寄せては返す荒波
「ドラゴン拝みに行くぞ!」
「おーっ!とはならないわよ」
「説明を省くな、わからんだろう」
仕方がないので俺は懇切丁寧に、女神でもわかるほどに噛み砕いて口を開いた。
「10層、ドラゴン出現、ゲット、売る、マネー、おーけー?」
「もう少しわかりやすくだ──」
「おーけー?じゃないわよ!思いっきり闇商売じゃない!」
目をかっぴらいたレイシーの大声が一層中に響いた。
待て待て待て待て!
「しーっ!そんな聞こえる声で言うな!」
「お前も聞こえてるぞバステカ」
事の重大さに気付いたのかレイシーは慌てて自分の手で口を塞いだ。
俺?俺はいいんだアンゼよ。
「大丈夫、大丈夫だレイシー。おっさんによればグレーのラインだそうだ」
「あんた正気!?闇商人やつらはゴキブリを見てもグレーだねって言うのよ!?信じられるわけないじゃない!」
「じゃあお前らこの先しばらくゴキブリの出る家で寝るか?」
「私は嫌だぞ、外の方が100倍はマシだ」
俺達は何も知らないんだ、ゴキブリはグレーだって聞かされて黒光るカサカサしたした奴を取り逃がしたとしてそれは仕方のない事だろ?
ゴキブリに金は代えられないんだ。
「うっ……そもそもなんで2択しかないのよ!もっと他に何かあるでしょ!?」
「なにかって?」
「それは……」
わかる、気持ちはわかるぞレイシー。俺だってクソ女神を清廉潔白な聖女のようなお方ですと言われたらキレる。超キレる。
だがそれでも我慢しないといけない時がある。聖異物コレクションの命がかかってるんだ。
「仕方……ないんだ、だから無理強いはしない。ただ俺はやる。やらねば明日は来ないからな」
「私は黒かろうとゴキブリを消し飛ばすためならなんだってするつもりだ」
俺とアンゼの意志は固い。必ずしも俺達はあのオンボロハウスをリフォームしなければならない……!
「……わかったわよ、やればいいんでしょやれば!」
「いや、別に無理には……」
「二人だけじゃどうせ死んで帰ってくるのがオチだから一緒に行ってやるって言ってるのよーーー!」
レイシーはチョロかった。なんだかんだでギャンブルにハマるタイプの人間だった。
しかしまあ……
「二人も三人も変わらないぞレイシー、俺達三人ともクソ雑魚もいいところなんだから」
「そうだな、魔法も剣もない私達では死ぬ運命は三人になっても覆ることはないな」
「うるさーーーい!!!」
誰よりもうるさい声が森に木霊する。
俺とアンゼは耳を塞いだ。
もう何度目かの森抜けだ。
途中いくつもの誘惑があった。少し形の違うヨウランの葉に滅多に見つからない琥珀。
こんな日に限ってたくさん見つかるレアモノに俺はなんども手を伸ばしかけた。
「ちょっと大丈夫?あんたすごい顔してるわよ?」
「放っておけ、笑ってないうちは安全だ」
「……?危ないのはバステカじゃないの?」
「ああ、危ないのはバステカだな」
「ぬぬぬぬ……っ!」
噛み合わない会話など耳にも入らない。俺はただ強い意志で心を鬼にしていた。
俺の中における優先順位はこうだ。
自分で入手した聖異物コレクション、その次にレアモノ、その次に聖異物、その次に命。となっている。
だからすぐそこにレアモノがあったとしても俺は愛する家族コレクションを守るために前に進み続けるしかないのだ。
「あっ、あそこじゃない?」
あと少しで抜けられそうになり、一瞬気を抜いてしまった。
そして幸か不幸か、たまたま視界の片隅に形の綺麗なヨウランの葉が目に入った。
心の鬼がこの上なく幸せそうに笑った気がした。
「バステカっ!戻れっ!」
次の瞬間、俺は空を見上げていた。空と言っても灰色でゴツゴツした可愛げのない空だが。
何がどうなったか何もわからない。ただこの引き摺られるような感触から俺が何かやらかしたであろう事はわかった。
「レイシー、二層へ行くぞ」
「ぇ、え?バステカ……大丈夫なのそれ?」
「大丈夫だろう、笑っておるし。今頃お花畑でも見ているのだろう」
「それ死んでない!?」
二人の会話が右から左へと抜けていく。
何故だ?何故こんなに胸が痛い?それと何故か頭も痛い。
何もわからないまま俺の視界は真っ赤に包まれた。
……あっ、死ぬのかな俺。
「「おろろろろろろ……」」
「いい加減慣れんか」
胃から湧き上がる強烈な不快感で生を実感した俺は、今回も仲良く二人で吐き散らしていた。
アンゼのあまりにもあんまりな発言に俺達は腹の底から怒りが湧き上がってくる。あ、ゲロだったかもしれん。
「おろーっ!おろろろっろおろろろ、おろろろ!?」
「おろろ!おろろ!」
俺が指を差して叫べば、レイシーも同調するように叫んだ。やはり俺達の気持ちは一つになっているようだ。
「いま明らかに何か言っただろう!レイシーがそうよそうよと同調していたことぐらいは私にもわかるぞ!さあ言え!なんと言った!」
「「おろろろろろ」」
「人語を話せ!!」
「「きもちがわるい」」
だから言っただろう。嘔吐言語が話せる意味は一つしかないと。
目は焦点が合っておらず、瞳孔は開き切っており、体はプルプルと震えている。今まさに気がおかしくなりそうな様子のアンゼに俺は勝ち誇った顔を向けた。
「いい加減慣れんか」
「バステカァァァァァ!!!」
綺麗に意趣返しを決めるとアンゼは堰が切れたように吠えた。まるで燃え盛る犬のような勢いだ。
その日、二層の入り口には吠え続ける小さな番犬がいたとかなんとか。
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