山盛りの願いと不気味の谷
俺達は燦々と煌めく星を見上げ、バカみたいに口を開けて呆けていた。
二人が星に何を重ねているのか、皆目見当もつかないが俺は初めてアンゼと出会った時の事を思い出していた。
もしあの時アンゼを見つけていなかったら。もしアンゼがくしゃみをしていなかったら。もしアンゼが大人の姿のままだったなら。もしアンゼが不審な動きをお茶目として誤魔化そうとしなければ。
こうして誰かとダンジョンを潜る事はなかっただろう。
「星座の導きってやつか……星座見当たらないけど」
これが運命だと言うのなら、どうかそのままで。イタズラなら他所でやってくれ。
俺が思い出に呆けている間に二人は星に向かって手を合わせて何かを願っている。
流れてない星に願い事をするなんていつぶりだろうか、ダンジョンに潜ってからだったか、ダンジョンに潜る前だったか?まあどっちでも良いか。
俺は二人に習って手を合わせ、願う。きっとアンゼも同じことを願っているんだろ?協力してやるよ。
……アンゼが魔法を使えますように。
(ゴキブリ退散ゴキブリ退散……)
(捕まりませんように捕まりませんように……)
良いことをすると気分がいいなぁ……未だ願ってる二人の首根っこを掴んで歩き出す。
「ちょっと!まだ願い事の途中じゃない!」
「そうだ、こういうのは念入りに願わなければ実らないのだぞ」
「はいはい、お前達の分も願っといたからさっさと三層いくぞー」
俺より先に手を合わせていた癖にまだ足りないというか。あんまり長い願い事はお星様に嫌われるぞ。
早く三層を見てみたい一心で俺は足を前に進める。
「レイシー、腹に力を入れろ。今度こそ耐えるぞ」
「まかせなさい!もう慣れてきたわ!」
視界が真っ赤に染まった。
「「おろろろろろ……」」
三層の入り口、当たり前のように戻していた。
俺達はまた勝てなかったのだ、この不可逆の吐き気に。
「そりゃあそうなるだろう、腹に力を入れるとかそういうシステムではないからな酔いというやつは」
くそぅ……こっちはこんなに苦しんでいるというのに。
まるで平気そうなアンゼの背に恨みがましい目線を向け、第三層の踏破が始まった。
「第三層は……言うとすれば白銀の峡谷か?」
目の前に広がる白銀色の二つの山は互いに襲い掛からんとばかりに隆起している。
二つの山が睨み合い落とした影が谷底に灰色の死を生み出していた。
間違っても谷底に落ちてはならない。そう感じさせる異様で不気味な雰囲気がここまで登ってきていた。
「バステカ、地図出させて」
レイシーが俺のバックパック様をまさぐる。買い込んだため晴れて俺は荷物持ちという役職を任されていた。
任命された際に『バックパック背負って死んだら殺す』と言われたことは記憶に新しい。
「やっぱりそうね、この谷底はデッドゾーンとして真っ赤に塗られてるわ。絶対に落ちないようにしましょう。あとここは死底の銀峡っていうらしいわよ」
「死底の銀峡……名前からして暴力的だなぁ、なあアンゼ」
「なぜそこで私に話を振る」
なんて暴力的な視線なんだ。
俺はこの深い谷底よりもアンゼが怖い。なんてったって殺さないラインでダメージを与えてくるからだ。ひどい時は精神攻撃もしてくる。
「えーっと、死底の銀峡では盛り上がっている壁や地面に気をつけるべし。夜は動かない方がいい、不吉が音を立てて谷底から登ってくるから」
レイシーの言葉を聞き流しながら俺は盛り上がっているところを探した。
目を凝らすまでもなく辺りの凸凹全てが所謂盛り上がりである事がわかる。
「地面の盛り上がりってこれのことか?」
「あーそうそう、そういう……って何近づいてるのよ!あんた死にたいの!?」
そんなわけないだろ、ただワケもなく気をつけろと言われたら何故気をつけろというのか気になっただけだ。
長さにして肘から指先ほど。そこまで距離を詰めた時、地面が一瞬蠢いて見えた。
「バステカっ!下よ!」
レイシーの言葉に反応して飛び退く。しかし盛り上がった地面から白色の手が伸びてきてつま先を掴まれてしまう。
「なっ……!力強っ……」
つま先から徐々に手繰り寄せるように白い魔の手は登ってくる。くるぶし、足首、脛、どんどん手繰り寄せるスピードは上がり、俺は引っ張られて体勢を崩した。
「このっ!その手を離しなさい!」
勢いよく飛ばされた水が俺の足と白い魔の手にかかると、ビクッと震えて地面にその手を仕舞った。
後にはついさっきまで手が出ていたとは思えないほど綺麗に閉じられ、ただの盛り上がっている地面だけが残っていた。
「さんきゅーレイシー、助かった」
「全く、あとちょっと遅れてたらどうなってたかわからないわよ?もっと慎重に動きなさいよね」
「あ、あぁ……」
そうだ後少し水をかけてもらうのが遅かったら。もしも水に臆する事なく引き摺り込まれていたら。
どうなっていた?地面に引き摺り込まれて死ぬ?いや、片足だけ持っていかれて死に損なうのか?
後者の場合とんでもない地獄だ。
俺は最悪が頭に浮かび体を震わせた。
「よ、よーしみんな。各自水を持って進むように!」
「あんたは2本ぐらい持っておいた方がいいんじゃないかしら……」
「2本で足りるといいな」
斯くして、俺達の三層踏破は本格的に始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます