最終話 不思議な眼鏡の正体

 とある町外れにある、昭和レトロな雰囲気がある喫茶店。その、目印にもなっている桜の木を挟み、美里を護るように立ちはだかる悠斗さんと、殺伐たる雰囲気を漂わす男が対峙する。

「これは一体……どうなっているの?」

 突然のことに戸惑う美里の声が、まるで聞こえていないのだろう。前方にいる相手を睨め付けたまま、悠斗さんは返事をしなかった。そんな悠斗さんに代わってウリエルさんが、真顔で返答する。

「ここは、私の力で以て張り巡らせた、結界の中だ。万が一、有事が起きても対応が取れるようにしたのだよ」

「有事……?」

 にわかに顔が曇り、美里はウリエルさんと向かい合う。美里の顔色を読み取り、ウリエルさんが口を開く。

「もしも、悠斗くんが対峙している相手が、大魔王幹部に属する強力な魔人まじんであるならば、我々を錯乱さくらんさせるために攻撃の一つや二つは仕掛けて来るだろう。それに伴うダメージを軽減する必要がある」

「それで結界を……でも、もしも、ウリエルさんの推測が本当だとしたら……」

 悠斗さん……

 美里は再び、一抹の不安を覚えた。

 どうか、天の神様が、悠斗さんに味方してくれますように。

「今まで……」

 まっすぐにウリエルさんを見詰めながらも美里は、出し抜けに口を開く。

「ウリエルさんは単なる、アメリカ軍の軍人さんとばかり思っていました。でも、実際は違った……ウリエルさん、本当のあなたは、何者なんですか?」

 威厳のある雰囲気をまとう軍人、ウリエルさんにとって、美里の問いは意表を突くことだったのだろうか。いや、ウリエルさんの表情から推測するに、それは織り込み済だったのかもしれない。

「それは……」

 やおら、ウリエルさんが口を開きかけた、その時。美里の背後で、悠斗さんがドサリとアスファルトの路上に倒れ込む音がした。その音を聞きつけ、はっとした美里は振り向く。対戦相手の男が槍を手に、ものすごい速さで悠斗さんに迫っていた。

「悠斗さん!」

 堪らず、美里がその名を叫ぶ。男が突き出す槍の切っ先が、悠斗さんに迫る。あわやのところで、無色透明な結界が発動、半円形状に広がり、男の攻撃を弾いて悠斗さんを護ったではないか。

「け、結界が……発動……した?」

 まったく予期せぬ光景を目の当たりにし、美里の目がぱちくりした。そんな美里に、ウリエルさんが沈着冷静に口を開く。

「もしも……先程、理人くんが訪れた雑貨店の店主から譲り受けたものが、絶体絶命のピンチに陥った悠斗くんを助け、護ったのだとしたら……君達は本当に、運がいい。瞬時に危険を察知し、護ってくれたそれに、感謝せねばな」

 そのように推測したウリエルさんは最後にそう告げると、美里に微笑みかけるのだった。


 突如として、悠斗さんの周囲を覆った結界を警戒し、男が槍を手に後方へと飛び退いた後。美里は、尻餅を付く状態で蹲る悠斗さんのもとへと駆け寄った。

 そして、悠斗さんから差し出された、赤いフレームの眼鏡を見詰めると、

「持ち主を危険から守ってくれる、不思議な力が宿る眼鏡……悠斗さんが助かったのは、あなたのおかげよ。本当に、ありがとう」

 愛おしむように礼を告げた美里は、そっと顔を近づけ、眼鏡にキスをした、次の瞬間。まるで、風船のように膨れ上がった眼鏡がパンッと軽い音を立てて弾けたかと思うと一人の人間が、姿を現した。

「私の名は、ミカエル。悪い大魔法使いに呪いを掛けられ、眼鏡の姿に変えられてしまったのだ。が、君のおかげで私はこうして、元の姿に戻ることができた。ありがとう」

 襟元に結わかれた、深紅のスカーフがアクセントになっている黒シャツ、白色のベストとパンツスタイルで、腰くらいまである銀髪を、深紅のリボンで一つに結わいた、容姿端麗ようしたんれいの青年がそう、美里が昇天しそうなほど優しく微笑みながらも、謝意を示す。

