第16話 通りすがりの転生者だ、覚えておかなくてもいいぞ

 ムーノが逃走した後、衛兵に搬送されて行く師匠を見送ってから処刑場の外に出て女神を乗せた馬車が全然来ないから迎えに行って走って監獄に向かうか……等と思案してると何かがこっちに飛んできた。鳥だ!飛行機だ!いや……青いドラゴンだ!!ポンコツ女神を前足で鷲掴みにした青いドラゴンがこっちに向かって突っ込んできたのだ。敵襲か?!と身構えたががそのドラゴンは急制動をかけて、俺の目の前でピタリと動きを止める。なんだなんだと思ったらドラゴンの背に見覚えのある青年の姿があった。


 「ふぅ、この女神が顕現した地点にしか私も顕現できなかったので追いかけるのに手間取りましたが、お久しぶりですトールさん」


「あんたはジョン!ジェーンの従者のアンタがどうしてこんなところに?」


 なんとびっくり、ドラゴンの背に乗っていたのはジェーンの従者のジョンだった。割と本気で何でこんな所にいるのか心当たりがない。


「女神のやらかしが想定以上だったのでお手伝いに来ました。微力ながら手伝わせてもらいますよ」


「それは……俺は助かるけどいいのか?」


 俺の言葉に頷いたジョンがドラゴンの手綱を引っ張るとドラゴンが握っていた前足を開き、握りしめていた女神をゴミでも捨てるかのように放り投げた。まぁ実際ゴミみたいなものだから扱いとしては合ってるような気もするな、何も問題は無い。


「うおっ、ヴォエッ、酔ってぎもぢわる……ウォロロロロロロロロロッ」


 そのまま豪快に吐瀉物をまき散らすゲロ女神。どうした幻獣種の実でも食ったのか?というような嘔吐音と共に溢れ出るゲロにまみれたその姿、女神の威厳なんか微塵も感じない、いや最初からないな!!

 女神はゲロを吐ききったあと、三半規管をシェイクされたのか自分が産んだゲロの泉に顔面から突っ込んでうつぶせに寝転がりながらビクンビクンと痙攣しはじめた……まぁ良い、そっとしておこう。そんな事より気を取り直して、ジョンに気になっていることを聞いてみるほうが大事だ。


「ところでそのドラゴンは捕まえててなずけたのか?視たことない種類のドラゴンだけど、軍が使うような戦竜(ワイバーン)とかとは全然違うよな」


「この子は私の権能とでもいいますか……まぁ、普通に騎乗して使える乗り物ですよ。貴方に合流する途中で酒瓶ラッパ呑みしながら馬車で泥酔している女神を見つけたので捕まえて連れてきました」


 そういってドラゴンから降りて来るジョン。ナイスゥ!この女神放っておくとすぐサボるな……。

 地面に降りてきてからゲロの海に沈んでいる駄目な女神を半目で見るジョン。しばし周囲の痕跡を確認して、何やら色々と頷いたりした後にゲロ吸いしている女神の尻をぎゅむぎゅむと踏みながら盛大な溜息を零した。


「この女神、ちょっといい加減にしてほしいんですね。下界大惨事じゃないですか」


「俺もそう思う。きっとワイトもそう思います」


「貴方が前世で倒したネトリック一味は魂を浄化して世界に還しているのでまっさらな状態のリソースとして再利用されているはずですが、切り離した能力の方に自我が残ってしまっていたように思えますね。

 それ自体も女神がきちんと世界を管理運営していればここまで酷い状態にならなかったと思いますが、元々杜撰な管理をされていた部分に一緒くたにしたせいでご覧の有様だよ、となっているわけですね……まったく」


 腕組みをしながら女神のケツを踏むジョンにならって女神のケツを適度な力でふみふみしながら、ジョンに提案する。


「そうだジョン、そのドラゴンで監獄までひとっ飛びしてくれないか?」


「それは構いませんよ。ムーノがエレノーラと合流するのとどちらが早いかはわかりませんが、最高速度で飛ばしましょうか」


 そんな俺たちの会話にガバッと起き上がる女神、全身ゲロまみれでくっせ、くっせ!こいつくっせ!


「ちょっと待ってよ!あたしまたこのドラゴンに掴まれて移動するの嫌なんですけど?!馬車からかっさらわれてお酒も馬車に忘れたままだし、も~なんなのよぉ!っていうかジョンが来れるなら最初からアンタがなんとかしてくれたらよかったじゃない!!私が来る意味ないじゃない!

