天泣の果てに竜煙は昇る

効率的お散歩


 組合ギルド内に酒の雨を降らせたのももう3日も前のこと、空のティーカップを傾け、集めた聖異物コレクションを眺める。俺はいつもと変わらない何気ない昼下がりを満喫していた。


「もーっ!なんでオンボロハウスのままなのよぉー!」


 小鳥というにはちょっと大きな声で鳴くこの金髪はレイシー、ここ2日ほどこうして発狂しているちょっとやべーやつだ。


「しかしレイシーも楽しんでいたではないか、私は何故か酒を取り上げられたというのに」


 未だ3日も前のことを引き摺って恨めしそうにぐちぐち言ってるのはアンゼ、大人しい顔をして少し……いや暴力的な危険人物だ。俺が何度市中引き回しの刑に処されたことか。


「中身が32歳だとしても見た目からしてお子ちゃまのお前に酒飲ませるバカはいねえよ」


「えぇっ!?アンゼって32歳だったの!?どこからどう見ても子供じゃない!」


 あぁ、そう言えばレイシーにはまだ言ってなかったか。

 俺はアンゼの首根っこを掴んで持ち上げた。


「こちらの魔女っ子、なんと魔法が暴発してこの姿まで巻き戻ってしまったようで、今じゃ魔法の一つも使えない子供になります」


「魔女っ子ではない、アンゼだ。正真正銘の魔女だ」


 宙にぶら下がったまま反抗的な目だけを向けて抗議してくる。

 3日前の宴を引きずっているのか、いつもに比べて随分と覇気がなかった。


「そ、そうなのね……それは気の毒だったわねアンゼ…………ってそうじゃないのよ!あたしはなんであんなことしたのかって聞いてるのよ!」


「ちっ、誤魔化せなかったか」


「いま舌打ちしたわね!?ハッキリ聞こえましたー最低でーすこの人仲間に向かって舌打ちしましたー」


 2日の間、のらりくらりと躱していた追及をついに真正面から受けてしまった。

 レイシーが叫んでいるのはあれだ、恐らくと言うか絶対というか3日前の宴のことだ。


「しょーがないだろ!言っちゃったんだから!ハイになってたんですぅートレジャーハンターズハイだったんですぅー」


「あーもうっ!普通このオンボロ物置きをどうにかするのが先でしょ!?あたしとアンゼ外で寝てるのよ!?」


「じゃあ中で寝ろよ!」


 俺達はあの日、つい調子づいて宣言した組合ギルド内にいる全員に奢ります発言を後悔していた。

 かろうじて赤字にはならなかったものの、家一軒建てられるほどの大金を溶かしたのだ、そりゃあノイローゼにもなる。


「あーもうっ!ああ言えばこう言う、ほんとにここのやつ全部売っ払うわよ!?」


「なっ……!それはズルいだろ!俺から命を奪う気か!」


「いっつも嬉々として命投げ捨ててるじゃないあんた!命の一つや二つ捨てて見せなさいよ!」


 卑劣なことにレイシーは俺の命よりも大切な聖異物コレクションを人質に取りやがった。

 おのれ金髪ぅ……!いつか必ずそのうるさい口を塞いでやる……!

 俺は土下座した。


「すみません命は勘弁してください俺はどうなってもいいのでどうか聖異物コレクションには手を出さないでください神様仏様レイシー様」


 背に腹は変えられない、どれほどの屈辱であっても守らなければならないものが俺にはあるんだ。

 俺は断腸の思いで舌を伸ばした。


「うわきたなっ!舐めるな靴をっ!よ、よるっ、寄るんじゃないわよーっ!」


 靴を舐めたからなんだって言うんだ、土下座したからなんだって言うんだ。

 試合には負けたが勝負には勝った。俺はなんとか人質の解放を取り付けることに成功した。


「何をしているんだこの二人は……」


 呆れ返ったアンゼの冷えた声だけがボロボロの壁に跳ね返った。






「よし、ダンジョンに行こう」


 今日も俺はダンジョンへ行こうと思う。しかしそれはいつもの蒐集のコレクションを増やすためではない。


「ちょっと!まだ話は──」


「金稼ぎに行くんだよ、ダンジョンは金になるって言ったのはお前だろレイシー」


 そう、金を稼ぐためにダンジョンに潜るのだ。

 俺だってほんとはそんなことしたくない、だが人質を取られるって言うのならとやかく言ってられない。

 ダンジョン探索者シーカーが金を稼ぐなら手段はひとつ、ダンジョンに潜ることだ。


「私も賛成だな、一刻も早くこのオンボロハウスを抜け出すためには一攫千金が一番だろう」


「よし、多数決で決まりだ!早速行こうじゃないか!」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!地図とか買ってくるから……」


