空が晴れである限り・後編

 岩と泥でできた人型の化け物は、およそ百年前、地球にやって来た。人類は初めて遭遇する地球外の生命体を歓迎したが、意志疎通は難しかった。その上、彼らが好む食べ物は、あろうことか人間の血だったのだ。

 あの空虚な穴みたいな口で人間の体に噛みつき、血を吸うのである。他の動物の血も吸うが、地球外生命体は、殊更に人間の血を好んだ。

 人類の敵と判明してからは、奴らを地球外来種と呼び、駆除が始まった。だが、人類は今のところ勝てていない。人口は減る一方で、地球外来種は数を増やしている。

「あなたの師匠は常に空腹のようでしたし、あなた達は『そういうものだ』とよくおっしゃっていましたのに」

「うるさいな。師匠は師匠、わたしはわたしだよ。それより、マス、このあたりに集落があるはずだ」

「そこで『食事』をするのですか?」

「違う! あの子はきっとその集落の住人だ。送り届けるんだよ! こんなところでのびてたら、他の地球外来種がやって来る」

 地球外来種が単独行動を好むのは、不幸中の幸いだった。炎をものともせず、大砲で体に穴を開けられても爆弾で吹き飛ばされても、散り散りになった岩と泥は磁石で引き寄せられるように集まり、元の形に戻るのだ。岩や泥を、それぞれ違う容れ物に閉じこめておけば再生を防ぐことはできるが、一割でも取りこぼしがあれば、その一割で体を小さくして再生してしまう。

 地球外来種を活動不能にするには、バラバラにした上で別々の容れ物に閉じこめるか、砂ほどの大きさまですり潰すくらいしかなかった。

 すり潰すのも容れ物を用意するのも、時間と労力がかかりすぎて、人類が減る方が早く、地球外来種には勝てない――。ほとんどの人類が諦め、隠れるように生きていくことを受け入れざるを得なかった。

 ごくわずかな人々――いや、人と言えるかどうか少々疑わしい者達をのぞいて。

 ヴィオは、右の掌をじっと見て、開いて閉じるという動作を何度か繰り返した。動かす度、かすかな駆動音が聞こえる。

 それから、空を見上げた。雲の少ない空に、太陽が力強く輝いている。特殊なフィルターがあるおかげで、太陽を直接見ても目にもそれ以外にもダメージはない。

 ヴィオの体を覆う、金属と樹脂で構成されたプロテクターのおかげである。しかも支援AI付きだ。

「……まったく、ありがたくて涙が出るね」

「ヴィオ、涙は出ていませんよ」

 マスは皮肉というものを理解できない。ヴィオと普通に会話ができているように見えても、人の感情に寄り添うことを目的とした支援AIではないのだ。

 淡い灰色を下地にした緑色の迷彩柄のプロテクターは、ヴィオの体を防護するだけではない。支援AIであるマスが、ヴィオの動きや思考の癖を学習して、彼女の能力を最大限以上に引き出し、補助してくれるのである。

 そのおかげで、人間離れした動きが可能であり、地球外来種と渡り合える。

 人類の天敵となった地球外来種を倒すため、ヴィオの師匠とその協力者たちが作ったのが、このプロテクターと支援AIだった。

 地球外来種は、細かく砕いてそれぞれを違う容れ物に閉じこめて動かなくなるまで保管するか、砂のような大きさにすり潰す以外に、もう一つ、再起不能にする方法があった。

 連中の生命エネルギーを奪うのである。

 生きるための力を奪われたら、どんな生き物でも生きてはいけない。そして、ヴィオやその師匠は、生き物から生命エネルギーを奪えるという、特異的な能力があった。

 もっとも、地球外来種の生命エネルギーも奪えるとは、連中と接触するまで、彼ら自身も知らなかったのだが。

 地球外来種は人間を襲い、その生き血を吸う。自分たち以外にそんな存在が、しかも地球外から現れるなど、想像もしなかった。

「地球外生命体は吸血鬼だった!」

「吸血鬼は実は地球外生命体!?」

 などという言説が世界中で駆け巡っていた頃のヴィオの師匠は、すこぶる不愉快そうだった。そして八つ当たりのように地球外来種と対峙して、連中から生命エネルギーを奪えることが判明したのである。

 以来、ヴィオは師匠や他の仲間達と共に、地球外来種を見つけては生命エネルギーを奪い、倒している。

 そうしなければ、人類が滅びてしまうからだ。人類が滅びてしまっては、吸血鬼はいずれ飢え死にしてしまう。

「ヴィオ。少女を集落へ送り届けるのなら、そこで休息を取って下さい」

「へえ。わたしの体を気遣ってくれるんだ?」

「いいえ。わたしの『食事』が必要です。あなたが大暴れするので、バッテリーの残量が心許なくなっています」

「あっそう……」

 吸血鬼は昼間に活動できない。しかし、地球外来種は昼間の方が活発に行動する。そのため、このプロテクターは、吸血鬼が昼間でも活動できるように設計されていた。

 プロテクターは太陽光を遮断し、とことん軽量化され、かつ容量が大きいバッテリーを搭載している。おかげで、昼間だけならば数日間活動することが可能だった。充電モードに切り替えれば、マス単体で日向ぼっこすることでバッテリーに充電できる。

 天気が良ければ身一つで(という言い方は若干正確ではないが)、地球外来種を倒すためにどこまでも行けるのだ。

 明日が晴れなら、一日で十分に充電できるだろう。その間、ヴィオはプロテクターを脱いで、日の当たらない部屋を借りて眠っていればいい。少女の命の恩人だから、それくらいの要求は通るだろう。

 ヴィオは再び空を見上げた。師匠や、他の仲間達は今頃どこにいるだろう。十年以上、仲間とは会っていない。

 まあどうせ、みんな元気に地球外来種を倒して、こっそり人間の血をすすっているだろう。会えば、まだ頑なに人の血を吸わないのかとうるさく言われるので、むしろ会いたくなかった。

「う、ううん……」

 小さなうめき声に振り返ると、少女がもぞもぞと動いていた。どうやら意識を取り戻したらしい。

 家まで送るよ、とヴィオが話しかけたら、また気絶してしまうかもしれないが。

 それでも、人間だった頃の感情も感覚も捨てきれないヴィオは、地球外来種と戦い続けるのだ。

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空が晴れである限り 永坂暖日 @nagasaka_danpi

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