ビリオネアは宵越しの金が持てない
武功薄希
ビリオネアは宵越しの金が持てない
彼は、世界一高いビルの最上階にある自室の窓から、漆黒の夜空を見上げていた。普段なら無数の星々で彩られているはずの空は、今や不気味なほど暗く、まるで世界を飲み込もうとしているかのようだった。
彼は高級スコッチを煌びやかなグラスに注ぎ、一気に飲み干した。喉を焼くような刺激も、今は何の意味も持たなかった。
「あと12時間か」彼は特注の腕時計を確認しながら呟いた。その時計は、彼の途方もない富の中ではほんの取るに足らないものだった。しかし、今や残された時間を刻む音が、彼の心臓の鼓動のように感じられた。
巨大な小惑星の衝突まで、人類に残された時間はわずかだった。科学者たちの予測は外れることなく、避けられない運命が刻一刻と近づいていた。
彼は執務室を後にし、高層ビルの屋上ヘリポートへと向かった。エレベーターの中で、彼は自分の人生を振り返った。幼少期の貧困、ビジネススクールでの苦学、そして巨万の富を築き上げるまでの激烈な競争。すべては、この瞬間のために存在したかのようだった。
屋上に到着すると、巨大な貨物用ヘリコプター5機が待機していた。それぞれのキャビンには、彼の全財産のほんの一部に過ぎない現金が積み込まれていた。しかし、その「ほんの一部」ですら、一般人の想像を絶する額だった。
ヘリコプターは次々と街の上空へ飛び立った。彼は必死に紙幣の束を投げ続けた。札束は雨のように降り注ぎ、街を覆い尽くしていった。しかし、それでもキャビン内の現金は底をつく気配がなかった。
「くそっ」彼は歯軋りした。「なぜこんなに多いんだ」
数時間後、5機のヘリコプターすべてを空にしたにもかかわらず、彼の手元にはまだ膨大な札束が残っていた。彼は中央公園に降り立ち、周囲を見渡した。
絶望感に駆られた彼は、通りを歩き始めた。両手に札束を抱え、すれ違う人々に声をかけた。
「君」彼は若い男性に声をかけた。「金をいくらでも渡す。だから俺を殺してくれないか?」
人々は彼を避け、恐れの目で見つめた。誰一人として彼の提案を受け入れる者はいなかった。
「なぜだ!」彼は叫んだ。「もう金に価値はないのか?それとも、私の命にまだ価値があるというのか?」
彼の叫びは、静寂の中に吸い込まれていった。しかし、彼の手には次から次へと札束が現れた。まるで呪いのように、富は尽きることを知らなかった。
彼は力尽きたように地面に座り込んだ。札束は彼の周りに山のように積もっていった。彼は自分の富の無意味さと、人々の行動の意味を理解しようとしたが、長年培った価値観がそれを許さなかった。
突然、彼の目に決意の色が宿った。彼は立ち上がり、近くのセルフガソリンスタンドに向かった。無人の給油機で、彼は缶にガソリンを満たした。
彼はガソリン缶を抱え、近くの広場に向かった。そこで彼は、残っていた札束をすべて地面に敷き詰めた。富への執着と、自己の無力さへの怒りが、彼を突き動かしていた。
「これで終わりだ」彼は呟いた。「この呪われた富と共に」
彼はガソリンを紙幣の山に注ぎ始めた。周囲の人々は、誰も気にも留めなかった。
すべてのガソリンを注ぎ終えると、彼はポケットからライターを取り出した。彼は深呼吸をし、紙幣の山の上に仰向けに寝転んだ。
空を見上げると、輝く星々の中に、一際明るく輝く天体が見えた。人類に終焉をもたらす小惑星だ。彼は手にしたライターの炎と、刻一刻と近づく小惑星を交互に見つめた。
時が経つにつれ、小惑星はより大きく、より明るくなっていった。彼の目には、諦めの色が浮かんだ。
「さようなら、意味のない世界」
彼はライターの火を紙幣に近づけた。炎が紙幣に燃え移り、やがて彼も丸焼きになった。
彼が丸焼きになった、3時間後、世界は滅びたが、それまでに、彼の死に気づいたものは誰もいなかった。世界中の誰一人とし
ビリオネアは宵越しの金が持てない 武功薄希 @machibura
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