第二話 おいしいフルーツサンドを召し上がれ


 店内の清掃、端末を使用して飲料水や食材などの在庫チェックを済ませた後、再びキッチンへと戻った美里は冷蔵庫に手を伸ばす。

「あら……冷蔵庫の中に、いろとりどりのフルーツがぎっしり……」

「ああ、それは……」

 冷蔵庫の扉を開けて、怪訝な表情をする美里に、歩み寄った燈志郎さんが真顔で返事をする。

「今朝、この店の常連客が持ってきたんだよ。家庭菜園をしているんだけど、今年は豊作で、老夫婦二人だけじゃ食べきれないからって……」

「それで、こんなに沢山のフルーツが……」

「まだ在庫としてカントしていないし、何を作るかも決めていないから、好きなように使っていいぞ」

 そう、気さくに告げた燈志郎さんに、美里の目が嬉しいと言いたげに爛爛らんらんとする。

「いいんですか? ありがとうございます!」

 冷蔵庫の中に入っている新鮮なフルーツを好きなように使っていいとなればこれはもう、張り切って作るしかないでしょう!

 俄然、やる気満々になった美里は、燈志郎さんから余っている食パンを分けてもらい、店が落ち着いているこの時間を利用して、フルーツサンド作りに没頭したのだった。


 とある町外れにある、昭和レトロな雰囲気がある喫茶店。その、目印にもなっている桜の花をいっぱいに付けた枝が、心地好い春風に吹かれて気持ち良さそうに揺れている。

「できた」

 時刻は、午後一時半。いつになく、真剣な面持ちで美里はそう呟いた。

 白桃、葡萄ぶどうのフルーツサンドに加え、苺、キウイ、パイナップル、オレンジを綺麗に並べて作ったフルーツサンド、チョコレートのホイップクリームを使用したバナナフルーツサンドが、カウンターテーブルの上に並んでいる。どれも美里が作った試作品だ。

「張り切って、いっぱい作っちゃった……」

 そう、いろとりどりのフルーツサンドを乗せた二枚の大皿に目を落としながら、美里が困ったように呟いた時だった。カランコロンとガラス戸に吊しているベルが鳴ったのは。

「ただいま」

 ガラス戸を引いて入店した理人さん、悠斗さん、そしてウリエルさんの三人が姿を見せる。

「おかえりなさい!」

 フルーツサンドから視線を逸らした美里、戸口の前に佇む三人に向けて、笑顔で返事をした。そんな美里を不審に思ったのか、疑うような目つきでつかつかと歩み寄った悠斗さんが、

「そんな浮かない顔をして……何かあったのか?」

 美里の顔を見るなり、そう尋ねた。美里が笑顔の裏に隠す『困った事』を見透かしたらしい。そんな雰囲気が漂う悠斗さんに、近い近い顔が近い! と赤面しながらも美里はどきりとした。

「別に、何も……ただ、試作品を作り過ぎちゃったので……」

「試作品?」

 悠斗さんが怪訝な顔をしたので、美里はさっと身を捩るとカウンターテーブルを見せる。

「これは……フルーツサンドじゃないか!」

「燈志郎さんから、冷蔵庫の中に入っているフルーツを、好きなように使っていいと言われたので作ってみたんです」

「美里が作った、フルーツサンド……」

 それを知り、悠斗さんが俄然、興味を示す。

 徐に手を伸ばし、葡萄のフルーツサンドを咀嚼そしゃく、悠斗さんがたちまち笑顔に。

「うまいな! もう少し改良すれば、商品としてこの店で売り出せるかも。理人! お前も食べてみろよ!」

 悠斗さんはそう言って、美里が作ったフルーツサンドを理人さんに勧める。

「お言葉に甘えて……」

 悠斗さんに勧められ、やや恐縮した理人さんがカウンター席へと歩み寄り、バナナのフルーツサンドを手に取って咀嚼。

「甘さ控えめのチョコレートでできたホイップクリームが、バナナの甘みを引き出していてとてもおいしいね」

 そう言って、理人さんが満足げに微笑んだ。燈志郎さんの手伝いで、スイーツや軽食作りもしている二人からフルーツサンドを褒められ、小さくガッツポーズをした美里。まだ手つかずの大皿を両手で持つと、

「良かったら、ウリエルさんもいかがですか?」

 当たり障りのない口調で、フルーツサンドを勧める。

「一つ、戴こう」

 軍人らしい、精悍な顔に笑みを滲ませて応じるとウリエルさんは、四種類のフルーツを合わせたサンドイッチを手に取った。

「甘酸っぱいフルーツの風味が口いっぱいに広がって、とてもおいしい。試作品とは思えないくらいクオリティーが高くて驚いたよ」

 そう感想を述べるウリエルさんが、何とも余裕のある含み笑いを浮かべている。落ち着いた、大人の雰囲気が漂うウリエルさんは、気品と優しさを兼ね備えた素敵な人だった。


「確かに……サンドイッチ好きの私も認めるほど、このフルーツサンドはなかなかの美味びみだ」

「……っ!!」

 美里が作ったフルーツサンドを咀嚼し、感想を述べたその声に、店内にいる誰もが驚愕。

 耳に掛かるくらいの深緑色の髪、切れ長で優しく微笑む赤い目が、冷淡な光を放っている。上下漆黒のスーツを着用した、容姿端麗の若い男性客だった。

「この美味なるフルーツサンドを是非とも、ニルギリの紅茶と共に食したいところだ。むろん、ストレートでな」

 店の出入り口は塞がっているし、この場にいるのは私とウリエルさん、理人さん、悠斗さん、燈志郎さんの四人だけの筈よ。なのに……彼はいつ、どうやって店の中に入ったの?

 低音ボイスの美声なのに、かなり偉そうな男性客に警戒しながらも、美里は不可解に思うばかりだ。

「ならば、すぐにでも用意しよう」

 美里の背後から姿を見せた燈志郎さんが、改まった口調で男性客をもてなす。

「食事が済んだら、店から出ていってもらう。そこで、大事な話がしたいんでな」

 燈志郎さんは最後にそう言って釘を刺すと、男性客を店内奥の、カウンター席へと案内した。

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