第10話

 健やかに眠るように旅立ったルニスを、ワートは眺めていた。どのくらい時間が経ったかも分からない。ルニスの身体はもう冷たくなってしまい、毛皮で包んでも一向に暖まることはなかった。名前を何度か呼んでみたが、反応はない。

 ワートは徐に立ち上がって花畑の中央、花が咲いていない場所を掘り始めた。何時間も、手を止める事なく掘り続ける。ある程度の深さの穴が掘れるとワートは手を止め、布を敷いた上にルニスを運んできて寝かせた。

 まだ実感ができない。ルニスの顔を見る。本当に、生きているみたいだった。ルニスに初めて出会ったあの日と、何も変わらない。もしかしたらいつものように私の名を呼んでくれるかと思い待ってみたが、駄目だった。

「おやすみなさいませ。ルニス様」

 ワートはルニスの全身を覆うように毛皮を掛けると、土をかけ始めた。知らない内に泣いていたようで頬が濡れているのを感じる。胸が痛いくらいに苦しい。土を戻し綺麗に整えた後、携えていた剣を置き、ワートは膝を付いた。

 ついに1人になってしまった。もう私には、何も無い。足を引き摺りながらどうにか花畑の外へと着いた。ここからならルニスの姿もよく見えるだろう。


 私の名を呼ぶあの声がもう一度聞きたい。私に微笑むあの笑顔がもう一度見たい。


 ワートは短剣を取り出した。

 私の手は汚れている。今まで殺した者の血と憎悪で。私の全身は穢れている。死者を冒涜した罪で。

 せめてもの償いとして、最期は苦しむべきだろう。もし生き返ることが出来ないとしても、ルニスのいない世界はもう考えられない。


 ヘルムを脱いで首を晒し、短剣で切り付けた。出来る限り深く。熱い。血液が流れ出る。

 しかし、いつまで経っても意識が遠のいたりとか、痛みすらない。

 私は死ぬことすら許されないのか。このまま苦しみ続けるしかないのだろうか。これも自分が犯してきた罪に対する報いか。


 ワートは空を見上げると、笑いが込み上げてくる。暫くすると何処からか居なくなっていたベスがやってきた。そして、地面を足で叩いた。見下ろすとマスクから貰ったあの種があった。マスクはあの時、道が途切れてしまった時にとか言っていた。それが何を意味していたかは明確には分からない。しかし今がその時ではないか。


 もしルニスが言ったように私も生き返ることができたなら、もう一度私はルニスの傍にいたい。次はルニスが生まれた時からいつか息を引き取るその時まで幸福な人生を送れるように。辛いことや苦しいことがあったとしても、私がその半分を背負って、もし私に幸せなことがあったら、ルニスと分かち合えると良い。


 ワートは種を手に取ると、口に含んだ。

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花の血 ー 盲目の姫と護衛騎士 ー 華井百合 @flower_lily

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