黄金の雫


 黄金の女神像……の一部を入手することに成功した俺たちは帰路に着いていた。

 二層から一層に行く時も、一層から大聖堂に戻る時もレイシーは嘔吐言語を使用していたが、彼女の名誉のためにも深くは触れないでおく。


 それと転移酔いが抜けた後もレイシーはどこか遠くを眺めていて、その目は極彩色に彩られることもなくただ濁った灰色をしていた。

 気付いた時は気味が悪くサードインパクトが起こりかけたとだけ言っておこう。


「大丈夫か?」


「…………」


 レイシーは心ここに在らずと言った様子で、ついには壊れたロボットのようにその目に空の色を反射するだけになっていた。

 もしかすると俺が何かやらかしたのかもしれない……思い当たることはたくさんあるが俺はアンゼに助け舟を求めた。


「……はぁ。レイシー、生きているか?」


「…………」


「レイシー!」


「えっ!?なになに!?」


 アンゼが肩を揺らそうとして届いていない手が背中をバシバシと叩いてようやくレイシーは気が付いた。

 反応から見るに本当に気付いていなかったようだ。


「どうしたレイシー。そんな急にポンコツになって……考え事でもしてたのか?」


「……あはは」


 あろうことかレイシーは誤魔化そうとした、それもぎこちない笑みで。

 甘い、一層にある樹液よりも甘い。それじゃあまるで本当に清楚で少し笑顔に影がある幸薄い深窓の令嬢のようじゃあないか。

 俺はアンゼに目配せをし、声のチューニングを始めた。


「あー、あー、う゛っう゛ん……テッテレー、こちょこちょマシーン!全部吐くまで帰れまっせーん!」


「えっ?何!?」


 目をキョロキョロと泳がせて驚くレイシー。

 俺は隙を与えないように半ば被せる形で指示を出した。


「アンゼ、ゴー!」


「なになに!?ほん……へ?あははっあはーはっあはははははは」


 効果は抜群、アンゼのしなるような体から繰り出される腕使いはレイシーの脇腹を執拗に撫で回した。

 

