銀色の夜
いくつもの断崖に囲まれ、細く長い道を進んでいく。
道というのは不思議なもので、確かに進んでいるというのに遠くまで続いている気がしてならない。
壁が徐々に視界の占有率を上げてゆき、耐えられなくなったところで道を曲がる。そうして俺達は進んでいた。
道を曲がれば何が目に飛び込んでくるだろうか?そう、次の道が飛び込んでくる。もはや俺が視界に映す度に生やしているんじゃないのか?現在進行形で先を示し続ける道に眩暈しそうだ。
こんな風に長々と語るのは何故か?それは……
「あーっ、疲れたぁー!」
「一度休むか?夜も近い」
「丁度いいわねここなら何もいないわ」
疲れた。それもちょっとやそっとじゃない、激烈に疲れている。
重さにしてバックパック様とレイシーとアンゼの2.5人分を支え、その上で一度も足を下ろすところを間違えてはいけない緊張感。
それが遠回りによって現れた何もない道によって一気に緩み、どっと押し寄せてきていた。
……あれ?その場に座るぐらいのノリで腰を落としたはずだと言うのに、俺は大きく尻餅をついた。
「設営頼む、あ、あと……水も」
「もう少し早く気付くべきだったな、すまない」
「今度からはもうちょっと早く言いなさい、ヘトヘトじゃない」
そうだ、もっと早く気付くべきだった。ダンジョン歴は長くとも、こういう肉体的疲労を伴う緊張感や突然部屋が明るくなったような弛緩のギャップを俺は経験した事がない。
いつもはなんだかんだで死んでリセットされていたから。
「ほら、水も飲ませてあげるわよ。はい口開けてー」
「ああいがおう」
「水を飲む時ぐらい黙って飲まんか、忙しない」
至れり尽くせりだ。普段あんなに言葉で取っ組み合いしていると言うのに役割分担してテキパキと動いている。
普段あれほど俺を馬車馬のような扱いをするアンゼが馬車馬のように働いている。
なんだ……?これは夢か、夢なのか……?
「やはり二人が真の女神だったか」
「はぁっ!?き、急に何言ってんのよ!」
「またクソメガミウムとやらのせいか?頭も冷やせバカテカ」
現実だった。ただ少しいつもと違うのはアンゼに心配されていることだ。
頭を冷やせと言いながら冷やすための水袋を作るやつがどこにいるだろうか?
ぶっきらぼうな優しさに俺は少し、本当に少しだけ目頭が熱くなった。熱くしすぎると冷やせと言われてしまうからな。
「さ、これで夜を迎えられるわよ」
野営と聞いて何を思い浮かべるだろうか?焚き火?口の水分を全て持っていってしまうパン?寝袋や椅子?
「ははっ、本当に至れり尽くせりだな……」
屋根の付いたテントに毛布、木材はないもののヨウランタンの葉で焚き火が出来るほどだ。
ここがダンジョンでなければ一日中でもくつろいでいられるが生憎ここはダンジョン、それも三層。
そして野営が意味する事とは……
……夜がやって来た。
夜とは恐ろしいものだ。明かりがなければ足元すら見えない、魔物がいれば襲来に怯えなければならない。
しかし魔物のいないルートでこれだけ十全に準備した甲斐もあり、震えることなく夜を越えれそうだ。
「わー……綺麗っ!ここにもこんな絶景があるのね!」
レイシーが遠くを見上げて感嘆の声を上げた。
俺も釣られて見上げると、そこにはすっかり暗くなった空を銀色のピカピカが彩っていた。
「まるで星のようだな」
「ああ、三層もきれ──」
何かがおかしい。俺の第六感がそう告げて来た。
しかしおかしいと言ってもダンジョンが怒る様な行動は何一つしていないし今だってただ空を見上げているだけ。
それだと言うのに震えが止まらない。釘付けになって目を離せない。
そ・れ・はだんだんとこちらに近づいてきて、ようやくそれが星ではない事に気付く。
……飛んでいる。その事がわかった瞬間に俺の脳裏にあった言いようのない不吉な予感が一つの線で結ばれる。
迂回ルートには何故魔物がいないのか?何故最初の道にはあれほど魔物が根付いていたのか?地図上で赤く塗りつぶしていると言うのに何故夜は危ないなどとわざわざ触れるのか?落ちて死ぬだけの場所を探索者シーカーが死底などと名付けるものなのか?
それらの答えを思考をほとんど介さず導き出せたのは、おおよそ探索者シーカーの直感とも言えた。
「アンゼ、火を消せ」
「……む?わかった」
冷静に。だけど迅速に。
「レイシー、先にテント入ってろ」
「ぇ、え?」
「俺達もすぐ入る」
夜は動かない方がいい。それはせいぜい地面の盛り上がりに気付かないからだとか谷底に落ちるからだと思っていた。
しかしそれも迂回ルートが主な移動経路だとするならばおかしな話である。何を怯えている?
答えはきっと俺達がまだ知らなくて、これから知る事。
俺は状況の飲み込めていないアンゼに空を指差して言った。
「隠れるぞ」
「なっ……!」
アンゼもようやくその姿が見えたのだろう。それが何か理解したはずだ。
──銀色の夜がやって来た。
俺は口を開けて固まるアンゼを抱えてテントに飛び込む。
そしてレイシーの持っている地図に書いてある事からアタリを付けた。
ここ三層は死底であり銀峡である。谷底には濃密な死の空気が漂っている。そしてそれらは夜になると谷底から登って来る。
とどのつまり、空を覆い尽くす星のような銀色は谷底を埋め尽くす死である。
俺はアンゼの様子を見て急いでレイシーの顔に毛布を被せた。
「ち、ちょっとなんな──」
「レイシー、俺が良いって言うまで動くな、喋るのもなしだ」
空を飛び、夜行性で、暗いところに群れてとまっている。
地上のものとは少し違うが、さっき見たのでほぼほぼわかった。夕方になると時々現れていつの間にかいなくなっている生き物。
アレは恐らく……コウモリの魔物の大群だ。
「…………」
「………………」
銀色の夜との我慢比べが幕を開けた。
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ダンジョン探索者〜クソ女神とイカれた探索者の最後尾攻略、何故か俺だけぼったくられるんだが!?〜 奈火 @NabikNight
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