 っていうか女神を運ぶ運び方じゃないでしょ、あたしレディーなんですけど?!女神なんですけど?!」


 半泣きになりながらピーピー喚く女神、うーんこの……。


「黙りなさい。はぁ……ブルー、その女神をまた掴んで運んで下さい。あ、トールさんは私の後ろに座って掴まっていてくださいね」


「オッケー、助かる」


 ジョンの言葉に無言で女神を鷲掴みにするブルーと呼ばれたドラゴン。

 逃げ出そうとした女神がすかさずにぎにぎされて捕獲されるのを見守ってからジョンに誘われてドラゴンの背中に跨ると、ホバリングするようにふわりと空中に浮かび上がり次の瞬間には走るよりももっと早い速度で風のように空を飛んでいた。戦竜に乗った事は何度かあるけどそれとは別格で速い!


「いやぁぁぁぁぁっ、ごめんなさいゆるしてトールぅぅぅっ!助けてよぉ!ねぇトールぅ!ギャーッくさいっ!くさいんですけどぉ?!ウォエロロロロロロロオゲーッ」


「この世界の戦竜と比べれば劣るかもしれませんがご容赦を」


「いや、これは……戦竜(サラマンダー)より、ずっとはやい!!」


 悲鳴と嘔吐音を口からひり出す女神の声を無視しながら、ジョンと軽口をたたきながら飛ぶ。

 雲を置き去りにして監獄に向かって昼夜を無視して真っすぐとんでいくと日が昇るころにはもう監獄が見えてきていた。馬車あるいは自分で走っていたら2,3日はかかっていただろう距離なのに……ジョンのドラゴン速~いっ!

 ちなみに飛行中酔いに堪えられなかった女神は再び吐瀉物をまき散らしていた。全身ゲロまみれやぁ……。


「む?遠目ですが汚物が間欠泉みたいに噴出しているのがみえますね。あれが例の世界の汚れ的な女神のやらかしでしょうか……ギリギリ間にあわなかったようですね」


 ジョンの言葉に見ると、確かにまた汚物が噴出している。このドラゴンの早さでも間に合わなかったかー。

 監獄まで急降下した後、ドラゴンがふっと姿を消したので俺とジョンは着地した。……このドラゴンはどういう存在なんだろうね?一方で女神はグエッとカエルが潰されたような鳴き声と共に地面に墜落したけれど、女神だし死んでないからいいか。地面に突っ伏している女神(耐魔法肉壁)の襟首を掴んで盾にしながら周囲を警戒するが、先ず何より臭い。ゲロまみれになったままの身体の放つすさまじい悪臭に思わず鼻をつまんだところで、監獄が内側から吹き飛んだ。監獄の残骸から、エレノーラを伴ったムーノが空中を浮遊しながら出て来た。エレノーラは再度力を得ているのか、萎びたミイラみたいだったエレノーラの外見が復活している。あいつまた汚物食ったのかばっちぃなぁ!


「ふっふっふ、エレノーラを助け出したのじぇ~っ!そしてタイミングよくパワーの源が地面から噴き出してエレノーラに宿り復活するとは。やはりこのムーノ様こそが世界を統べる王っ!なのじぇっ!愚民どもはひれ伏すのじぇ~っ!!」


「うーん、あのムーノという下種はなんだか低知能なしゃべり方をしていますね。拷問で精神粉砕でもされたんでしょうか」


「多分ね」


「あと直接視認して分かりましたがエレノーラはアレ、元々マルールの魂ですね。漂泊してもしきれない頑固な汚れに影響されてたのでしょう。今度はリサイクルと言わずに完全消滅させた方が良さそうですね」


 うっわぁ、マジかよ。死んでも死なないマルール、ゲスの魂来世までってコト?うーん、これは酷い。


「それとこれは私の見解ですが、汚物はたまたま噴出するのではなくそれにふさわしい穢れた魂の所に湧いて出ているのではないでしょうか。汚物と汚物は引かれあうような。……いや、やはり来ておいて良かった。万が一、という事もありますので全力で対応させていただきましょうか」


 何そのいやなナントカ使いとナントカ使いは引かれあうみたいなの。


「全力?どこの馬の骨ともわからないおまえが全力を出して俺に敵う訳ないのじぇ、ばかなのぜぇ!」


 ゲラゲラと品性を感じさせない笑い声をあげるムーノに、優しく微笑みかけながら語り掛けるジョン。


「自己紹介が遅れましたが初めまして、僕はジョン。

 僕の仕事は転生を司るジェーンお嬢様のお手伝い。主には身の回りの支度と転生者の記録と記憶です。重ねて申し上げますが―――僕の名前はジョン・ドゥ。誰でもない、何者でもない故の“ジョン・ドゥ”」


