天丼というには熱すぎた

 

 天才的革命的最強的発想で宝の地図を解明した俺は、二人を連れて島の中心に位置する至宝とやらの姿を拝みに来ていた。


「あ、これか?」


 目の前あるのは散々見て来た星型……ではなく円柱型の栓。

 違うのは形だけでなくスイッチらしきものが付いているということ。


 そこにスイッチがあるのだから。そんな軽率な理由でスイッチを押してみるもうんともすんとも言わない。


「まだなにか条件をクリアしていないのではないか?」


 久しぶりに真面目な顔のアンゼがそんな事を言う……そんなバカな。

 

「バカなこと言うなよアンゼ、俺たちは苦労して地図の謎を読み解き、痛い思いをして四つもある栓を抜いてきたんだ。これで何が足りないって言うんだ?」


「ふむ……まあそれもそうだな」


 謎の信頼感を元に俺とアンゼはこれまで同様、夜を待てば何か変わるだろうというムードを醸し出していた。


「ところでこのレイシーはどうする?」


「あばばばばばば」


 一人だけ様子が違ったのがレイシーだ。いや、様子が違うというよりおかしかった。

 ここに来てからと言うものずっとあばばばばとうわごとのように呟いて壊れてしまった。

 処分に困っているとない胸を張ったアンゼが俺の肩……には届かないので腰をポンポンと叩いて来た。


「まかせておけ、壊れたものは……なっ!」


 期待を昂らせる言葉を吐き、アンゼは足を開き身を屈めた。

 それはいつぞやの蛙から鷲になる魔法のような予備動作だ。

 跳躍。それもただの跳躍ではない。頂点で一瞬空中に止まり、飛んでいると錯覚させる魔法の跳躍だった。


「……叩けば治るっ!」


 そこにはこの宝探し始まってからと言うもの理性的で鋭い勘を武器にしていた魔女の姿はなく、全て己の力で解決する本来の魔女の姿があった。

 最も、この場合の力とはパワーの方ではあったが。


 軽々とレイシーの顔の高さまで飛んだアンゼは俺にすら使わなかった宙返りを空中で決め、回転の勢いそのままにレイシーの脳天をかち割った。

 

「いっっっっった゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛い!」


 一瞬めり込んだようにすら見える魔女の一撃を喰らったレイシーは地上にまで届きそうな大声を上げた。

 そのあまりの光景は俺じゃなくてよかった……そう思わせる迫力があった。


「割れた!絶対に割れた!あたしの頭どうなってる!?繋がってる?っていうかまだ生きてる!?」


 あぁ、本当に俺じゃなくてよかったなぁ……





「で?なんで壊れてたんだ?」


「嘘でしょ!?ちょっとは心配してくれても良くない?」


 未だ頭を抑えるレイシーは涙目で抗議してくる。

 怪我人に塩を塗るのかとでも言いたげな目だ。


 だから俺はちょっと悩んで頭を掻きながら心配する旨を口にした。


「あー……大丈夫か?頭」


「あ、あたっ……状況的に心配しているはずなのにどうして違う意味にしか聞こえないのよぉー!」


 レイシーは勝手に自爆した。やっぱ不良品だったんじゃねえかな。

 俺はアンゼに目配せをした。


「ずびばぜん話しますからもう一発は勘弁してください……あたしの完璧な顔が壊れてしまいます……」


 レイシーは謝りながら自慢した。器用なやつだ。

 俺はアンゼに目配せをした。


「あっ、ちょっ、ほんとにやめ……あー!言います!抜いた4本の栓が多分押し込み式だって気付いたってこと言います!はい言いました!叩かないでくださーい!」


「………………は?」


 その後1分にも渡る沈黙が場を支配した。







 おいおいおい、それじゃあなんだ?俺があんなに痛い思いをして2本も抜いたアレ、無駄だったのか?

 アンゼに返り討ちにされて味わった敗北。アレも無駄だったのか?

