ゴリ押しのその先を知る


「アンゼ!圏内だっ!」


「くっ……これは厄介だな……」


 知らず知らずのうちに白い魔の手の有効射程に入ってしまったアンゼを大声で引き戻す。

 こんなことを俺達はかれこれ1時間ほどやっている。


「レイシー、他の道はないのか?さっきから全然進んでいる気がしないんだが」


「うぅーん、遠回りをするにしてもここを越えなきゃいけないっぽいのよねー」


 いい加減疲れてきた。一歩前に踏み出すたびに緊張状態に入るため、まともに息つく暇はない。

 見た目上は少々ボコっとした道でしかないはずだが、実際は感知される範囲の問題でほとんど隙間のない険しい道を作り出していた。


「駆け抜けてみるのはどうだ?私なら行ける気がするぞ」


「駆け抜けるかぁ……レイシー、スライムボール一個出してくれ」


 駆け抜ける。もちろん最初に考えたが俺は却下していた。実際にやって見た方が早いだろう。

 水を切る要領で低く鋭く投げる。


 勢いよく宙に投げ出されたスライムボールは地面に吸い込まれるように着弾すると逃げるように跳ねる。

 着弾により反応した白い手がスライムボールを捉え掴もうとするも、高さよりも速さを追求して投げられたそ・れ・は捕まることなく跳ぶ。


「いけそ──」


 僅かばかりの希望は打ち砕かれる。スライムボールを追った手は地面をぶち破って来た時の欠片を地面に落とし、次の手を起動する。

 スライムボールがボコボコゾーンを抜けかけたその時。白い魔の手はスライムボールを追い越した。

 手の一つ一つはスライムボールを捉えきれなくともほんの少し掠ればそれで良い。瞬く間に四方八方の手に捕まれ、スライムボールは空中で八つ裂きにされた。


「ボールでこれだ、やってみるかアンゼ?」


「あ、あぁ……やめておく」


 凄惨な末路を想像してアンゼの顔は真っ青になっていた。

 ただし渡る人数を減らすという案は悪くない、足場もその分増え時間短縮に繋がるだろう。


「二人とも、ちょっと来てくれ」


 つまりは……


「そうそう、そのまま登って」


「アンゼも登って」


「よし!これで行くぞ!」


 ……肩車だ。二人を乗せもはやトーテムのようになってはいるが、これなら一人分の労力で三人渡れる。

 その上仮に捕まっても早いカバーが見込める。アンゼはバランスが良い上に軽いから多少レイシーが体勢を崩してもなんとかしてくれるだろう。

 欠点と言えば……


「ちょっと重いな」


「お、重くないわよ!あんたが二人も乗せるからでしょ!?」


「私は軽いからレイシーが重いのであろう」


「ちょっと!自分はちんちくりんだからってそんな……あたしだってアンゼぐらい短足で絶壁でちっちゃかったら軽いですぅー」


「な、なにを言う……!」


 ちょっと騒がしいことぐらいか。

 いつものように戯れ始めた二人だが、肩車している関係にあり更に二人の行く末はそのどちらでもなく俺が握っていると思うとなかなかに滑稽だ。協力をしろ協力を。

 

「二人共ー、次はどこが安全だ?」


「右だ」


「右ね」


 思わぬ副産物があった。高く積み上げられた事によって灯台のように上から全体が見渡せるのだ。

 詰まないルートを選べるようになった俺達は苦労していたとは思えないほどあっさりとボコボコゾーンを抜け出す事ができた。



「な、なあアンゼ……道、見えるか?」


「うむ、これは…………」


 二度目のボコボコゾーンを目の当たりにしていた。今度はさっきの道とは違い壁もあり、安全地帯の把握がより複雑なものになっていた。


「バステカ、さっきのボールを投げてみてくれ」


 壁に当てないようにという条件をプラスされ、今度は力任せで投げた。

 スライムボールは風を受け楕円に変形し、壁の前を通り過ぎて行く……と思われた。

 触れてもいないというのに盛り上がりが蠢き、黒い手が壁から現れスライムボールを引き裂いてしまった。


「諦めた方がよさそうだな」


 一番上にいる司令塔と言っても過言では無いアンゼの一声で肩車作戦は崩壊した。

 肩車が出来なければ大幅な時間ロスが発生する、一人ずつしか進めない上に失敗した時のカバーも難しい。そして何より新たに現れた黒い手の範囲と数がわからない。


「レイシー、遠回りをしよう」


「そうね、こっちよ」


 時間はかかるだろうが、戦略的撤退であり最も効率的に三層を抜けるための選択だ。

 

 遠回り用の道を進んでいると不思議なことに気付いた。


「あれ?何もいないな」


「良いことじゃない」


「まあそうなんだけど……なんか……」


 気味が悪い。その言葉を俺は飲み込むことにした。気に留めなければただの道だ。警戒するのも体力を使う、無駄な事は言わなくていい。

 それに、谷底から近いところだけが異様に魔物が多いだけの可能性もある。

 

 ……あんまり考えないようにしないとな。


 思考巡らせているとつい俺の中の何かが谷底を見てみたいなどと暴力的な願い事で埋め尽くされてしまう。

 気をつけなければまた一層の時のように何かをやらかしてしまう気がした。



 好奇心という魔物はいつも探索者シーカーの心の中に棲んでいるのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る