女神サマ!タマ蹴りしようぜ!お前ボールな!


 揺れる地面。溶け焦げる島。焦熱地獄すらも生温い熱気を放ち、目の前を真っ赤に染め上げる太陽。

 三人は太陽に押しつぶされるように消し飛んだ。


 まるで世界から拒絶されるように三人は島から姿を消した、


 




 どこか知らない場所、風はなく、辺りには何もなかった。

 彼女、レイシーはあまりにも無機質なその部屋に狼狽えた。


 ……宝も何もないじゃない。


 ここ数日の頑張りが全て水の泡にされたようで憤ってすらいた。

 怒るレイシーに鈴を転がすような……いや、玲瓏たる声で話しかけるものが一人。


 ──ここは初めてですか?レイシーさん。


 桃色の髪に真っ黒な瞳、凛々しくも表情からは優しさが溢れ出ている。

 たなびく羽衣を纏い、強調されたナイスバディーは見るものの自信を喪失させるものだった。

 イメージとは少し違うもののレイシーは直感的に理解した……女神ピエーラ様がそこにいた。


「ぴ、ピエーラ様!?」


 ──はい、いかにも私がピエーラです。


「な、な、なんでピエーラ様がこんなところに?」


 ──それはレイシーさん、あなたが死んでしまったからです。

 太陽の怒りをその身に受けて押しつぶされたのです……かわいそうに……

 ここはあなたのように死んでしまった探索者シーカーの息を吹き返すところです。


 自らをピエーラと名乗った彼女はレイシーの死に涙していた。

 なんて優しい人なんだろう、初めて会うのにまるでずっと前から見守られて来たような……そんな感覚を覚えた。


「あたしも生き返らせてもらえるんですか……?」


 ──もちろんです。祈ったでしょう?願ったでしょう?既にあなたは私の信徒。迷える子羊を助けるのもまた女神の務めです。

 いつもであれば何か貢ぎも……少しの聖異物と引き換えに生き返らせているのですが……今回は初めてのダンジョンということで特別に無償で生き返らせてあげましょう、その様子だと何も持っていないようですからね。


 レイシーは感動していた。たかだか一回祈っただけで信徒、つまり家族とまでに呼んで親切にしてくれるだなんて、無償……これこそがまさに無償の愛なのだと涙さえ溢れていた。


 ──どうか泣かないで。あなたには未来があり、無限の可能性に満ちている。どうか私に守らせてください。

 

「そんな女神様直々に守ってもらうだなんて恐れ多い……」


 ──探索者シーカーレイシー。そう萎縮するものではありません、あなたにはまだやるべき事があるでしょう?私はただその手助けがしたいだけなのです。

 あゝ、生命とは斯くも美しい。──っ!


 ただの人間であるレイシーにはその言葉は聞き取れなかったが、自分の身を包む暖かな光を見てだんだんと意識が遠のいた……


 ──名残惜しいですが時間が来たようです。探索者シーカーレイシー。あなたがやるべき事、ゆめゆめ忘れないように。

 あなたの道に幸が在らん事を。







 俺が目を覚ますと二人は既に……いや、数瞬前に生き返ったのか噛み締めるように手を開いては閉じてを繰り返していた。

 たった今貯められたクソメガミウムを発散するべく大きく息を吸うと、隣から耳を疑う言葉が聞こえて来る。


「素敵な人だったわ……」


 ステキナヒト?

 レイシーは何を言っているんだ?夢でも見ていたのだろうか、あの女神を見て素敵と思うならそれは女神同様捻じ曲がった同業者ステキナヒト以外あり得ない……!

 ちくしょー、レイシーに何を吹き込んだんだあの女神。


「ここが……我々が追い求めた宝の在処か……」


 そこは道中のような華のある場所ではなく、地面から天井までゴツゴツとした岩肌で、ひたすらに地味な広い洞窟だった。


 一つ違うとすれば俺の真後ろ、洞窟の最奥に位置するソレがまばゆい金の光を放っていた。


「こ、これが宝ってことデスカ?」


「まあそうであろうな」


 そんな、そんな……俺の探していた宝がこれ?あんなに頑張って?あんなに歩いて? 

