弊害と弊害


「ずびばぜんでした」


 俺は今、絶賛魔王……いやアンゼに土下座していた。


 ……くそぅ、途中までは順調だったと言うのに。


 どうしてこんなことになっているのか思い返す。

 そもそも俺はお散歩をしていたはずだ、平和で安全な心地の良いただのお散歩。土下座に繋がる要素なんて何一つなかった。

 狂ったのはアンゼが変なことを言い出してからだ。


 買い出しを手伝ってもわからないから、あっちは一任した方が早い。


 俺の頭の中は混乱した、お散歩に早いも遅いもないはすだ。ただ日当たりのいい道を呆けながら歩く、それこそがお散歩の真髄だと思っていたからだ。


 しかしアンゼが言い出したのは反対の言葉。おおよそ効率を気にしている言葉だった。

 俺はアンゼに落胆されたくなかった。きっとこのお散歩に意義を求めているはず。そう導き出したアンゼマスターの俺は斯くして効率的お散歩を目指したんだ。


 お散歩の効率がいいとはなんぞや、その言葉の意味を考えるところから始まった。

 一見ただ歩いているだけでありながら、道中で濃密な時間を過ごす。

 えっ!?ただ歩いてただけなのになんか色々わかっちゃったー!?作戦だ。

 

 レイシーの行動と今日の目的から求められているものはダンジョンの情報だと瞬時に弾き出した俺は、どことなく噂話が飛び交いそうな露店通りでお・散・歩・することにした。


 俺の勘は恐ろしいほどに鋭敏で、すぐに金になる話をキャッチした。

 もちろん俺は出来る男なので詳細な話を尋ねた。

 次の目的地と何をすれば良いかの情報をゲットした俺は笑顔で感謝して退散したはず。

 最小限の動きで最大限の情報を得る。効率的お散歩のはずだったんだ。


「一体どこで間違ったんだっ……!」


「最初からだバカテカ」


 アンゼはひどい名称と共に衝撃の言葉を発した。


「サイショ、カラ……?」


「別に私は効率を求めてお散歩班に来たわけじゃない、ただたまには呆けて歩きたかっただけだ」


 なんだ?目の前の魔女っ子は何を言っている?それじゃあ俺の至福のひと時お散歩はどうなる?ただの勘違いだって言いたいのか?


「それがどこかのバカのせいで尻拭いをさせられ、お金が足りないからと売り子をさせられた。さて私の楽しいお散歩ライフが音を立てて崩れ去ったわけだが何か申し開きはあるか?」


 アンゼは地面に影を落とす。這いつくばる俺を覗き込んでいる証拠だ。

 この問答で俺の生死は決まる。慎重にかつ鋭い回答を!

 怒っている人間に対する対処法、それは出来るだけ刺激せずに怒りの矛を納めてもらうことだ。

 つまり今回の場合はこれ……!


「それはそれは、大変なお仕事を……そうだ、ここは一つ俺に肩を揉ませてください。これでも自信があるんです確実にアンゼさんの疲れを取って見せますよ」


 労いだった。俺が今繰り出せる最強の技だ。

 頼むアンゼ、どうかこれでその剣を鞘に……怒りを納めてくれ!


「まず人様に迷惑をかけてごめんなさいだろうバカモノ」


 ハズレ。現実は無情にも俺の命乞いにも似た懇願を一蹴した。

 なおもアンゼは止まらない。


「人様に迷惑をかけて?」


「俺はただ──」


「かけて?」


「ごめんなさい」


「よろしい」


 俺は市中引き回しの刑を言い渡された。







「なんでお散歩してるだけでそんな事になるのよ」


 レイシーはひどく冷ややかな目で引き摺り回されている俺を見た。


「私にも手に負えん。こうしてリードを付けるべきだと判断した」


「ほんとに何したのよ……」


「俺はただ!効率的にお散歩をしただけだ!」


「あぁ、その言葉だけでバカをしたことだけはわかるわ……」


 まだ何も言っていないのに納得された。解せぬ。

 とはいえこれで役者は揃った。出発の時だ。


「アンゼサン、行きましょう、ダンジョンに」


「そうだな」


「あたしがおかしいのかしら……?」


 当たり前のように引き摺られていくその光景にレイシーは頭を抱えた。

 人が頭を抱える姿はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ面白かった。

 初めて俺は引き摺られている事に感謝した。







 結局大聖堂まで引き摺られたものの、修道士が俺の入店に心底嫌そうな顔をしたため無事釈放される運びとなった。


「「「女神様よ、我にかかる災いを払い除ける力を与え給え」」」


 二度腰を折り、手を合わせ、祈る。いつもの儀式だ。

 祈りを済ませた俺達は地下へと続く階段を下り、行き止まりで手を翳した。


 ──視界が真っ赤に染まり、体に異変を感じる。


 


「おろ?おろろー?」


「おろろっ!おろろぁ!おろろぁ!」


 一層で今回も仲良く吐き気に負けた俺とレイシーは嘔吐言語の使い手となっていた。いつもの儀式だ。

 

 全く、何度通っても慣れないこの吐き気だけはなんとかならないのか。

 俺はうんともすんとも言わない転移陣吐き気生成マシーンを恨みのこもった目で睨みつけた。


「おーろっろ、おろろろろろ?おろろー!」


「おろー!」


「人語を喋れ人語を」


 この苦しみ吐き気を知らないアンゼから抗議が入る。

 バイリンガルじゃないものはこれだから……憐れみを込めてやれやれと首を振る。


「……それで?なんて言ってたのだお前達は」


 あまりにも無粋な質問に俺とレイシーは思わず吹き出してしまう。あ、まだゲロだった。

 なんて言っていたかなんて言うまでもない。嘔吐言語が意味するのは一つだけなのだから。


「「きもちわるい」」


「またそれかっ!明らかにもっと喋っていただろう!?」


 どれだけ言葉を引き伸ばそうがどれだけ言葉を短く切ろうが吐き気からは逃げられないんだ。きもちがわるいんだ。

 なに、魔女サマも転移酔いすれば嘔吐言語を理解できるさ。


「まあ、汚い話はそれぐらいにして本題に入ってくれバステカ」


「本題?」


「この際地上で何をやらかしているのかには言及しないが、ただ迷惑をかけていただけではないのだろう?」

「効率的お散歩の成果ってやつだ」


 アンゼからのキラーパスに思わずテンションが上がる。

 そうだ、俺がしていたのはただのお散歩とは訳が違う、しっかりと情報収集をしていたんだ。

 オンボロハウスから抜け出すために金を稼ぎたい俺達と男達から得た金になる噂話。これらを踏まえた上で今回の目的は何か?


「ドラゴン拝みに行くぞ!」


 ドラゴンの幼体を捕獲する事だった。

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