 

 かつてないほどの気まずい空気が流れる、空気を読んでか雲も木々も止まっていた。

 体感にして10分はあった。いや、1時間だったかもしれない。


 最初にその沈黙を破ったのはアンゼだった。


「まあ過ぎたことは気にしても仕方ない、要は埋め込みにいけばいいのだろう?行くぞ、負け犬バステカ」


 明らかに挑発の意図を持ったドヤ顔に何かが切れた音がした。


「だいたいお前は一度もあの星を握ってないからそんなことが言えるんだ!痛いんだからな!ちょーが付くほど痛いんだからな!」


「おお、よく吠える」


 俺は言えば言うほど負け犬という言葉に近付いていくことをわかっていながら……かなしいかな、言わずには居られなかった。

 ナメられっぱなしは気が済まない性分なんだ。


「そんなに行きたくないならここで待っていてもいいぞ、私はレイシーと二人で埋め込んで来るから。いい子で待っていろバステカ、待てとおすわりだ」


 屈辱的だ、手玉に取られてこっちが乗れば距離を取ってくる。まるでクソ女神じゃないか。

 アンゼ、いつか絶対ギャフンと言わせてやるからなお前……


 俺は心底恨めしそうな顔で地面を転がり腹を向けて吠えた。


「俺も連れて行け!」


「よろしい、いい子だバステカ」


 今はこの屈辱的な仕打ちも受け入れよう、ここまで来て宝探しから省かれるのはごめんだ。

 だから決して置いていかれたくなかったわけでも、ひとりにされたくなかったわけでもない。

 これは名誉の服従なのだ。


「何を見せられてるのよこれ……」


 例えレイシーに冷たい目で見られていようとこれは名誉ある行為なんだ。





 三人で無理やり引き抜いた時とは違い、星型の栓は一人でも簡単に押し込むことが出来た。

 よくよく考えればレイシー一人でも攻略出来るようになっているはずの宝探しで力仕事はナンセンス極まりないよな。


 俺達が最後の栓を埋め込んだ時、突風が吹き荒れた。


「おわああ、なんだこれ!」


「む?マズい」


「きゃあああああ!」


 乱暴な風は俺達の髪を逆立て、服をはためかせ、草花を根っこから吹き飛ばし、木々をいくつか押し倒す。

 俺とレイシーは吹き飛ばされないように、アンゼは布を被っただけみたいな服が捲れ上がらないように抑えることで必死だった。


 風が完全に俺達の横を吹き抜け、目を開けると……さっきまで居た島の中心から赤い光がこれでもかと存在感を主張してきていた。


「……今度こそ条件は満たせたようだな」


 転移陣を彷彿とさせるその光に若干の吐き気を覚えつつも、俺達は念願の至宝を拝みに向かった。





 近づくほどに光は赤さを増して……ということはなく、むしろ近づくに連れその光は円柱型の栓抜きに収まっていった。

 なんとも目に優しいことだ。


 代わりと言ってはなんだが、赤い光が完全に収まると円柱型の栓の上に赤い文字が浮かび上がった。


「えーっと、常昼の島で、日に三度願いなさい。さすれば宝への道を照らす、光となることだろう……?」


「下に願い方も書いてるわ!」


「嗚呼、太陽よ。燃え盛るその光で我の行くべき道を照らし給え」


「ね、ねえこれって……」


 俺が引き攣った顔で二人の方を見ると、二人もまた何を思い浮かべたのか顔が引き攣らせてこちらを見ていた。


 俺達は見覚えがあった。ことの始まり……二層で酷似したヒント、酷似した詠唱を知ってしまっている。

 故にこの文言が何を意味するかまで俺たちは知っている。

 この世で最も嫌なネタバレを食らった気分だ。


「「「……はぁ」」」


 ため息がシンクロするという珍しい体験をしつつ、俺達は空を見上げ、三度詠み上げる。


「「「嗚呼、太陽よ。燃え盛るその光で我の行くべき道を照らし給え」」」


 言い終わると同時に地面が揺れ始め、目の前の栓が太陽に向かって射出された。


「はぁ!?」


 5本の光が太陽に向かい一直線に飛び、音を立てて太陽にぶつかった。

 その音は衝撃のようなモノとは違い、何かが溶けるような、そんな嫌な予感がする音だった。

 ……直後。太陽が揺れ始めた。


「来るぞっ!」


 太陽に呼応するように島全体が揺れ始めた。

 やがて太陽が近づくに連れ島は溶け、焦げ始めた。

 熱いという言葉で表すことも出来ない灼熱に身を焼かれ、何故か溶けず何故か焦げないその身を見ながら訂正する。


 たかが数あるうちの一つと唯一の存在。

 それを人間という矮小な存在が推し量ろうとしていた驕りに反吐が出る。

 既に知っている?ネタバレだ?

 比べることも烏滸がましい。

 天地開闢の時より怒りに身を焦がし、世界を照らし続けて来た。

 灼熱さえも生温い地獄の業火。

 嗚呼、人間よ。我に道を照らせと言うのなら。その身を以って怒りを知れ。

 

「ははっ、マジギレじゃねえか……」


 太陽が──落ちて来た。

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