 目の前に大きく立ちはだかる宝を見上げる、それは全てが黄金で出来ており、一目見るだけでわかる本来俺とは無縁の豪勢な宝……のはずだった。

 その黄金で出来た像にはあまりにも見覚えがあった。

 手入れしているわけでもないのに巻かれた髪、トレードマークの笑みはなく、真顔で棒立ちしている天女。

 つまるところ黄金の女神像であった。


「図ったなクソ女神ィィ!」


 思わず大声を出してしまった。クソメガミウムが溜まっていたんだ、許せ。

 女神がどこまで知っていたのかは知らないが、俺が1週間かけて追っていたのが宝ではなく黄金のクソだったってだけで抱腹絶倒ものだろう。


「うむ、どうやって持ち出そうか」


「え!?持ち帰るの!?バチ当たるわよ!?」


 驚愕でレイシーが目を見開く。一体どれだけ面の皮を被ればバチが当たると思わせられるのか……女神はやっぱり恐ろしいやつだ。


「ここは一つバックパック様に入れてみるか」


「いやいやいや!入るわけないでしょ!?」


「やってみなきゃわかんないだろ?」


「わかるわよ!なんでまだいけそうな顔してるの!?」


 レイシーがブンブンと激しく横に首を張った。

 それはバックパック様を知らないから言えるんだ。バックパック様はなぁ!


「最強で万能なんだよ!」


 口を広げ女神像目掛けて飛びかかる。

 バックパック様は女神の指を飲み込み、手を飲み込み、肘を飲み込む。

 その勢いはどこまでも続くかと思われたが肩から背中に差し掛かるところでついに限界を迎えた。


「くっ、バックパック様でも無理か……」


「逆になんでそこまではいけるのよ……」


 最大限広げてもどうしても肩幅ほどの長さを飲み込もうとするとダメなようだ。

 腕でやって見たところサイズ的にはかなり余裕がありそうだ、飲み込めない形でなければ……


「そうだ、顔だけ持ち帰ろう」


「いやいやいやいや!一番やっちゃダメなことよ!?バチどころじゃないわ!人として終わるわよ!?」


 レイシーが何やら吠えているが気にしない。

 人間性?そんなものとっくに捨てて来たんだよ。

 それより俺はいま女神像を破壊す……宝を持ち帰ることに使命を感じている!

 

「アンゼ!飛ばしてくれ!」


 アンゼは腰を低くし、手を前で組む。

 流石俺の相棒だ。構えからして違う。

 俺は壁際まで引いて、アンゼの手を目指して全力で走り出した。


「せーーーのっ!!!」


 阿吽の呼吸。俺が飛び乗ると同時に腕を下げ、そのまま勢いを殺さないように──打ち上げた。


「バックパック様、俺は今から供物を捧げます」


 バックパック様の口をこれでもかと広げて構える。

 なあ女神、強大な力を借りるには対価が必要って言ってただろ?払ってもらうぜ、お前の首で!

 女神像の頂点に辿り着いた時、俺は勢いよく振り下ろした。


「死に晒せえええええ!!!」


 つむじを完璧に捉えた一撃は瞬く間に顔を飲み込んだ。

 しかしまだ足りない。

 俺はアンゼに目配せをした。


 そこには既に蛙のような予備動作に入っているアンゼの姿があった。


「飛べ!アンゼ!」


 そうだ、アンゼは誰よりも高く飛ぶ。蛙から鷲になり、鷲からロケットに。

 切り離す空中を泳ぐ様に足を動かすと、アンゼは空中で加速した。

 その速さはアンゼの軽い体が落ちる前に女神の首元へと届かせた。

 

「今だ!!!」


 その時、アンゼは見たことのない動きをした。

 空中で体を横に捻った。それは縦回転とはワケの違う、まさしく神業の領域に到達していた。


「ふんっ!」


 ムチのようにしなる体から繰り出された蹴りは女神の首元を捉え、容易にぶち抜いた。


「バステカ!」


 俺は女神の首が折れたことに気付く前に顔の全てを飲み込ませた。

 崩れる足場、アンゼのように体の操作が人間離れしていない俺はこのまま行けば間違いなく死ぬ。

 故に叫んだ。


「レイシー!たすけてくれーーー!」


「もうっ!なんなのよ!」


 文句を言いながらもレイシーは落下する予測地点をウロつく。

 なんだかんだ言って乗り気な姿に笑うしかない。

 なるべく軽くするため力を振り絞りバックパック様を上に投げる。

 

「おーらいおーらい!」


 あとは体を動かさないように……


「おっっっっっ…………もいわねぇ!」


 …‥っし、助かった。女神の徴収も避け、宝の回収も成功。

 俺は時間差で降ってきたバックパック様を受け止め満面の笑みを浮かべた。


「満点だ!!!」

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