酒降って地固まる


 俺は今誰かさんが金色に塗装してくれた道を歩いている。

 激しく体を動かしたからだろうか、まだ日は沈んでいないというのに肌寒く感じた。

 

「アンゼー、帰るぞー」


「…………私にも拒否権というものがだな」


「いいじゃない、せっかくだから一緒に帰らない?」


 切り札的に取り出された拒否権は意図も容易く推し崩された。

 逆光の中、手を引かれて道を歩けば未知の何かに誘拐されているように、影を隠すようにレイシーの後を歩けばカモの親子のようになった。


「……今日も外で寝るからな私は」


「外……?」


 アンゼは何故かレイシーに弱い。普段低レベルな争いを繰り広げてる割には。

 中でも甘えられる事に弱いと見た。数少ないアンゼの弱点だ。


「そうだレイシー、宝探しは終わったけど……」


 言い淀む俺を首を傾げて不思議そうに見るレイシー。

 アンゼはこれだけで何が言いたいかわかったようだ。珍しく目を輝かせている。、

 

「……これからも三人でダンジョン潜らないか?」


「えぇ!?うーん、そうね…………」


 レイシー考え込むフリをした。どうしようなどと頭を振っているがその表情は随分前から変わっていない。

 意を決したように立ち止まると眉毛を吊り上げた。


「もちろんそのつもりよ!だって……」


「だって?」


「ダンジョンは金になるもの!!!」


 ビシッと空を指差すそのポーズは絶妙にダサい、これで本人は決まったと思っていそうなのが悲しいところだ。第一、諸々の痕で顔はキメられるほど整っていなかった。

 一陣の風が足元を通り過ぎる前に俺は手を広げた。


「ああ、これからよろしくな!」


 金になる……か。それも一つの探索者シーカーの形か。

 俺の意図を察したのかレイシーもか同じように手を広げた。

 この夕暮れに終わりを告げる小気味いい音が鳴った。


「こら、私を置いて二人だけでハイタッチとは何事だ?」


「いやいや、アンゼ用の手も空いてるぜ?ロータッチだけどな」


 おどけたように手を差し出す。アンゼのこめかみがひくひくと動く。青い筋と真っ赤な顔が見えた気がした。

 

「誰がお子様だーーーっ!」


 沈む夕日の中、怒りに震えるアンゼの絶叫が辺りを染め上げた。

 悲しいかな、全力で走れば体格の差で俺の方が早いのだ。皮肉にも俺の手を追いかけるように走っているようにしか見えなかった。


 


 愛しの家の前。事件は起きた。

 

「よし、着いたぞ」


「……?家なんてどこにもないじゃない」


 どこかで見たことある流れを繰り返そうとしていた。


「レイシー、残念ではあるが現実だ。受け止めろ」


「はぁっ!?だってこれどこからどう見ても物置小屋じゃない!扉も壊れてるし……」


「まあまあそう言わず中を見て行ってくれよ、さすれば道は照らされる!」


 お決まりとなったオンボロハウス案内が始まった。


「思ってたよりかはちゃんとしてるわね……」


「だろ?だから言ったじゃな──」


 感動していたのも束の間、レイシーはギョロっと目を光らせた。


「お風呂は?」


「あーないな」


「ベッドは?」


「あーないな」


「キッチンは?」


「あーないな」


「トイレは?」


「あーないな」


 どこかで見たような問答に頭を抱えるアンゼ、全く泣きたいのはこっちだと言うのに。家なんて聖異物が置ければそれで十分だろ?人間は聖異物のために日々を送り、聖異物のために死んでいく。

 それこそが自然の摂理というものだ。だからレイシー、そんなに体を震わすのはやめてくれ。俺は悪くないんだ。


「これのどこが家なのよーーーっ!!!」


 本日二度目の絶叫が鳴り響いた。


「ほんとに物置小屋じゃない!なに?ここにあるもの全部売っ払われたいの!?」


「売る!?それは無しだろ!?」


 とんでもないことを言い出すレイシーに身を守り、野蛮なものを見るような目で抗議した。


「なんであたしが悪いみたいになってるわけ!?いいわ、明日三人で話しましょう。あたしも今夜はアンゼと寝るから!」


 聖異物の明日はどっちだ。その日俺は震えて眠りについた。







「うるせーー!!」


 朝から多分なクソメガミウムを浴びてしまった俺は今日も飛び起きる羽目になっていた。

 毎日こうしていても近所迷惑で怒られないのがこの聖異物の家コレクションハウスの優良さを物語っている。


「大丈夫っ!?」


 ドタドタと足音を鳴らし、留められていない長い金髪をふぁっさふぁっさと揺らしながらレイシーが扉という名の玄関マットの上に姿を現した。


「バステカのあれは発作のようなものだ、ふぁぁ……気にしていたらハゲてしまうぞ」

 