「いいぞアンゼ!もっとダイナミックに!」


「や、やめっははあははっ、あはっはな、話すかはら、やめ、ひぃーっ」


 日が傾き始めた帰り道、アンゼの見事な手腕によってレイシーの布製の牙城を崩すことに成功した。





「あのね、えーっとぉ……何から話そうかな」


 レイシーは気まずそうに微笑みながら、道のど真ん中で立ち止まって考え始めた。

 少し長くなりそうな気配を察知した俺たちは道の傍に腰掛けることにした。


「あたしのおじいちゃんがいなくなっちゃったってみんなには話したよね?」


「ああ」


「そうだな」


 確認から入ったレイシーはぽつりぽつりと何かを確かめるように言葉を紡ぎ始めた。


「宝探し、ずっと二人に振り回されてた気がするけど、実はちょっとワクワク……してたのよね」

「ダンジョンなら……おじいちゃん見つかるかもって」

「ダンジョンだけは探した事なかったから、探索者シーカーの人にもフラれてね。特徴がなさすぎてわからないーって」

「最初はビックリしたよ?吐き気にもビックリしたけどそれ以上に、こんなに綺麗なんだーって」

「二層だっけ?あの星の見える丘。あの絶景を見た時は納得しちゃった。おじいちゃんが足繁く通うワケ」

「でも、進む度に気付いた、こんな魔境をおじいちゃんは助けヒントもなく潜ってたんだって」

「霧の川あったじゃない?あの4枚目の地図のところの」

「あそこ、全部で3問出題されるのよ、二人は知らないと思うけど」

「途中まで思い出とか仲間だとか色々考えてやってたのよ」

「でも最後の最後、どうすれば霧が抜けられるのかわかった時……」

「思い出だとか愛だとか、そんなおじいちゃんにまつわる事全てほっぽり出して金を選んだのよ」

「ひどい孫だと思わない?あんなに自慢だって誇りだって言ってたのに」

「お金。最後にあたしが信じるって決めたのはお金だったのよ」

「別におじいちゃんが嫌いになった、とかじゃないのよ?ただ、疲れてたのかな。あの時はおじいちゃんを信じる方に動けなかったの」

「それから太陽が落ちて来て?死んだじゃない、あたしたち」

「正直こんな簡単に死ぬの?って思ったわ」

「女神様と話しててあー、おじいちゃんもきっとこうやって何回も何回もここに来たんだろうなーって」

「前にアンゼが探索者シーカーは命の価値がおかしいって言ってたじゃない?」

「その意味がわかったのよ」

「おじいちゃんはきっと……もう死んでるわ、ダンジョンの中で」

「おじいちゃんね、忘れるようになった日からずっと家でピエーラ様ピエーラ様って泣いてたの」

「きっと祈ることを忘れて、傷を付けたまま帰る事が許せなかったのね」

「だからちょっとさっきのはショックを受けたわ、元はと言えばあたしのためだからもういいけれど」

「そこからずーっと考えてたの、おじいちゃんはなんであたしに宝探しこれを遺したんだろーって」

「でも……あたしにはわからないわ、探索者シーカーじゃないもの」


 空の向こう側を見るように話していたレイシーの顔が下を向いた。

 何かを啜るような音が聞こえたような気がしたがきっとそれは俺の気のせいだろう。誰にだって突然肌寒くなってしまう時はある。


「なんでもっと遊んでくれなかったのかな、なんでダンジョンに行っちゃうのかな」


 もはや隠すことは出来なかった。記憶から溢れ落ちた思い出はぼとぼととその場を濡らしていた。


「なん、でっ……あたしと居てくれなかったのかなぁ……!」


 その表情は俯いていてよく見えない。

 溢れ落ちた大粒の涙が西日に照らされて金色に輝いていた。

 こんな時、なんて声をかければいいのか。女神と喧嘩ばかりしていた俺にはわからない。

 それでも一探索者シーカーとして一つだけ言える事がある。


「レイシーのじいさんはちゃんとお前のことを愛していたと思うぞ」


「な゛んでぇ……?」


 レイシーは俺の方に顔を上げた。ぐしゃぐしゃだった深窓のお嬢様なんかにはとても見えない。迷子になって泣いているこどもそのものだった。


「この宝探し、簡単に出来るものじゃない。どうやって作ったのかはわからないが、内容も随所にある気遣いも、どれも時間に時間を重ねて作られたことだけはわかる。それこそ病気になってすぐにでも作り始めたんじゃないか?」


 偶然にしては出来すぎだ。ダンジョンはそんなに出来たとこじゃない。一層のように何の意味もなくただ存在しているだけ。そんな場所だ。


「宝の地図もヒントもその内容も、全部レイシー、お前宛てだった」


 だからビビったよ、魔物にすらロクに襲われない。考え方次第、行動次第で簡単にクリア出来るこの宝探しに。

 

「星の見える丘は観察する力、雲が広がる山頂は記憶を引き出す力或いはうじゃうじゃと下にいるアイツらを見ても怖気付かない心、延々と歩かされた山道は耐え忍ぶ力、霧の深い川は……腹を括る力」


 親子の情とか病気の事とか、そういうのは一切わかんねえけどよぉ、流石にこれは露骨すぎだろ?


「じいさんはお前に……自立して欲しかったんじゃねえか?」

「あー、自立っていうか親離れっていうべきか」


 俺は頭を掻きながら茜色に染まる空を仰いだ。

 

「じ、りつ…………おや……ばな、れ……?」


 あーもう復唱するな復唱を。言葉選びは得意じゃねえんだよ。


「おじいちゃん大好き大好き〜って言ってたんだろ?そんなの見てやさしいお前のじいちゃんが考えないわけねえだろ。自分が死んだあとの事をよぉ」

「心配。させてたんだよお前はずっと」


 キョトンと間抜けな顔をするレイシーの頭に手を置いて髪をぐしゃぐしゃにしてやった。さっきの仕返しだ。


「なに、それ……バステカにだけは言われたくないわよ」


「俺と違うって言うんならわかるんだろ?言えよ、胸張って。レイシー、お前が気に病んでた事は全部成長した証だ。今じいさんがどんな顔してるかぐらい一番長く一緒にいたお前が一番わかるだろ?」


 俺に背を叩かれたレイシーは眩しすぎる太陽に向き直って勢いよく立ち上がった。

 まだ鼻水は啜ってるし頬にはまだ涙も残ってる。

 レイシーはそんな些細なことは気にせず肺が膨らむほどに息を吸った。


「ごめんなさいっ!あたしもう!大丈夫だからぁぁぁぁぁ!!!」


 太陽なんか押し返してしまいそうな大声に俺とアンゼは耳を塞いだ。





 俺はレイシーに対して一つだけ言わなかったことがあった。

 探索者シーカーだから気付いたわけでも話を聞いたから気付いたわけでもない。


「じいさん、ほんとは楽しんでたんだろ?」


 わかるよ、俺も女神の追っかけ同業者だからな。

 真顔なんてあいつが絶対に見せない顔だ。

 探索者シーカーとして最後に追い求めた未知が女神……か。


 じいさん、せっかく作った女神像、壊してごめんな。

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