「捜したぞ、ミカエル」

 安堵したようにウリエルさんは呟くと、

「今こそ、恩返しの時だ。私と力を合わせ、あの『魔人』をから追い出すぞ」

 軍人らしく、きびきびとした口調でミカエルさんに協力を要請。

「承知した」

 ミカエルさんはそう、穏やかに返事をすると快く承諾。

 そうして、純白の大きな翼と、金色の光輪が頭上に浮かぶ天使の姿に早変わりしたウリエルさんとミカエルさんが、力を合わせて炎を操り『邪悪な人ならざる者』の気配を漂わす、不審な男を退散させたのだった。



 喫茶店に姿を見せた月島宗近氏については、店の外で応対した燈志郎さんと理人さんいわく、私立探偵であること以外、正体はつかめなかったそう。他に用事があるとかで、何もせずに去って行ったらしい。

 その日の午後。喫茶『グレーテル』に長蛇の列ができた。SNSを通じて、サンドイッチ好きには堪らなく美味なフルーツサンドが食べられる、との口コミが広がったためだ。

 おまけに、軍人を彷彿ほうふつさせる、凜々りりしくもハンサムな店員と、世にも美しい店員が接客をしている、と瞬く間に噂が広がり、町外れにあるにも関わらず、この盛況ぶりである。良くも悪くも、口コミと噂は怖ろしい。

 店の外に行列ができれば当然、その中も忙しくなる。いつも以上に、要領良くテキパキと、接客と調理をこなさなければ店をまわすことができなかった。

 ようやく列が途切れ、一息つけたのは午後十九時ちょうど。閉店時間から二時間ほど残業してからのことだった。

「お疲れさん。三人とも、良く頑張ったな」

 表のガラス戸に『閉店』のプレートをかけ、店内へと戻った燈志郎さんがそう、四人掛けの席に座り込み、へばっている美里、理人さん、悠斗さんの三人に労いの言葉をかける。

「ウリエルさんと、ミカエルさんが店を手伝ってくれたおかげで、何とかお客さんをさばけて良かったぁ……」と、胸を撫で下ろす美里。

「長浜さんの手作りフルーツサンドもお客様に好評だったし、接客をしてくれたお二人には感謝しなきゃだね」と、静かに微笑む理人さん。

「これ、残業代出ますよね?」と、燈志郎さんに疑いの眼差しを向けながらも、実に現実的なことをく悠斗さん。

「もちろんだ」と、悠斗さんの問いかけに、燈志郎さんは苦笑すると返答した。

 そして、奥の厨房から姿を見せたウリエルさんとミカエルさんが、三人が着席するテーブルに料理を運んで来た。結界が発動している、ほんの短い間だけ天使の姿になっていたが、それが解けた今では現世の人間の姿に戻っている。

 トマト風味のデミグラスソースに大根おろしが乗った和風もの、そして照り焼きと三種類のハンバーグがテーブルに並ぶ。どれも、美里、理人さん、悠斗さんがリクエストした、ウリエルさんの手料理だ。ミカエルさんの手作りスイーツ、旬のフルーツを使用したフルーツタルトとショートケーキのデザートも付いている。

「改めて……君達には、本当に世話になった。これは、私とミカエルからの、細やかな礼だ。おかわりは自由……好きなだけ、食べてくれ」

 ふと、優しく微笑むウリエルさんの言葉に、三人の目が嬉しさのあまり、爛爛とした。できたてハンバーグの香ばしい匂いが三人の鼻腔をくすぐり、食欲を掻き立てる。

「いっただっきまーす!」

 元気良く挨拶をした後、ナイフとフォークで以て、一口サイズにしたハンバーグを咀嚼。

 さっぱりとした甘さの肉汁が口いっぱいに広がり、ソースと相まって、この先も一生、忘れられないほど、それはそれは美味しいハンバーグだった。


 了

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その喫茶店員、万屋につき 碧居満月 @BlueMoon1016

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