第3話 王の心境

 夜、王国の客室。


 窓は大きく、ドーム型となっており、窓を開けてはカーテンを風が撫でる。


 中はホテルにほぼ等しく、人が来たように応対できる大きなテーブル、簡易的なキッチン、豪華な風呂に整備がきちんとされているトイレ。また、書斎に等しい本棚の奥にある部屋の端のスペースは部屋のさらに奥、という配置も相まって秘密基地感を醸し出す。


 寝室そのものの家具は大きなベッドに軽い化粧机とクローゼット、あとはベッド上の明かり程度だったが周りの色が金と赤を基調としたのか主張が強い。竜などの意匠も施されているのもあって威圧感満載だ。


 普通であればまだ王の賓である以上はその力に無理言って城下町を見て回る、部屋でゆっくり休んだりはしゃいだりしてみるものだ。観光とはそれに快楽を得るものではあるが……城そのものはこの異世界でありながら中世に等しき世界では政府関連施設である以上興奮するわけにもいかない。品位を厳格に保つべきである、という考えもあるのだが、何より気楽に話せる相手はゼロ。一人でゆっくり探索することは後でいやでも出来る以上、友人と盛り上がるに限るのだがそれができないのだ。


 御石はそれに落胆した。が、言い換えればこれは時間があるのと同義。ともするならば彼は、王様との話で盛り上がっていたがそもそもこの大陸、国の過去などを知らない。ならばこの時間を使って、一つでも多く歴史を知っておくべきではないのか。


 騒ぎなどないに等しい城の中で彼は本を読み漁っていた。何も言わず、何も書かず、歴史を頭の中に入れている。


「大陸魔道戦争、か」


 大陸の歴史の中で最大の出来事。


 元よりこの大陸は、魔物が住んでいた地とそうではない地が二分していた。


 沿岸部には人が住み、内陸部は魔族の土地。最初こそは互いに不干渉であったものの、人間と悪魔がそれぞれのテリトリーを人口拡大するにつれてぶつかるようになり、それが話し合いで解決できなくなって戦争に発展。そもそも国という概念がなかったが故に魔族との体格・魔術の差で人類側は窮地に立たされる。


 そこに現れたのがラクシュリー・メイオールという男。彼が国という枠を作り、戦えるものたち全ての故郷としてメイオール王国を建築、御石が立っているこの地を首都として魔族を打ち破るために軍というものを結成。今まではあくまで自警団や隊の群れであった人間側の戦力を結集させ、大軍の動きをラクシュリーが操ることによって、魔族側は常に数の不利を攻められるようになっていった。


 まさしく"戦略"と呼ぶべき方法により、先述した魔術の出力差と体格差を埋めてそれぞれが持った剣と槍にて魔を討ち、魔族の性格上負けや挑発行為が怒りを読んでなおのこと暴走をしたがそれもまた戦力の突出を招いたが故に弓で穴だらけとなり敗北。結果、人類側は魔族側の戦力突出を誘発させ続けて圧倒的数の有利を維持したまま大陸中央の火山まで追い詰める。


 無論その首魁である魔王こそ、他の魔族とは比べ物にならないほど強力。暴力的な存在ではあったのだが……ラクシュリーは後退を命じ、そのまま遠くからの火矢に投石を昼夜問わずに魔王の領域に放った。いくら魔族の王とて、補給もなしに魔力を使い続けられるほど万能な存在ではない。


 結果として魔王は、魔力切れを起こし火矢や投石に体を晒し、その傷を治す術もなく死亡した。


 その死体はラクシュリーの指示により、この大陸では一般的ではなかった火葬になったが、しっかり葬られて今はメイオール王国の辺境の大きな墓に眠っている。


 以後、ラクシュリー・メイオールのおかげで救われた大陸はラクシュリーを救世主や王に仕立て上げて、かつそれぞれの土地において国を形成し今に至った。それからは特に大きな戦争等はなかったのだが_____


