第三話 長浜美里の、トップシークレット
背後で腕組みしながら仁王立ちをする燈志郎さんに見守られながらも、用意されたニルギリのストレートティーをお供に、フルーツサンドを優雅に堪能した男性客。その後、徐に席を立ち、店の出入り口へ。真一文字に口を結ぶ燈志郎さんがその後に続く。
「そうだ……」
ふと、思い出したように呟いた男性客は、理人さん、悠斗さん、ウリエルさんと一緒に、少し離れた場所で見守っている美里の方へ歩み寄ると、
「君に、訊きたいことがある。この写真に写る女性を捜しているのだが……彼女について知っていることがあれば、教えて欲しい」
着ているジャケットの内ポケットから取り出した、一枚の写真を美里に見せながらもそう言って尋ねた。
写真には、
「申し訳ありませんが……この女性について、何も存じておりませんので」
美里はそう、事務的口調で丁寧に詫びた。
「そうか……」
いささか、落胆するように返事をした男性客は、
「これを君に渡しておこう。もしも、この女性が喫茶店を訪れることがあれば、そこに記してある番号まで連絡してくれ。それじゃ」
ジャケットの内ポケットに写真をしまった後、革製の平たいケースの中から名刺を取り出すと、それを美里に手渡した。
「
悠斗さんがそう、たった今、美里が受け取った名刺に目を落としながらも不可解に呟いた。睨みを利かす燈志郎さんと一緒に、月島氏が店から出て行った直後のことである。
「さぁ……私にも、良く分かりません」
美里はそう、当惑の表情をして返答。その反面、一抹の不安を抱く。
今でこそ長浜美里と名乗り、住み込みで働かせてもらっているが、本当は小さな建設会社に務める二十代のOL、
霊感があるが故、大魔王と名乗る『人ならざる者』と遭遇。相手の気持ちを無視して強引に婚約をしようとする彼を振り切るため、琴音は良き理解者である医師のジャック・ロペス氏に相談。その時に渡された、子供に戻れる薬を飲み、中身は大人のまま、十六歳の少女へと逆戻りした。
体が縮み、髪の毛が伸びたこと以外、今のところは副作用的なものはないが、薬を服用したことでOL勤めができなくなり、現在は休職中。住んでいたアパートはそのままに、貯金を切り崩して家賃を支払っている。
そんな理由から、誰にも気付かれないよう、栗色の髪を二つ結わきにし、眼鏡を掛けた女子高校生を演じる日々。もちろん、理人さんも悠斗さんも燈志郎さんも、その事実を知らない。これは美里だけの、トップシークレットなのだ。が、月島氏が日下部琴音を捜しているとなると秘密が漏れそうで気が気でない。
「月島さんから、邪悪な『人ならざる者』の気配がした。悪魔なのか、妖怪なのかは分からないけれど……ひょっとしたら彼は、現世に隠れ住む、それらの化身かもしれない」
「だったら、俺達の出番だな」
鋭い理人さんの推測に、悠斗さんはしっかりとそう返事をした。その凜々しい目には正義感と闘志が漲っている。
「表向きは万屋だけど、その実態は……現世に隠れ住む大魔王討伐のため、私と悠斗で結成したコンビ。それが
もしも、私達が捜し求める人物が月島さんだったなら……燈志郎さんだけだとリスクが高い」
にわかに険しい顔つきになった理人さんは自ら、
「ここから、二手に分かれよう。悠斗は引き続き、ウリエル殿の依頼を。私は、このまま店を出て、燈志郎さんの応援に行く」
「分かった。後は、俺に任せろ!」
理人さんから、なんとも色鮮やかで、爽やかな赤いフレームの眼鏡を受け取った悠斗さんはそう、真剣な面持ちでしっかりと返事をした。
「そう言えば、さっき……悠斗さんが持っている、その眼鏡を譲ってくれた店主のおじいさんに会いに、雑貨店へと行って来たんですよね?」
理人さんが店を出て行った直後。ふと、そのことを思い出した美里はそう、悠斗さんに尋ねる。真顔で悠人さんは返答。
「ああ……けど、そこは既に空き地になっていて、雑貨店そのものが消え失せていたよ」
「それじゃ……おじいさんには、会えなかったんですね?」
思いがけない事実に、やや驚きの表情をしながらも尋ねた美里に、そうだと頷いた悠斗さんは「完全に、手掛かりがなくなったな」と、素っ気なく返答した。
「そんな……」
もはや、絶望的な悠斗さんの言葉に、美里は肩をすぼめて途方に暮れる。と、その時。ガラス戸に吊してあるベルが鳴った。来客を知らせるその音を耳にし、美里は店の出入り口を注目する。
黒い帽子を被り、帽子と同じ色のトレンチコートを着た男がそこに佇んでいた。コートのポケットに手をつっこんで気取りながらも、真一文字に口を結ぶその顔には、笑みなど一切浮かんでいない。
「悠斗さん、あの人……」
「ああ……邪悪な気配が、あの男から漂っている。月島と同じ『人ならざる者』とみて、間違いないだろう」
突如として到来した『人ならざる者』の登場に、美里、悠斗さんが警戒。そんな最中、二人の背後に佇むウリエルさんが徐に片手を上げ、パチンと指を鳴らす。
刹那、喫茶店内が消え失せ、はっと気付く頃には店の外へと出ていた。
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