第59話



予想通り、館内はたくさんのカップルで埋め尽くされていた。


「私たちの席はあっちみたいね」


俺たちの席はかなり奥まったところにあるようだった。


俺と姫路はたくさんのカップルたちの前を通らせてもらいながら、二人並んだ席を目指す。


「うわ…めっちゃ可愛い」


「ちょっと!?」


姫路が前を通る時、何人もの男が姫路に見惚れていた。


中にはつい心の中で思ったことを漏らしてしまう間抜けもいて、隣の彼女に思いっきり咎められていた。


大体五つぐらいのカップルの雰囲気を映画上映前に険悪にしたところで、俺たちはようやく自分たちの席に辿り着いた。


「ここみたいね」


「そうだな」


俺たちは並んで腰を下ろす。


「すごいわね」


姫路が映画館内を見渡して言った。


「そうだな」


人の数なのか、それともカップルの数なのか、どちらに対して言っているのかわからなかったので適当に相槌を打つ。


「私たちも…周りから見れば同じように見えているのかしらね」


「…」


どうやら姫路が言いたかったのはカップルの数のことのようだった。


「どうだろうな」


俺は少し自重気味に言った。


今の俺と姫路ではあまりに釣り合いが取れていない。


他人が見ても手でも繋がない限りはカップルには見られないかもしれない。


「あまりそういうふうには見えないだろうな、俺たちは」


「あら、どうして?」


「…さあな」


「じゃあ、こうしたらどう?」


「…っ!?」


肘掛けに乗せた俺の手に、姫路の手が重ねられる。


柔らかくて少しひんやりとした感触に、俺は跳ね上がりそうになる。


「お、おい…?姫路?」


「このまま」


「い、いや…」


「私たち以外はこうしているのよ。私たちだけしないのは不自然だわ」


「…」


そういうものか?


いや、違う気がする。


なんだかうまく丸められている感が否めない。


そんなことを考えているうちに、上映が始まった。


当たり前だが、二度目の視聴なので前回よりも感動は薄かった。


二度目のテンプレートが情緒的な音楽と効果的な演出とともに繰り返される。


終盤に差し掛かってくると、周囲で啜り泣きが聞こえてきた。


前回同様、主に泣いているのは女の方だった。


姫路はどうなのかと気になってチラリと隣を見ると、姫路は泣いてこそいないもののかなり集中して映画を観ているようだった。


俺は姫路でもこんな映画に夢中になることがあるのかと思いながら、上映時間が過ぎるのを待った。


やがて映画が終わり、館内が明るくなった。


まだ感動冷めやらない様子の女性客たちがあちこちで泣いたり、彼氏に抱かれて慰められたりしている。


皆余韻に浸っているのか、なかなか席を動こうとしない。


そんな中姫路は映画が終わるや否や、すくっと立ち上がって淡々と言った。


「行きましょうか」


「…そうだな」


俺たちはまたたくさんのカップルの前を通って館内を出た。


「よし、それじゃあいよいよ作戦会議を…」


「待ちなさい」


ようやく本題に入れると、俺が作戦会議について口にしようとした瞬間に、姫路が遮ってくる。


「もうすぐお昼だわ」


「…」


時計を見る。


確かに姫路の言うとおりだった。


「だったら昼食をとりながら作戦会議を…」


「映画の感想でも語り合いましょうか」


「いや…なぜそうなる…」


「なかなか感動的な映画だったものだから、誰かと語り合いたい気分なのよ」


「お前感動してたのか?」


映画を観ている時の姫路渚は集中していたものの、感動しているようには見えなかった。


「どう言う意味よ」


「い、いや…」


「私だってあんな映画をみて心打たれることだってあるわ」


「そ、そうか」


「作戦会議は、昼食の後にしましょう。いいわね?」


「…わかった」


ほとんど有無を言わさぬ姫路渚の口調に俺は頷くしかなかった。




それから俺たちは2階にあるフードコートへと移動し、昼食を購入。


食べながら先ほど見た映画の感想を語り合った。


「ありがちだったけど、面白かったわね」


「…そうだな」


姫路渚の感想は大体俺と変わらなかった。


ストーリーラインはありがちだが、ツボを押さえていて、それなりに感動できた。


ヒロインの女の子にもそれなりに感情移入することができ、ラストシーンではもう少しで泣いてしまいそうだったとのことだった。


「そう言うふうには見えなかったけどな」


「失礼ね。さっきから私のことをなんだと思っているの?」


「戦闘狂いの魔術師。間違っているか?」


「間違っていないわ。でも…それだけじゃない」


姫路渚はそこで言葉を切って、それから遠くを見つめた。


「以前までの私ならあんな映画をみても感動することはなかったでしょうね。ついこの間まで、私は魔術に関すること以外に興味を持てなかった」


「…今は違うのか?」


「違うわ。私は変わったの。誰かさんのせいで」


「…ほう。どう変わったのだ?」


「知りたい?」


姫路が俺の方を見た。


その口元には謎の笑みが浮かんでいる。


「興味ないな」


「連れないわね」


「聞いて欲しいのか?」


「別に」


「なら構わないだろう」


「そうね」


ふふふと姫路が笑う。


やたらと楽しそうだ。


「ねぇ、月城くん」


「なんだ」


「私がもし…あの子みたいに病気であと余命数週間の命だとしたら…私の願いをなんでも聞いてくれる?」


「…急に何を言い出すのだお前おは」


「それくらい答えてくれてもいいでしょう?仮に私が重い病気だとしたら、あの映画の中の男の子みたいに私の頼みを聞いてくれるのかしら」


「…おかしいな。同盟を組むかわりに望みを聞いてもらえるのは俺の方ではなかったのか?」


「…それもそうね」


思い出したかのように姫路がいった。


「何を私に望むのか、決めてくれたのかしら?」


「いいや、まだだ」


「焦らすのね」


「じ、焦らすとかじゃない…決めかねているだけだ。これはとても重要なことだからな。この重要な権利を使ってどのようにしてこの同盟関係を俺に有利に持っていけるか考えているだけだ」


「やだ。私をどうしようっていうの」


「お、おい…!?」


姫路が突然自らの体を抱くようにして俺から離れてみせる。


周囲の人が何事かと俺たちの方を見る。


「な、なんのつもりだ姫路渚」


「いえ。一体月城くんにどんな要求をされるのかと思うと怖くなってきてしまって」


「お、お前何か勘違いしてないか?」


「何がよ」


「お、俺はお前が考えているような…その…なんだ…は、破廉恥な要求をするつもりは」


「破廉恥」


「く、繰り返すな」


「破廉恥をするつもりだったの?」


「違うって言っているだろうが!」


思わず大声を出してしまう。


周囲の人たちが可哀想な人をみる目を俺に向けてくる。


俺は恥ずかしくなって顔が真っ赤になる。


そんな俺を見て姫路渚はくすくすと楽しそうに笑っている。


「楽しいわね、月城くん」


「…お前だけだ」


どうやら俺は揶揄われていたらしい。


深呼吸をして心を落ち着けてから、俺は大きなため息を吐いたのだった。



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シナリオゲーの悪役魔術師に転生した件〜使えない主人公の代わりにピンチのヒロインたちを救ってたら全員ヤンデレ化したんだが〜 taki @taki210

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