣国である以上は、航路も安全が確保されている。だから身の安全は海の事故さえなければ、ほぼ大丈夫と言っていいだろう」

「産業を邪魔する問題が問題で、少し解決できるか怪しいな」

「……余も原因すら思いつかなかったほどだ。初めてで難しい任務ではあるが、できればこのフィフの問題を解決し、最初の一歩にしてほしい」


 ラクシュリーの顔が、引き受けてくれるかどうかをまだ悩んでいるような顔をしている。


 実際二人の会話の通り、いくら安全地帯とはいえど外聞ではどうあがいても因果関係も何も思いつかない魔力の減衰問題、その概要は今わかることはない。


 しかし、御石は少しだけ嬉しそうに答えた。


「確かにこの国の問題を解決、最初に同盟を結べば仮に戦争が起こっても優位に立てるし、長所も発揮できるようになったらそれだけメイオールの援護も役に立つ。難しい話だけど、やってみますか」

「やってくれるか」


 ありがとう、と素直な言葉をこぼすラクシュリーにどういたしまして、と素直に返す御石。


「では、フィフに対する贈り物、というか商品を考えないといけませんね。とはいえ、何がいいのかはこの世界来たばかりなのでさっぱりですけど」

「正直武器商人として、とは言ったけど最初が山脈に囲まれた港中心の国となるとあまり兵器を送ってどうこうというわけにはいかないか。どうしようか」


 悩むラクシュリー。だが、彼は悩む傍ら一つのプレゼントを思いついていた。それを持って来させるためか、御石から離れて従者に耳打ちをする。地図を持っていた御石は、そっちを向いて話しかけた。


「何を持って来させるつもりなんですか〜?」

「すぐに分かる」


 別の従者には食べ物を持ってくるように、と一度ラクシュリーは玉座に戻った。


「一つ、問うても良いか」

「何ですか」


 地図を見ながら国を覚えようとしている御石に一つの質問が投げられた。


「なに、簡単な質問だ。最悪答えられなくとも良い。

 フィフからこのメイオールに移住してくる人がいるとして、それはどういう人間か分かるか?」

「それは魔術師一択でしょう。魔術が栄えている土台があるけれどそれが何の役にも立たないならこっちに移ってくるに決まっている。街がある以上、基礎的なことしかできないとなれば鬱憤溜まっても仕方ないかと」

「なるほどな。では、魔術師以外はどうだ?」

「うーん、特に考えつかないですね。でも、一番は魔術師のような気がしますよ」

「そうか」


 ラクシュリー王は、食べ物を持ってきた従者に御石へ食わせるように指示。彼の目の前にやってきた食べ物は、サンドイッチが3つ、そしてストレートティーだった。


「話が少し長くなるからな、少ないだろうが食べてくれ」

「いいんですか?」

「仕事をしてもらうんだ、福利厚生はしっかりせねばな」

「ではお言葉に甘えて」


 そうして、御石はサンドイッチを口に運んだ。


 サンドイッチの味は御石自身が居た世界と大きく変わっている、というわけではなかったが比較的塩味が強かった。二口食べれば、彼はその塩の元が少し黒目のお肉であることが分かる。薄いながらも固く、噛みごたえは抜群。ジャーキー寄りのハムだ。


 だが、彼は現実でこの肉を食べたことはない。


「これなんのお肉ですか?」

「魔緒の肉だ。猪のもの」

「なるほど、かなり塩っけありますね」

「そうだろう、だが塩分はモチベーションに直結する。口に合わないというなら代わりを出すがどうする」

「これ全部食べます。どうせ現実帰ったら食べれないので」


 食い意地張ってるような言い方をして、御石は食べ進めた。


 塩分や香辛料は過剰に摂取しなければ食欲を刺激する。舌が感動すればそれだけ手は進むのだ、腹が無理だと内側からは引っ張らない限りは食べ続けられるのが人間だ。


 二つ目に手をつけたなら、一口で半分を口に入れて頬張っている。パンと野菜、キャベツやトマトに関しては現実のものとほぼ同一のもので、知らないものを食べているという感覚がないのも非常に大きかったのだろう。御石はラクシュリーが思っていた以上のスピードで食べている。


 紅茶を時々挟むことで口に張り付いた食材を喉へと流し込み、そして紅茶の風味の奥から塩分を入れる。ロイヤリティーの皮を被ったヴァイキングのような食事に、本来だったら元の世界に帰るにはどうしようと悩むはずの異邦人は、舌鼓を打ち楽しんでいた。