「失礼、いるか?」

「ラクシュリー王。いいですよ、どうぞ」


 扉を開けてやってきたのは、その歴史に書かれていた英雄ラクシュリー・メイオール。


 周りの絢爛に邪魔されずとも気品はあるのか、やはり目を引く。玉座のようなマントを羽織っている華美な衣装、というわけではないがやはりその白い肌に高い背、琥珀に近い目に端正な顔、そこにシンプルな白の襞襟が目立つ貴族衣装は周りの気品が近く、またビジネスカジュアルを着ている御石こそが異物なはずだが、どちらが目立つかと言われればラクシュリーの方だった。


「夜も更けてきたと言うのに熱心だな」

「そう言う王こそ休まなくてよかったのですか」

「王が王であるかぎり、真なる休息などありはしない。人間に必要な休憩を適宜挟み続けるのが王の休まり方だ。故、余は貴様の様子を見にきたんだが、やはりお前はそう言う人間だったか」

「こう言う人間じゃなくても何も知らないでマーケティングとかできないでしょう?寝るまでの間暇だったんですから、こうやって調べるに限ります」


 そうだな、といったラクシュリー王はそのまま御石の隣に座った。


「何がともあれ体の不調はなさそうだな、よかった。異国のものを食った後、遅れて腹を下したりするなどはよくある話だからな。下手にそんなことすれば国王として面目が立たん」

「お気になさらず。明日航路を辿って隣国フィフに向かうんでしょう?僕船乗ったことないので確実とは言えませんけど、どうせ船酔いしたら全て戻すんですから栄養を取れずに苦しむよりかはマシですよ」

「それでは逆に料理人に面目が立たないな」


 だが、そんなくだらない会話すらどうでもいいのか、ラクシュリーはテーブルにあった歴史書に目が入っている。丁度、御石が見ていた大陸魔導戦争の最後のページだ。


「目の前の王様が救世主なんて、いい話ではないですか」

「余は確かに人類を救った、だがそれが良き王であることと関係はないのだ。現にこうやって、異世界の人間に経済への干渉を求めるほどの堕落した姿を見せている。乱世の非凡なぞ平時の文官に勝ろうはずはない」


 英雄ラクシュリーの本心だった。


 自分は確かに、この歴史書通りの人間であり歴史を作った本人だ。それは間違いなく、またその時の力も衰えてはいない。


 それはいい。彼の本当の努力の結実を、誰も否定しなければ彼自身もまた否定する気はなかったのだから。


 しかし、彼はその後の、大戦以降あまり変わり映えもしない空白の平和、それが30年も続いたことを非常に後悔していた。


 自分の美貌は変わりなく、メイオールという国は自分に見せつけるべく発展を続けていた。だが、それは全てメイオール国民の技術と努力の結晶が発展させ続けただけで、ラクシュリー・メイオールという存在だけがモチベーションとして役立っていただけにすぎない。


 そもそもこの国自体が平地が多く、辺境には程々の山がある。何よりそんな土地は他の国と違い豊かでありがら制約がないのも大きかった。そこに居を構え、富国強兵を目指すことは正しかった。


 だが、魔族の再来という恐怖を理由にこのような広大で扱いやすい肥沃な土地を彼の名誉のみで占めてしまったことは他の地域との隔絶を産んだ。ラクシュリーもそれを理解したが、魔を殺す英雄としては名を馳せても人々の生活について隅々知っているわけでもないのだ。


 故に大陸の救世主でありながら、身を弁えるなら一国の王が限度であるとラクシュリー・メイオールは悟った。その停滞を甘んじて受け入れなければ、自分には不相応の問題を対処しきれず悪化する。だがそれは大陸の希望となった自身が何もしない、という見方もあった。


 何もしない、逃げた。人は自身が悪であるという認識に耐えられるほど良くはできていない。巷に転がる悪役ヴィランもあくまで自分は悪い役だ、こう言い聞かせて自己の危険性・悪性から目を逸して危険行為に手を染める。ラクシュリーは危険行為こそしなかったが、それでも怠惰の罪を無視できるほど尊大な男でもない。


 各地の住人、いや、各国の国民にその土地の発展を託すべきだ。民主主義とまではいかないが、地元の民を最大限尊重できるような、いざという時に団結しやすいという利点を考慮した専制主義、王国という枠組みを作ることを推奨して、事実彼の言った通りにメイオール含め10個の国ができた。