 ジョンが上着の前ボタンをはずすと、機械的なベルトが姿を現した。ピンク……じゃない、あれはマゼン……いや、気のせい気のせい。

 ベルトの横のホルスターからジョンが札、いやカードを引き抜くとブォォン、という謎の効果音が鳴るので心の中の小学生が刺激されるぅ!ちょっとかっこいいじゃん。

 引き出したカードを右手の親指と人差し指で挟むようにして突き出しているが、そのカードには黒髪に黒塗りの鎧を着た青年のバストアップ写真と、何やら文字も描かれている。何て読むだろうか?ラ、ラウ……?


「―――だから何にだって成れるのさ」


 そういって引き出したカードを指先で回転させるように表裏反転させた後、ベルトに差し込む。


「転生!」


 そんなジョンの声に反応するように、ベルトがどこか機械的に聞こえる音声を喋る。


『転生顕現――――ラウル!』


 いくつかの影絵のような像がジョンを包んだ後、そこにいたのはカードに描かれていたような黒髪に黒塗りの鎧を装備した騎士の姿。腰の左右に剣をさげ、左腕には盾を持っているが、姿が変わる……これは変身じゃん!!


「ジョン、あのそれディディディディケ……」


「転生です」


「レレレレジェ……」


「ゴゴゴゴージャスでしょう?」


 俺の言葉ににやっと笑いながら返してくるジョン、クッソ、わかっててやってるじゃん!!


「これはここではない別の世界で、滅びゆく世界を旅した天の騎士ラウルの姿。 ―――僕は今までジェーンお嬢様が転生させた全ての転生者の姿と能力をこの身体に顕現する事が出来るのですよ」


「何それチートじゃん!!!完全に世界を破壊する感じの旅人的なアレじゃん!!ずるい!!」


 思わず目をキラキラさせながら食い下がってしまうが、黒鎧の騎士に姿を変えたジョンが苦笑する。


「天上の存在の力ですからね。本来であれば振るう事のない力ですが今回は特別です。出し惜しみは無し、私が持つカードの中でも最高峰の1枚を使わせてもらいました」


 そう言いながら剣を抜き、構えるジョン(ラウルのすがた)。わぁ、すっごいのが仲間にいるなぁという気持ち。なんだかよくわからんけどこれは強い、多分すごく強い!


「何をごちゃごちゃとわけのわからないことをいっているのぜ!いいからとっととしぬのぜええええええ!」


 ムーノが手をかざすと、いつもの螺旋型魔法が飛んできた。しかもパワーアップしているのかサイズも以前よりも大きい、これは当たると大ダメージ必須の魔法なので女神を前にかざす。


「ギエピーッ!はなして!はなしてトール!あんなのに当たったら絶対痛いじゃない!!」


「我慢しろ、どうせ痛いだけで死なないんだろうがっ!!」


 そんな俺と女神の言い合いを横目に見た後、ジョン(ラウルのすがた)が剣を抜き、飛んでくる魔法弾に剣先を向けると俺達を囲うように光の壁が出現した。ムーノ必殺の魔法弾は光の壁にあたるとあっけなく砕け散り消滅する。すげぇ、何これ。


「あ、ありえないのじぇっ、俺の最強っ!の魔法が?!これは何かの間違いなのじぇ~っ!」


「間違いではありませんよ。世界の滅びにすら耐えうる、天騎士の障壁ですからね、ちょっと強化された程度の貴方の魔法は通じませんよ」


「な、何なのじぇ?お前はなんなのじぇ??」


「通りすがりの転生者です。覚えておかなくてもいいですよ」


 さてはジョン、日曜日の朝は早起きしてテレビみるタイプだな??


 もうこれ俺が何もしなくてもいい気がしてきたけど、ここまで黙っているエレノーラが気になったけれどムーノの陰に隠れ、顎に手を当てながら何か思案をしている様子が不気味だ。油断と慢心せず入念に殺し尽そう。……なんとでもなるはずだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

前世は勇者の親友として一緒に世界を救いましたが、転生した今度の人生もざまぁしながら世界を救う事になりそうです。 サドガワイツキ @sadogawa_ituki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