 レイシーは真面目ちゃんだった。俺のような一期一会を楽しむロマン派とは異なり、着実に歩みを進めたいタイプのようだ。

 まあなんでもいい、ダンジョンに潜れるならな。宴は楽しかったが俺はやっぱりダンジョンに潜ってる時が一番幸せだ。






 俺達は買い出し班とお散歩班に分かれた。もちろん俺はお散歩班だ。

 

「アンゼはよかったのか?レイシーと行かなくて」


「行ってもなにもわからん、ならばレイシーに一任した方が早いだろう?」


 アンゼはあろうことか効率の話をし始めた。この全くと言って意味のないお散歩を選んだのにもかかわらずだ。

 俺は何かを試されているのか?


「ここからは効率的お散歩をするぞアンゼ」


「なんだそのバカそうな言葉は」


「なんだ、着いて来れないのか?」


「抜かせ」


 アンゼは求めているのだ、このただの冗長で無意味なお散歩に意味ってやつを……!

 俺は露店のある方へと足を動かす。きっとアンゼは俺に情報収集をしろと言っているんだ。……探索者シーカーならそういうのにも詳しいのだろう?案内しろ。

 俺はアンゼの心の裡に詳しいんだ。




「なあバステカ、何をしに来たんだ?」


「しーっ!大きい声を出してはいけません!」


「うるさいのはお前だバステカ」


 露店、ここは買取と販売がメインの聖異市場と違い、酒や食べ歩き出来るような店が多く出ている場所だ。

 冒険者も探索者シーカーも一緒くたになっているこの憩いの場は、噂を集めるには持ってこいの場所というわけだ。


「……ほら、アンゼも耳を澄ませてみろ、たくさんの話題が聞こえてくるだろ?」


「……聞こえてはくるな」


 恋バナに悪口に音楽に人死にの話まで。俺の耳は膨大な量の話の中から面白そうなものを見つけた。


 ……なあ知ってるかお前、最近10層にドラゴンが出たって話。


 ……なんだその物騒な話、聞いた事ねえな。


 ……なんでもまるで何かを探すように吠えながら10層を駆け回っていたらしい。


 ……駆け回ってただぁ?ドラゴンってのはデカくて飛び回る魔物じゃなかったか?


 ……それが目撃したやつによると幼体だって話だ。


 ……ドラゴンの幼体!?そりゃあお前、売れば高──


 男がその言葉を発するより早く、俺はダンジョンで鍛えた無駄に素早く静かな動きで距離を詰めた。


「失礼。その話、詳しく聞かせてもらっても?」


「なんだお前さん……げっ!バステカじゃねえか!」


 全く失礼なやつだ、げっ!とはなんだげっ!とは。

 そそくさと逃げ出そうとする男の肩を掴み、向かいにある酒を提供している店を見ながら俺は指を2本立てる。

 すると何を察したか男達は大人しくなった。


「あーこれはまだ噂なんだが、10層。灼熱の炎礁岸でドラゴンが見つかったんだ」

「そいつがまだちっちゃい幼体らしくてな。ドラゴンといえば山に囲まれたあそこ、ドラグリアあるだろ?」

「なんでそんな魂抜けたみてえな顔してんだ、国だよ国!竜騎国家ドラグリア。あそこは子供のドラゴンを高く買い取ってんだ。あんまり声を大にして言うなよ?グレーどころかかなり裏の商売だからな」


 男は無言で手を差し出してくる、話は終わったらしい。

 俺は感謝の意を込めて笑った。


「良い話だったよ!ありがとなおっさん!」


 手をひらひらと振って露店通りを走り抜ける。

 後ろで何やら騒いでる声が聞こえるが俺には関係のない話だ。


 なあアンゼ。俺はお前のお眼鏡に適ったか?

 最小限の動きで最大限の情報を得る。これが俺流……


「効率的お散歩だ!」

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