 その様子にホッとしたとも、困惑とも取れる表情をしたラクシュリーは用意されたものを全て平らげた御石に声をかける。


「どうだった?軽食で食を語るのも難しいと思うが」

「魔緒のハムなかなか美味しかったですよ。確かに、これは異世界に来ないと中々食べれない」

「そうか」


 受け答えの後に、扉が開く。


 持ってきた荷車にあったのは、いくつかの本。御石は、表紙に魔法陣が描かれているから魔道書だと、すぐに理解した。


「これは魔導書ですね」

「そうだ。どれも、フィフ出身の魔術師が書いたものになる」

「わざわざ選んできたんですか?」

「どれも故郷の鬱憤を原動力にして研究してきた成果だ、数人故人の物が含まれているが、尚のこと生まれ故郷に返さねばな。系統は違えど全部最小魔力で色々するためのもの。きっとフィフの国の役に立つだろう」


 御石は、目の前の本を手に取った。


 少ない魔力で火を起こす、水を出す、土を盛り上げる、風を起こす、雪を降らせる、防壁を貼る、建物を建てる、数えればキリがないくらいの魔術の内容が書かれてあった。魔術の基礎を知らないので結局は出来ないだろうと彼は思っているが、そんな彼ですら分かるようにと書かれていた。


 どれもできる限り簡単にしようと苦心し続けて、魔術の国でありながら何も出来なかった鬱憤の奥底に"自分の故郷が魔術で誇りを取り戻せるように"という願いが、本に残った魔力から彼の掌に奔って伝わる。


 もはや微弱な鼓動のそれですら、その本を開いた男には衝撃となった。


「これを持って、フィフの国に入る。ですか」


 いよいよ言った計画の準備が始まり、御石は心を震わせる。


 目を見開き、手もそのまま、体ですら固まっているように見える彼にラクシュリーは言葉をかける。


「今ならまだ引き返せるぞ?」

「引き返したら楽しくないですよ、いいじゃないですか冒険はあってなんぼです」


 御石の声からは、新しいものに飛び込む前の人間らしい声が漏れ続けた。


「恐ろしいくらいには順応してるな」

「現実の冒険より自分の意義が感じられる、いい経験になる。それだけで楽しみになりますよ……!」


 恥ずかしそう、だけれども高揚感に溢れる笑みをこぼした彼の顔に、安心感を覚えたラクシュリー。


「では、そろそろしっかり任命しないとな」

「何なりと」


 一応王の御前らしく片膝をつく御石。


「それでは……篠崎 御石よ!」

「はい」


 名前を呼ばれたら返事する。その返事が来たら、ラクシュリーは


「貴様にはこれよりメイオール大陸作戦の最高責任者に任命する!全ての大陸をメイオールとほぼ同程度の技術水準に上げて、国ごとに違う産業を発展させ、大陸全土で経済圏を確立させてこの戦争に終止符を打て!」

「仰せのままに。メイオール王」


 答えを御石が言った後、しばらくの沈黙が訪れた。


 一瞬にして厳かな雰囲気となった王の間に、若い男が二人。従者は数名いるものの、故に御石は恥ずかしくなって下を向いている。こういう時代の人間ではないからこそ、やはり別時代の人間らしく大仰な宣言等に恥ずかしさを感じるようだ。


 その機敏を見逃さなかったラクシュリーは、御石に声をかける。


「……恥ずかしかったか?」

「ごめんなさい、僕はこういうことするの基本ないのですごい恥ずかしいです」

「余とて緊張はするが、こうも演劇風に捉えられるととても来るものがある」

「本当にごめんなさい、そういうつもりはなかったんです。ラクシュリー王」

「わかっている、わかっているが、本当に______」


 もうちょっと密会風にやればよかったか……?と悩むラクシュリーは、目の前の異邦人を前に威厳を保とうとしたが落ち着かないらしい。


「やはり余の言い方とかは尊大だったりわざとらしかったりする……?」

「いやいやいやいやそんなことないですよラクシュリー王!僕がこういうのを全くしない時代の人間で、こういうことを劇の中でしか見なかったってだけで!」

「城壁の方へ行ってきてもいいか」

「僕はここで待ってます、ここに召喚された以上出て行ったら迷子でも取れなさそうだし、まだ一般人なので近衛兵とかに玉座ってどこですかなんて聞こうものならしばかれそうで」


 困ったなあ、と言った御石にメイオールの王は穏便を図る。


「……また細かい内容は追って伝える。

 そこのもの、こやつを客室まで連れて行ってやれ。食事を挟んだとはいえ、長話だったからな。明日から旅に出る、というのであればもう休ませた方が良い」

「りょ、了解しました!」


 従者が3人、御石に近寄ってきた。今からすぐに案内をするらしい。


「御石様、王の指示通りに今から客室へ案内いたします、ついてきてください」

「ああ、ありがとうございます。ではラクシュリー王、また後で!」

「わかった」


 異世界人とのファーストコンタクトは、これにて終了。そのまま、その世界の品位の一つたる王国の客室へと御石は足を踏み入れることになった。

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