 寝ぼけ眼を擦り、あくび混じりの呆れた声でそんな事を言う。

 失礼な、俺だって好きで奇声をあげているわけではない。


「それより行くか!……冒険者組合ギルドに!」


 そう、今日は待ちに待った決戦の日だからな。






「おうおうおうおう!カツラさんは居ますか……っと」


「……ちょっと!それじゃどっちがチンピラかわからないじゃない!」


 扉を威勢よく開け放ち、腰を落として威嚇していただけだというのにレイシーから小声でイエローカードが出されてしまった。

 こういうのは初動でナメられてはいけないのだ。


「昨日はよく眠れたか?にいちゃん」


 これだけ騒げばよく目立つ、向こうのカツラ野郎からゾロゾロとこちらにやって来た。


「あぁ?こっちは震えて眠ってたんだよお前らみたいに快眠出来てねぇんだよ!」


 聖異物コレクションの危機に。ではあるがそんな事は知る由もない。

 ビビってイキり散らかす子犬にでも見えたのだろう。野郎たちはゲラゲラと笑い声をあげる。


「俺達が怖くて夜も眠れなかったってかぁ?おいおいかわいいとこもあんじゃねぇーかにいちゃん。心底同情するぜぇ?ニセモンの宝の地図を握らされて毎日せっせこせっせこ……1週間も走らされたんだろ?かわいそうだろ?なぁお前ら!」


 カツラ野郎は仲間うちだけにとどまらず組合ギルド内全員に聞こえる大声で言った。あちらこちらから可哀想なモノを見る目が飛んでくる。しかしそのどれもがあざけるようなものであったり、心配そうなものだったり。


「足りねえなぁ……」


「……あ?」


 足りないのだ。その程度じゃ、お前達は本当に可哀想なモノを見る目というのがわかっていない。

 そこには嘲笑も心配も一切ない。言うなれば虚無に複雑さを足したような……虫を殺した後に虫もまた自分と同じ生命であると気付いた時のような、なんとも言えない目をしているんだ。

 そのアンゼの足元にも及ばない目線じゃ俺は殺せない、その女神よりも軽い煽りじゃ俺は殺せない。


「ホンモノを見せてやるって言ってんだカツラ野郎」


 ツカツカと中央、組合ギルド内の最も目立つところまで行く。

 我が偉大なるバックパック様の口に手をかけ、盛大に地面に叩きつけた。


「これが、ホンモノの宝ってやつさ」


 明らかにバックパックよりも大きい黄金の塊は、その場にいた全員の目を釘付けにした。

 それは紛れもなく女神ピエーラの顔で、黄金で出来たその姿とお金の単位にもなるその名前を以てしてその場にいる全ての人間の心を一つにした。


 ──富の権化だと。


「誰か一人でも文句があるやつはいるか?これが宝じゃないって、そう言えるやつはいるか?」


 沈黙。野次馬もカツラ野郎も証人を増やしてしまった以上大きく出られなくなっていた。

 口を開けて呆然としているカツラ野郎は面白い顔をしていた。


「こっちは1週間必死こいて女神の生首採って来たんだぁ……約束。果たしてくれるよな?」


「あ、あぁ……」


 理解が追いついていない顔のまま、カツラ野郎を含む男達は俺と……レイシーに向かって頭を下げた。


「わ、悪かった。ニセモノだと言って……間違っていたのは俺らの方だった。そいつはすげー宝の地図だった。認める、買っておけばと後悔しているほどだ」


 なんだ、カツラ野郎は意外に話のわかるやつだった。俺はこの宝の地図の素晴らしさを証明するためにやったんだ、後悔の二文字を引き出せただけで価値があった。

 宝探しにも宝の地図じいさんの遺志にも。


「どうするレイシー?」


「どうするも何も、許すしかないじゃない。そういう聞き方はズルいわよバステカ。……それに、良い事もあったから」


 レイシーは俺に小言を言った、どうやらまた言葉選びを間違えたらしい。しかし言葉とは裏腹にレイシーは何にも代え難い宝を見るような、そんな目をしていた。


「だそうだ野郎共、寛大な御心に感謝する事だな」


「感謝の証と言ってはなんだが酒も出す、一杯と言わずお前達三人ぶ──」


「わかってないなぁ」


 髪型と言いニセモノ呼ばわりと言い、つくづくナンセンスな奴らだ。宝を掘り当てたのなら、周りを巻き込んで大見得切ったのなら、喧嘩に決着が着いたのなら。……やる事は一つだろう。

 俺は女神の生首の前で大きく息を吸った。


「地上の皆サマァ!くだらない痴話喧嘩で組合ギルドを荒らしたこと、まずは謝らせてくれ。さぞ飯を不味くしたことだろう。だからお詫びをさせて欲しい。せっかくだ、飯で返したいと思っている。つまりはえーっ、何が言いたいかって言うと」

「宴だーーーっ!飲め!食え!お代は黄金の女神の生首こいつが払う!」


 誰もが目を丸くしていた。まさかそんな事になると思わなかったのだろう。

 一息遅れてその波はやってくる。けたたましい音を立てながら。


「「「「「うおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」


 酒を提供している組合ギルド職員から何してくれてんねんと言わんばかりの鋭い目を向けられた事だけはどうか見なかった事にさせて欲しい。






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一章終わりです!

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