 彼ですら立ち向かえなかった復興に、元の姿であれば街がたくさんあるだけの大陸に国という大枠を作り国際という領域を作ったが故に生まれてしまった差。新たな火種になると分かっていたのに手を出さなかった。自分が分かる分野ではなく、下手に動いたら酷くなる状況であることを自覚してメイオールの王の立場で"内政干渉はできない"という大義名分で放置したが故の希少物質を巡る戦争。


 自分の不甲斐なさと、勉強をしても解決策の分からぬまま王の公務にも励み疲弊した、美貌しか残されてないとだけ己を虐め涙を流すのが今のラクシュリーであった。


 それでも大陸を救った功績は大きい。仮に魔族に負けていれば、そもそも種族間の差と人間側の行動が大きく制限されて反撃など出来ずにこの大陸は人間にとって最悪の地となっていただろう。その功績を考えれば、少なくとも他の9つの国王はラクシュリーを責めることはなかった。


 この歴史において証明された民意によって全てが認める大陸の救世主は視線を落とすが、異邦人はその必要はないと肩を持つ。


 なぜなら、御石という異邦人は歴史をわざわざ洗い出さなくとも彼の正当性、と言っても慰めにしかならないだろうが、それでもラクシュリー・メイオールに罪はないと言い切れるからだ。


「その乱世の非凡がいたからこそこの大陸の人々はその時代よりはマシな時を生きているんです。まだ戦いが大きくならず、乱戦ないし紛争で治っているのならばここからは利潤を生み出す文官や民達の仕事なのですから。非常事態を収める王として、堂々としていてください」

「そうか、御石。お前は、余のことを酷い王様だとは思わないのだな」

「人は完璧じゃない。だからこそ数がいるんです」


 背もたれにかかり、背伸びをする御石。その姿には異邦人とすら思えないリラックスした状態がある。反面ラクシュリー王は、励ましの言葉を貰いながらも、やはり自分ができなかったことを悔いることの払拭はできずにいた。


 だが、彼がその後悔ができるのは何もできなかった今日までのこと。


 ラクシュリーがここまで王をやってこれたのは、知らない、できないことに首を突っ込まない。言い方が下品であるならしゃしゃり出ないことで、その道を行く者たちの情熱を守り続けたからこそ馬脚を露わさずに済んだ面が大きい。選択自体は間違いではない、だけれども彼の存在そのものが偉大なことが何よりの欠点であった。


 他の国に英雄という輝かしい歴史はなく、ただこの大陸を救った英雄であるラクシュリー・メイオールの名の下にのみ真に国家として形成する。栄光に集る羽虫のような生き方、たったそれだけの栄華のために人間という国の血肉が貪られるこの現状を大陸の救世主ラクシュリーは嘆いていた。だから________


 彼は呼んだのだ。


 自分の悩みや後悔を晴らしてくれる、彼にとっての救世主を。


 願いを託された異邦人は、目の前の王が持つ心を理解していた。そして、その心境がドライアイスの霧のように少しずつ流れ出したこの瞬間に、篠崎 御石という男は少しだけ誇りに思っていた。


 自分が意思あるものを滅ぼす、そのための力として呼ばれたわけではない。皆は栄光といえど、生き物を殺し尽くすことは大罪であり、もはや倫理上は人間を救うためとはいえラクシュリーを正義の代名詞にしたところで歴史の汚点であり、彼の名前そのものは汚名であったと御石は認識している。


 つまりラクシュリーは本来の異世界転移をしたら人として背負うべき咎を代わりに背負っていて、己の腕の短さに絶望し手を出せないことへの無力感すら感じ、傷つきながら涙を流した。が、彼はその英雄から逃げれてない。ラクシュリーが永遠に払えない戦乱という罪を払拭する最後の機会に、御石は呼ばれたと考えた。


 いわば、大陸を救うのはもちろん______この計画を完遂するのは、真に彼を清濁併せ持つ人間として助けるための旅なのだ。


 誰かを救う旅、誰の命を奪うこともない、それは永遠に他人との意思と拮抗し続けることを指す。だけれど、それを御石は惜しむつもりもなかった。むしろ政治を大学で習っている身としては、この度は本当の冒険。


 だからこそ、この異邦人は異世界に飛ばされても楽しもうとしているのだろう。その顔は、夜道てらす街灯のごとく英雄に微笑みかけている。


「僕は英雄や有名人に媚びへつらう、政治家や実権を握る何かのためにのみ頑張る生活はごめん被りたい。それが相手の身分であるなら、外の皮が意志を持っているのと変わらないから」

「外皮なら裏表があるからな。もう一方が見れないとなるなら疑惑も出る」

「ですが、それが何も飾れない純粋な願望で、全ての人間が自由に生きられるような、少なくとも選択肢が広がる世界を目指すのなら逆に僕はどれだけ小さい力だろうと惜しみたくない」


 ただ視線を落としていたラクシュリーは、御石を見る。視線の先にいる男は、微笑んで続ける。


「願いというのは、ただ一つの物質で作られた球体のようなものだと、僕は思っています。

 純粋な願い、だけれどもそれがどのような見え方をするかは角度によると。一つの球があれば、見える角度からはその明暗の割合が変わるでしょう?願いを聞いた後、それを鑑賞する時は手に取れない。全体像を把握するために、読心術なんてものを求める人がいるんだと思います」


 そして、その願望を見る角度は人生経験や心情によって変化してくる。己の考えていることで角度を変えて、知識が足場を作ることで結果的にその欲望に対しての見え方からこうであると決定づける。


「ですから、ラクシュリー王の願いを僕は国家を跨ぐ商人という方法を持ってまずはその願いを叶えるところから始めます。もしこれで万が一、王が道を間違えたとするならば、その時に正す方法を考えればいいのですから」

「そのためにお前は異世界の土地の発展に命をかけるのか?」

「僕は多分、想像を絶する苦楽をするでしょう。戦争が起こっている以上、フィフの国はともかく他の国に行けば、異世界である以上この城の外に出た時から安息の地などない。

 僕はその危機に対して恐れはない。いえ、正確には死ぬことは怖い。人間である以上、そもそも生物であるからには当然の感情ではありますから。それでも僕はやり遂げます、例え道半ばで死そうとも……僕の道を誰かが歩むのであるならば」


 一度目を瞑っても、瞼に浮かんだ光景はこの大陸のために頑張る自身の姿。


 自分がやりたいことで、本当に引きたくない。そう思っていることを再認識した御石は目を開けて、ラクシュリーに行った。


「再び申し上げますが、人間というのは完璧じゃありません。だからこそ、皆は子供や友人を求めるのです。自分ができない、という不安や恐怖を打ち払うための隣人を、細かい立場関係なく求めているのですから。僕はこの世界のことを知らない、だけれども大陸を救い一国を治める、立場上関わるのも烏滸がましいくらいのラクシュリー王が隣人として居てくれる。ならば、その例には応えましょう」


 目の前の王に語りかけた異邦人たる御石は、王の顔を見つめる。


 そして見つめられ、これまでの無力と暴力で自分の四肢を縫い付けた生き方をした王は、笑い返して御石の顔を覗いた。


「言ってくれるな」

「自身を戦時の非凡というのであれば、任せてください。この世界の人間ではない、ということは他の世界のことはよく知っていると同義なのです。僕は確実に、王の役に立ちますよ」

「_____わかった、では」


 ラクシュリーは目の前の男に対して、一回席を立ってからゆっくり頭を下げる。


「改めてお願いしよう。

 篠原 御石。お前の知識を借りて、余はこの大陸に安寧を取り戻したい。

 国家という枠組みを作り、魔族が来る前の社会を破壊した傲慢を犯した王の贖いを共にしてくれ」


 その声は低く、とはいえ飾らない本気の、一人の人間としてのお願いであった。


 今までで言った事の通り、願いを否定せず叶えたい御石は、顔をお上げくださいとラクシュリーに言う。そして、一番大事なところまでは逃げなかった王の前に。


 手が差し伸べられていた。


「今更改まってお願いしなくても僕はやります。あなたがサポートしてくれるなら、止まるつもりはありません」


 王は、その手を取る。


 ______この夜は、恐らくは大陸の改革史。その1ページ目となるだろう。

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